今年も華やかな「プロ棋士ペア碁選手権2011」の季節である。厳しい修行と戦いの毎日を過ごしているプロ棋士にとって、唯一心から楽しめる大会だから、女性も男性も試合前は和やかなものである。12月11日(土)に東京・市ヶ谷の日本棋院会館に、男女16名ずつ32名のトップ棋士が勢揃いした。
先のアジア競技大会に代表ペアで出場した、鈴木歩五段・結城聡天元ペアと、向井千瑛四段・高尾紳路九段ペアは、そのまま同じペアで参加した。経験を積んでいるので、もちろん優勝候補として注目である。1回戦から準決勝まで、一気に3局行われた。
各ペアが席について、あいさつを交わして開始時間を待つ。棋士は対局以外で顔を合わすことは多くないから、この機会にと話が弾んでいた。久しぶりにペア碁に臨む棋士は、打つ順番やルールの気になるところを確かめていた。
滝裕子公益財団法人日本ペア碁協会常務理事・事務局長があいさつ。
「今回は16ペアのトップ棋士にご参加いただきました。先のアジア競技大会には、鈴木・結城ペアと向井・高尾ペアが出場して、大いに楽しんで日本代表として活躍されました。今大会でも実力を発揮されることでしょう。ペア碁においても韓国や中国に負けない、世界の日本として、頑張っていただきたいと思います」と激励した。
審判長の大竹英雄名誉碁聖は、「これだけの棋士がそろうと心が躍ります。みなさんにとっては、夢のような時間でしょう。アジア大会の代表4人は、そのユニホーム姿でやってきました」と紹介すると、選手たちから拍手が沸いた。
大竹審判長がアジア大会のエピソードを紹介していた。ドーピング検査など、囲碁では初めての厳しい環境だったが、対局に際しては、私語禁止で独り言もダメだったそうだ。符丁を合わせて助言をしていると勘違いされるからだというのだが、国際大会ならではである。大竹審判長の話に乗って、「ボヤキもダメなんて無理だなあ」と二十五世本因坊治勲(趙治勲九段)がボヤいていたが、こちらの大会はペア碁を楽しむのが一番だから、そんな無粋な制限はない。
対局が開始されると、それまで和やかだった空気が一変して、緊張感に包まれた。あちこちで、「10秒……20秒」と秒を読む声が重なって、どんどん進行していった。一手30秒で10回の考慮時間がある。
同時進行で行われた大盤解説会は、二十四世本因坊秀芳(石田芳夫九段)と小川誠子六段のコンビが務めた。いつもながら、石田九段の解説は的確で厳しく、「悪い手はだいたい女性が打っている」とリップサービスが過ぎて脱線すると、小川六段が女性棋士の味方になって、「あら、分かりませんよ」と擁護する。注目コンビから順に解説して、集まったファンに分りやすく紐解いていった。
〈【白】謝依旻女流本因坊・王銘エン九段 対 向井千瑛四段・高尾紳路九段【黒】〉
向井・高尾ペアはユニホーム姿で登場、二人とも椅子の上に正座して対局。子どものころから正座に慣れているから、椅子から足をぶら下げているのは落ち着かないのだろう。謝女流本因坊はアジア大会の台湾代表で王(銘)九段とは前回もペアを組んだ。1回戦から優勝候補の激突である。
王(銘)九段は、「前回は自分のせいで負けたから、今回は頑張らないと」と自分にプレッシャーを掛けていた。2回目のペアとあって、戦いを仕掛けるタイミングもよく、この碁をしっかり勝ち切ってから、怒涛の快進撃を続けた。
〈【白】小西和子八段・小林光一九段 対 三村芳織二段・張栩棋聖【黒】〉
小西八段・小林九段の実力派ペアに対して、三村二段は初出場で緊張気味である。だが、ペアを組むのは台湾代表にもなった張棋聖で、経験豊富で頼もしい存在である。
解説の石田九段は、「見応えのある碁」と好評価で、「いい勝負ですね」と互角の展開だった。結局、小西・小林ペアが勝って、三村・張ペアは1回戦敗退である。
〈【白】大沢奈留美四段・坂井秀至碁聖 対 佃亜紀子五段・依田紀基九段【黒】〉
囲碁教室の子どもたちが応援に駆けつけて、活躍を誓う大沢四段と、碁聖を獲得して乗ってる坂井碁聖のペアは注目である。大阪から参加の佃五段と、すでに大家の風格の依田九段のペアは、依田九段が遅れて呼吸を合わす時間がなかったのが心配だ。
大沢・坂井ペアが勝って、検討も終わってみな席を立ったが、坂井は一人記録係のパソコンで棋譜を振り返っていた。後から大沢も加わってしばらく研究していたが、坂井の熱心さにはいつも驚かされる。
〈【白】万波佳奈四段・山田規三生九段 対 吉田美香八段・河野臨九段【黒】〉
万波姉妹のお姉さんと山田九段のペアは、豪腕同士で破壊力抜群だ。当たった相手にとっては要注意ペアである。吉田八段は本格派で自由自在に打ち回す。冷静な河野九段とはぴったりのペアと思われた。
〈【黒】鈴木歩五段・結城聡天元 対 小山栄美六段・小林覚九段【白】〉
鈴木五段は一人でも強いが、ペア碁もうまいと評判で、結城天元とのペアはアジア大会を経て呼吸が合っている。結城天元によれば、「練習量では負けない」というから、大本命ペアであることは間違いない。小山六段は、「一番やさしい先生と組めて安心です」と喜んでいた。小林九段は相手に合わせて無理をしない。なかなか負けない碁になりそうだ。
石田九段が、「一番の優勝候補」と押していたのが、鈴木・結城ペアだ。「結城さんは、以前は分かりにくい碁だったが、最近は大人になった。分かりにくい男性と組むと女性は大変でしょう」というのが、優勝予想の根拠だそうだが、ともかく解説会場は受けていた。確かに鈴木・結城ペアは充実していて、この緒戦を制して勢いに乗った。
〈【黒】万波奈穂二段・二十五世本因坊治勲(趙治勲) 対 加藤啓子六段・王立誠九段【白】〉
万波姉妹の妹と個性派二十五世本因坊治勲とのペアである。万波(奈)二段は初出場だが、テレビの司会なので度胸はついている。大御所とのペアだが、すっかり丸くなったと言われる二十五世本因坊治勲なだけに、意外に呼吸が合うかもしれない。加藤六段は一昨年、羽根直樹九段と組んで優勝している。自由奔放な“王立誠流”に乗ることができれば、大活躍も期待された。
〈【白】青木喜久代八段・蘇耀国八段 対 桑原陽子六段・山下道吾本因坊【黒】〉
桑原六段と山下本因坊夫人が仲が良く、山下本因坊にとっては、「頑張らないといけない」と妙なプレッシャーが掛かる。しかし、優勝経験のある青木八段と蘇八段のペアは強そうで侮れない。
山下本因坊は棋聖を失ったが、すぐ本因坊を取ってたくましいところを見せた。石田九段は、「山下流の手厚い碁は評価が高い。張棋聖も山下張りに厚い碁を打つようになった」と絶賛していた。しかし、ペア碁はうまくいかず、青木・蘇ペアに敗れて緒戦で消えてしまった。
負けて棋院を出た山下本因坊の後を、子どもたちが7人ほど付いてきて、交差点で止まると取り囲まれた。山下本因坊もにこやかに、「君たちどのくらい打つの」などと相手していた。子どもたちの目が輝いて、いい風景だった。
〈【白】知念かおり四段・羽根直樹九段 対 穂坂繭三段・井山裕太名人【黒】〉
いつもにこやかな知念四段だが、碁は戦闘的で厳しい。羽根九段もすっかり戦う棋風になっただけに、激しい碁になったらめっぽう強そうだ。穂坂三段は井山名人と組んで恐縮していたが、井山名人がついていれば怖いものなしだろう。
羽根九段の碁について、石田九段が分析していた。「ふだんはおとなしそうな顔をしていますが、碁を打たせると凄いんです。とても礼儀正しいとは言えない(笑)。じつに大胆な決断をする」と、これは誉め言葉だ。戦いに強い知念四段との呼吸も合って、名人のペアを破って2回戦へ進出した。
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