2017年3月5日(日) 決勝戦~表彰式
【決勝戦】
4名は公開対局場へ移動。いよいよ対局開始だ。
握って、藤沢・羽根ペアが黒番になった。
一局の流れを、ポイントの場面を振り返りながら追っていこう。
布石は穏やか。まず、この局面が岐路。
白Aなら平穏な進行だが、白20と打ち込んで、戦いの様相になってきた。
白30までは、白が打ち回したようだ。
右上隅は、黒から打てばコウ。すぐには死なない。
黒地を荒らし、右辺の白もサバけそうだ。
ところが、その直後、白が一気に苦しくなった。
こちらが、その原因をつくった場面である。
黒31のボウシに、趙名誉名人は「僕が時間つなぎを打っちゃったんだよね」と反省気味なコメント。白32のことだ。
白34で、本木七段は「Aと中央を補強したい」。
趙名誉名人は「Bと上辺を備えるくらいだったかな」。
実戦は、白34とツケ、勢いで白38と切る展開に。
大盤解説会場では、二十四世本因坊秀芳こと石田芳夫九段が「白はいい感じに打っていたのに、どうして急に乱暴に打ってしまったんだろう」と辛口コメント。
黒43のカケに回られた時点では、右辺の白がいかにも苦しそう。大盤解説会場では「白が絶体絶命」の声も聞かれ、「もう終わってしまうのではないか?」と
心配する空気が立ち込めた。
対局室をのぞくと、鈴木・趙ペアの顔は真っ赤。はた目にもはっきりわかるほどの、必死の表情だった。
けれども、趙名誉名人といえば、シノギの達人。鈴木七段は「絶大な安心感」があったと言う。
その信頼関係が、そして趙名誉名人の「オーラ」が相手の緩着も誘ったのかもしれない。
なんと、白70まで、シノギきってしまった。
白68は好手。この手でAと打つと白は相当危険だった。黒69は「大悪手でした。白70で白が生きていることをうっかりしてしまい」と藤沢女流本因坊は局後に猛反省していた。この手でBと打っていればやはり白はまだまだ苦しかったようだ。
少し進んだ局面。右上の白は、左側の6子を助けるとコウだが、6子を捨てれば「両コウ」の生き。
また、中央の白も頭を出した。
白84と切り、ここから中央の戦いに突入した。
対局者の様子は……「シノいだ!」という安堵感と高揚感からなのか、鈴木・趙ペアは相変わらず紅潮していた。対照的に、藤沢・羽根ペアは涼しい顔。2ペアの表情からは、どちらの形勢がよいのか、全く判断できない。
黒29(黒129)のときが、作戦の岐路だった。
大盤解説会場では、「白Aが有力」とのこと。中央の黒に寄り付く流れになる。ここで、鈴木七段は「Aか白32かで迷い、判断できずに、白30と時間つなぎを打ちました」とのこと。趙名誉名人も「僕も時間つなぎを打とうかと思ったんだけど、いくら何でも怒られるかと思って」と、白32を選択したそうだ。趙名誉名人いわく「形勢がいい勝負ならA。ただ、白も少し心配なところがあるので、形勢が良ければ実戦の白32。実戦は、白が優勢でしたので、逃げ切り態勢だったんです」。
「逃げ切り態勢」の判断は正しく、白44まで白リード。石田九段も、本木七段も白に軍配をあげていた。4名の対局者も同意見だった。
ただし、その差は「思ったほどではなかった」(鈴木・趙ペア)そうだ。
この後は、「優勢を意識した」ことが鈴木・趙ペアの敗因を招いたようだ。逆に、藤沢・羽根ペアが、あきらめずに粘り強く打ったことが勝因だったといえるかもしれない。
「少しずつ緩んでしまいました」と鈴木七段は反省しきり。
さて、終局間際の対局者たちは……
終始、涼しい顔だった藤沢・羽根ペア。一時は(短い時間ですが)あきらめた様子もうかがえた両者だが、徐々に涼しい中にも自信がみなぎってきた。終局前には、勝ちを確信したようだった。
かたや、鈴木・趙ペアは、苦しそうな表情の鈴木七段の隣で趙名誉名人は余裕の表情。並べるまで「白勝ち」を信じて疑わなかったようだ。
ちなみに、大盤解説会場でも、「黒地もだいぶ増えましたね」という小川六段に、コンピュータの異名をとる石田九段も「白勝ち」と断言していた。序盤の絶体絶命のピンチを切り抜けてから、「流れ」は白だった。
並べて、黒の1目半勝ちを確認すると、趙名誉名人は「え!? 負けてるの!?」と本気で驚き、「それなら、もうちょっと頑張れば良かった」とおどけて、ギャラリーを沸かせていた。
【公開検討】
4名は、大盤解説会場に合流し、公開の検討がスタートした。
趙名誉名人は「白地が29目。黒地が37目だったんですけどね、あれ? 白地が10目どこかに消えちゃったの? と思いました。驚いたね」と正直な感想をお話された後も興奮気味。羽根九段に「趙先生、夢中になって大盤の前に立たれているので、皆さんに(大盤が)見えなくなっちゃってます」と注意されるシーンもあった。
その後も、会場を沸かせるやりとりが続いた。
趙名誉名人「羽根さんは投げっぷりがいいので、ボチボチ投げるのかなあと思って打ってたんだけど…」
羽根九段「はい。今回は一人じゃなかったので、ちょっと投げづらく、必死にやりました」
趙名誉名人「うんうん。ちらっと、里菜ちゃんを見たら、『投げるなんて冗談じゃないわよ』っていう顔をしてた」
本局のまとめも、趙名誉名人の言葉でお伝えしよう。
趙名誉名人「形勢をちょっと楽観してました。形勢がいいと思ってるから、油断なんですよ。これがね、AIと違うんですね。凡人なもんですからね、形勢がいいと思うと震えるんですね。AIは形勢がよかろうと悪かろうと正しい手を常に打つ。こういう気持ちにならないといけないですね」
惜しくも敗れた鈴木・趙ペアは、二人きりになると、しみじみ反省会をしてた。
鈴木七段「申し訳ありませんでした」
趙名誉名人「勝ってると思ったからね。優勢だと思ってなければ、勝ってたよね」
鈴木七段「…はい…」
趙名誉名人「でも、あそこ(右上)は、よくシノいだよね。もうダメかと思ったね」
鈴木七段「はい!」
【表彰式】
続いて、表彰式が始まった。
見事に粘り抜いて優勝をさらった藤沢・羽根ペアは、終始穏やかな笑顔。
「中盤からずっと苦しく、最後の最後までチャンスはないかなあとずっと探し続けている状態で、最後の最後でぎりぎり逆転できたという碁でした」と羽根九段が安堵の表情で語り、「あきらめそうになったので、隣を見たら……やっぱり、必死にやらなきゃ、という思いになりました。二人で粘れたと思います」
藤沢女流本因坊は、「羽根先生のおかげです。ちょっと序盤に私が痛恨のミスをしてしまって、そこで苦しくしてしまって、申し訳ないなと思いながら打っていました」と、苦しかった道のりをやはり安堵の表情で振り返っていた。「勝ったのは信じられません。驚きました。でも、初めて優勝できたので、本当に嬉しいです」
羽根九段は本大会三回目の優勝。男性棋士では趙名誉名人に並ぶ記録だ。
嬉しい初優勝の藤沢女流本因坊とともに、優勝杯、賞状、そして優勝賞金300万円を受け取った。
準優勝の鈴木・趙ペアも、賞状と準優勝賞金80万円をにこやかに受け取る。
会場からは、終始、暖かい拍手が贈られていた。
その後はお楽しみ抽選会が行われ、CHEVROLRT(シボレー)の自転車などの豪華景品がファンに贈られた。
決勝戦にふさわしい華やかな内容の碁、懇切丁寧な大盤解説、そして趙名誉名人の、こちらも名人技のスピーチ……盛りだくさんの充実した一日が終了した。
滝常務理事の話にもあったように、優勝ペアは今年8月に開催予定の「世界ペア碁最強位戦」に出場することになる。羽根九段は「結果も大事ですが、とにかく、いい碁を打ちたいと思います」と抱負を語り、その隣で藤沢女流本因坊も静かにうなずいていた。
ファンの皆さんは、今年の夏の世界大会も、今から心待ちにしていることだろう。
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