こんな解説を聞いていたころだったろうか。大盤解説会場に、午後の最強位決定戦に出場する柯潔九段、於之瑩六段が突然、姿を見せ、観衆を驚かせる。実は聞き手を務めていた吉田美香八段が思いついて柯九段に直談判。「於六段が一緒なら……」と了承してくれたという。大事な対局の前に公衆の前に姿を見せること自体、異例のことだが、サービス精神旺盛な柯九段なら応じてくれると踏んだ吉田八段のファインプレーと言っていいだろう。解説会の壇上で両人は、普段、AIで勉強していることやAIに基づく布石の新しい考え方などについて披露。集まった観客は、短い時間ではあったが、世界のトップ棋士の考えに触れて、満足そうだった。
右上、AI流の白8三々入りから始まった。白14のブツカリに黒15といったん緩めると、黒37まではほぼ必然の進行らしい。黒23のカタツギではaのカケツギの方が形が良さそうに見えるが、「AIは(aより)黒23の方を評価しているようです」と大盤解説会の井山。
続いて於が白38と上辺に一撃し、黒39と換わったが、「損な交換だった」と局後の大盤解説会で柯。「この布石は自分でも勉強したが、パートナーとは不十分だった」と話した後、於に対して「もっと勉強してください」と言ったのはユーモアのつもりだったのかもしれないが、この碁が於にとってつらい結末に終わってしまった直後だっただけに、於が壇上で涙ぐみ、観客の同情を誘う一幕もあった。
一方の崔が打った黒41は「黒bからの出切りが良かった」というのが韓国ペアの反省としてあったが、この点については朴の指摘を崔が素直に受け入れている様子で、中国ペアに比べて韓国ペアの息が合っていた状況は大盤解説会の様子からも窺い知ることができた。
黒55まで進み、中央の白が厚みとして働くのか、逆に負担になるかといった局面で、競り合いは右下から右辺に移る。柯の打った白68の三段バネがさすがの一手で、観客をうならせた。黒cの両アタリは白79とツいで白70を狙う読み筋だろう。
結局、白が82まで地を稼ぎ、黒が83から85と押して手厚く打ち進める進行だが、この辺りでは「黒の厚みが白の実利をやや上回る」というのが、加藤・井山ペアの見解。白88まで進んだところで解説役を交代した藤沢・一力ペアも「中国ペアの息が合っていない感じがする。上辺が黒地になれば黒が打ちやすい」という見解で、この辺り、黒がペースを握っていたのは間違いないようだ。
しかし、勝っている方が逃げ切ろうとして堅く打つのは致し方ないところで、韓国ペアが少しずつ緩む。右下黒171、173と決めたのはいささか堅すぎたようで、左下白174のサガリに回られて形勢がやや接近してきた。
しかし、逆転ムードが出てきたところで事件が起きる。左上、於が「先手のつもりで打った」白182が大錯覚。手を抜かれ、左下黒183に連打されて突然の終局となった。黒181に183と受けるかdと受けるか迷った挙句、「柯に判断をゆだねようと手を渡したつもりだった」が、左上はダメ詰まりで先手にならない。於ほどの打ち手が間違うような難しい箇所ではなく、「パートナーである柯のプレッシャーが大きかったのでは」という見方も。於は表彰式直前まで時折涙を見せ、先輩棋士である華学明・中国棋院ナショナルチーム総責任者や芮廼偉九段に肩を抱かれて慰められる場面もあった。
終局後、韓国ペアからは「白182で普通に受けられていたら負けだったかもしれない」という発言があり、微妙な形勢だったことをうかがわせたが、多少、リップサービスの部分もあったらしい。ネット解説を担当していた芝野虎丸七段によると、「白183と受けていても、黒の勝ちは動かない。手厚く打った韓国ペアの完勝譜」という。
表彰式では、"パンダ先生"チャレンジマッチの表彰に続き、世界ペア碁最強位決定戦の表彰が行われた。優勝した崔・朴ペアには松田昌士・大会会長からトロフィー、賞金目録などが贈られた。また、最強位決定戦で敗れた於・柯ペアや、本戦準優勝の芮・陳ペア、本戦3位の藤沢・一力ペアもそれぞれ表彰され、にこやかな表情に。於にも、いつもの笑顔がもどり、関係者をほっとさせた。
表彰式の後のインタビューで、崔は「ペアを組んで3年目で初めて優勝できて、すごくうれしい。パートナーに配慮してもらって緊張せずに打てたのが幸いした」と勝因を語り、朴も「最強位決定戦では中国・柯潔九段の好きな布石を準備していて、その通りになった。他の対局でも準備した布石が必ず出てきたため、序盤から気楽に打てた。すばらしい大会で優勝できて、とてもうれしい」と喜びを語っていた。
また準優勝の中国ペアからは反省の言葉ばかり。於は「(最後の場面を振り返って)先手と思い込んでいたが違っていた。もっと実力を上げて、この大会に戻ってきたい」と語り、柯は「自分は地に辛く打つのが好きで、(決定戦も)薄くなってしまったが、やはりペア碁は厚く打たないとダメ。次からは女性のことも考えて打ちたい」と話していた。