< 開幕 >
日本のトッププロ男女16名ずつが集う華やかな祭典「プロ棋士ペア碁選手権2013」が、2月9日(土)に東京の日本棋院東京本院で開幕した。だれもが認める実力者揃いだが、ペア碁の才能は個人の実力だけでは計れない。いかに呼吸を合わせて、一貫した方針を貫けるか、二人の相性が大きく影響する競技である。今年はどのペアが活躍するか、組み合わせ表を見ながら期待が膨らむ。
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この日は、1回戦から準決勝まで3局打って、決勝進出の2組が決まる。活躍するには、いかに集中力を保って乗り切るか、気持ちのタフさも大きな要素になる。昨年まで2年連続で優勝した謝依旻女流三冠・王銘エン九段ペアは、規程により今年はペアを解消しており、他のペアにもチャンスが膨らんでいる。
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< 開会式 >
< 対局開始 >
壇上でペアごとに紹介されて、拍手の中をそれぞれの対局の席に向かった。なにしろ観覧のファンが多い。取り囲む人波に埋もれて後ろの人達からはよく見えない。背伸びをしながら見守る人や横にずれて隙間を探す人たちに囲まれて、緊張の1回戦がスタートである。
対局前に司会の梅津正樹アナウンサーからルール説明があって、「一手30秒」「一分の考慮時間が二人で10回」など、丁寧に語られた。年に一度のペア戦だけに、プロ棋士といえども細かいルールはうっかりすることもある。選手の中には、基本の基本、打つ順番を確認しているペアもいる。もちろん、黒番の女性が一手目を打ってスタートする。
司会が、対局中はペアは相談してはいけないが、投了の相談だけはOKだと説明した後、「ペアは同時に席を外してはいけませんよ」と付け足したものだから緊張が一瞬和んだ。
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< モニター >
対局者が向かい合った後ろに、手順を示す大きなモニターが用意されている。対局者を見るには、最前列に陣取る必要があるが、後ろにいても進行だけはモニターで確認できる。この工夫もあって、大勢が対局を楽しめた。解説会が始まっても、じっと動かないで進行を見守るファンが多かったのも、このモニターのおかげだろう。
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< 「あなたにとって『ペア碁』とは?」 >
出場棋士がペア碁に対する思いを、色紙に書いている。
「相手を信じて 自分を信じる」(奥田あや三段)「ペア碁とは パートナーへの 思いやり」(向井千瑛五段)など心境を分かりやすく書いたものが多かった。その中で注目なのが、「ペア碁では 空気読むより 先を読め」(鈴木歩六段)である。自分に言い聞かせているのだろう。まさに秀逸である。「他力本願」(矢代久美子五段)というのもあって笑ってしまったが、そのペアの相手は「冒険」(結城聡九段)と書いていて、どんな碁になるのか興味深々である。
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< 解説会 >
解説は二十四世本因坊秀芳(石田芳夫九段)と小川誠子六段が担当した。石田九段がさっそく展開を予想。「男はだれでも関係ないので、女性が好調なペアが有望です。謝さんは当然優勝候補で、それに向井千瑛さんと奥田あやさんに注目しています」と大胆に披露していた。
石田九段は解説会などで、ファンの心をつかむのがうまい。話しがすぐ脱線して、「最近の女流は美人が増えた」とか、「〇〇さんがプロになってよかった」「△△さんは少し痩せて、服装の趣味もよくなった」などと危ない話を連発するが、これはその場のリップサービスである。会場の空気が柔らかくなって、もう何を言っても受け入れてくれる雰囲気になる。
聞き手の小川六段もニコニコして聞いている。「若い人は、かわいい人が多いですよね」と大人の対応である。全然めくじら立てたりしない。それでもたまにチクリと刺すこともある。石田九段はペア碁を打つときは、ペアの女性に厳しいので有名だ。「石田先生は、ペア碁は三人の敵がいるっておっしゃるんですよ」とチクリとやったつもりだったが、「パートナーが最大の敵だからね」と応じて、石田九段は堪えていない。むしろ、いい話を振ってくれたとよろこんでしまう。話しがかみ合っているのかそうでもないのか、そのやり取りも会場のファンは楽しそうだ。
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< 1回戦 >
〈【白】井澤秋乃四段・二十五世本因坊治勲 対 万波奈穂二段・羽根直樹九段【黒】〉
対局前に舞台に並んだときから、二十五世本因坊治勲の髪の毛がもじゃもじゃに跳ねていた。以前は対局中に頭を掻きむしるので、髪の毛がメチャメチャに乱れるものだったが、最近はすっかり癖毛になってしまって、朝からどうにもならないという。ペアの井澤四段は相当緊張している。治勲と面と向かって対局するとしても大変だろうが、隣に座って同じ碁を打つ方がよっぽど緊張するかもしれない。
万波二段はテレビやいろいろな司会で場数を踏んでいる。ペアの羽根九段は対局中も穏やかで、ボヤキも少ない。落ち着いた雰囲気で難しい場面も乗り越えて、難敵の井澤・治勲ペアを乗り越えた。見事、2回戦に進出である。
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〈【白】矢代久美子五段・結城聡九段 対 小西和子八段・王銘エン九段【黒】〉
注目の矢代・結城ペアだが、相手は連続優勝の王のペアである。なかなか呼吸が合わなかったのか、1回戦で姿を消すことになった。
小西・王ペアが勝って2回戦へ。
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〈【黒】謝依旻女流三冠・小林覚九段 対 知念かおり四段・依田紀基九段【白】〉
さあ、大本命の謝・小林(覚)ペアの登場である。組み合わせが決まったときからプレッシャーを感じているという小林にとっては、ともかく1回戦は突破しないといけない。
知念・依田ペアは、戦いに強い知念を依田が生かし切れるかどうかが勝負である。
解説の石田九段が、「今日の覚さんは変調だ。謝さんと組んで震えてるんじゃないか」と言っていたが、途中で知念・依田ペアが失敗して形勢が傾いた。謝・小林ペアが順当に緒戦を勝ち抜いた。
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〈【黒】下坂美織二段・張栩棋聖 対 三村芳織二段・高尾紳路九段【白】〉
下坂にとっては、張とのペアはうれしい気持ち以上に緊張感に包まれたに違いない。「一局目は、気がついたら終わっていました」と言うのも、もっともである。
相手の三村・高尾ペアは、いかにも強そう。高尾はペア碁に安定感があって、パートナーに対する気遣いが行き届いているのだろう。しかし、この碁はうまくいかずに1回戦敗退となった。
下坂は1回戦を切り抜けて、責任を果たした心境だったのではないだろうか。2回戦も大いに期待された。
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〈【黒】石井茜二段・山城宏九段 対 吉原由香里五段・井山裕太五冠【白】〉
石井・山城ペアが安定した戦いぶりを示した。
相手は吉原・井山ペアで、なにしろ井山は飛ぶ鳥を落とす勢いである。ペア碁だって許してくれそうもないと思われた。
石田九段の解説では、「長期戦」の様相で、吉原・井山ペアのパワーも出しどころが難しい。こうなっては、山城の冷静な棋風が強みになる。石井・山城ペアが立派に勝ち切って、2回戦進出を果たした。
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〈【白】鈴木歩六段・小林光一名誉三冠 対 青木喜久代八段・瀬戸大樹七段【黒】〉
鈴木・小林(光)ペアは、前評判もよかった。石田九段は、「光一さんは真面目だから、どんな碁でも真剣勝負」と言っていたし、小川六段は、「鈴木さんは読みが深いし、詰碁も得意です」と二人とも高評価である。
青木・瀬戸ペアも相当踏ん張ったが、惜しくも半目差で敗退。鈴木・小林ペアがぎりぎり勝利をもぎ取った。
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〈【白】吉田美香八段・山下敬吾名人 対 奥田あや三段・河野臨九段【黒】〉
この対局は、開始前から楽しそうだった。山下がルールを確認するのを、他の三人がていねいに教えていた。
途中で、吉田・山下ペアがもたついて、石田九段はもうダメと言い切っていたが、ペア碁は何が起こるか分らない。結局、逆転して吉田・山下ペアが細かく勝ち抜いている。
終わって、検討がにぎやかだった。一番最後まで碁盤の前で語り合っていたが、盤上で検討するより笑い声の方が多い。途中で、山下と河野が二人だけで手の検討を始めたが、またすぐ笑い声が被ってくる。こういうのもペア碁の楽しいところだ。
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〈【白】大澤奈留美四段・溝上知親八段 対 向井千瑛五段・林漢傑七段【黒】〉
大澤は優勝経験がある。溝上は自信なさそうにしていたが、なかなか呼吸が合って勝ち上がって行く。
向井と林は研究会でよく打っていて、気心の知れた仲である。「林さんと組めて安心でした」という向井に、「向井さんのパワーを間近で体感しました」と林は圧倒された様子だった。1回戦で姿を消したのは残念だった。
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