大会レポート 2018年2月10日(土) (開会式~1回戦~2回戦~準決勝~閉会式)
開幕、華やかに和やかに
2月10日(土)、東京・市ヶ谷の日本棋院東京本院で「プロ棋士ペア碁選手権2018」が開幕した。
著名棋士が一堂に集まるこの日は、日本のプロ碁界にとって一年で最も華やかな日。24回目となる今大会の開会式で、日本ペア碁協会の滝裕子常務理事は「日本囲碁界のオールスターと申しますべき16ペア32名の棋士の方々にご出場いただき感謝申し上げます」と挨拶した。タイトル者をはじめ各棋戦で活躍する棋士を間近で見ようと、会場には朝から大勢のファンも集まっている。滝常務理事は「すばらしい熱戦をお楽しみいただきたいと思います」と語った。
多くのファンにとっての目玉のひとつは、国民栄誉賞の受賞を3日後に控えていた井山裕太七冠の出場だったかもしれない。滝常務理事が「おめでとうございます」とお祝いの言葉をかけると、会場から拍手がわきあがった。
続いて挨拶したのは審判長の大竹英雄名誉碁聖。「囲碁界は井山様井山様井山様。残りの棋士は何をやっているんだ」と、これは本音でありながら、大きな笑いを誘った。そして「やっぱり(タイトル)独占はよくない」の一言に会場は再び大笑い。ファンに向けては「いっぺんに優秀な棋士に会える。ここに来られたことだけで相当、強くなっています」と話した。
会場の空気がかなり和んだところで1回戦全8局が一斉に開始された。
楽しみ方は様々
対局会場はリニューアルされたばかりの2階ホール。以前よりも明るくなった印象だ。対局エリアはそれぞれロープでしきられ、その周りをファンがぐるりと囲んだ。この日はトーナメント1回戦から準決勝までの計3回戦。対局ルールは、テレビ棋戦などでおなじみの初手から1手30秒の秒読み。ただし途中1分単位で計10回の考慮時間が与えられる。
井山裕太七冠のいる対局の人気が高いようだが、どの対局もファンでにぎわう。対局の模様がパンダネットでライブ中継されるだけでなく、各碁盤のそばの大きなモニターにも中継画面が映され、少し離れたところからでも観戦できるのがうれしい。
それにしてもファンにはたまらない空間だ。ロープの間近から観戦すれば棋士までの距離は1メートルもない。目を細めて盤上をみつめるファン、じっと棋士の表情を追うファン、カメラで撮影するファン、モニターをみながら指で次の手を読むファンなどなど。いろいろな囲碁の楽しみ方があるのだと教えてくれる。ちなみに、観客のなかに別の仕事で棋院へ来ていた小林覚九段もまぎれていた。びっくりしたファンもいたのでは。
ほかにも楽しみ方があった。プロの解説を聞きながらの観戦だ。1回戦開始から少しして1階で大盤解説会が始まった。解説はおなじみの石田芳夫二十四世本因坊と小川誠子六段のコンビ。まだ午前中だというのに満席で、さっそく追加の椅子が出されていた。
「囲碁AI(人工知能)の影響でプロの碁も変わってきている」と石田二十四世本因坊が話すと「三々入りとかですね」と小川六段。「このツケ二段もそうです」と解説したのが、藤沢里菜・羽根直樹ペアと向井千瑛・山下敬吾ペアの序盤の一場面。2連続優勝のかかる藤沢・羽根ペアの対局をさっそくとりあげていた。ちなみに出場ペアは昨秋の抽選で事前に決まっている。前回優勝ペアのみ据え置かれ、ほかの15ペアは抽選で決まった。石田二十四世本因坊は決勝進出の2組を、藤沢・羽根ペア、謝依旻・伊田篤史ペアと予想していた。
前回優勝ペア、初戦で散る
対局開始から1時間ほどすると、2階の対局会場がざわついた。ディフェンディングチャンピオンの藤沢・羽根ペアが99手の単手数で投了。碁盤の4分の1ほどの範囲の大石が取られてしまった。
「眼のない石ができて苦しくしてしまいました。しのぎがみつけられなかった」と羽根直樹九段はいう。「私の失着で一気に眼がなくなってしまって。正しく打っていれば死ぬ石ではなかった」と話した藤沢里菜女流三冠は「申し訳ありませんでした。あと、2年間ペアを組んでいただきありがとうございました」と羽根九段にペコリ。本局がこのペアで臨む7戦目で息は合っていたが、「勝ち上がるのは一局一局たいへんだというのを改めて感じました」と羽根九段は話す。あっさりと負けてしまい、2人は1階の解説会場に登場。羽根九段の「おわびにきました」の第一声にファンは爆笑した。
勝ちペア | 結果 | 負けペア |
---|---|---|
○向井千瑛・山下敬吾ペア | 黒中押し | ●藤沢里菜・羽根直樹ペア |
○小西和子・村川大介ペア | 白3目半 | ●王景怡・張栩ペア |
○青木喜久代・高尾紳路ペア | 白2目半 | ●大澤奈留美・小林光一ペア |
○加藤啓子・井山裕太ペア | 黒中押し | ●加藤朋子・余正麒ペア |
○謝依旻・伊田篤史ペア | 黒中押し | ●小山栄美・依田紀基ペア |
○石井茜・一力遼ペア | 白5目半 | ●吉原由香里・本木克弥ペア |
○牛栄子・平田智也ペア | 黒5目半 | ●吉田美香・柳時熏ペア |
○鈴木歩・黄翊祖ペア | 白中押し | ●知念かおり・河野臨ペア |
みんなが「申し訳ない」
加藤朋子六段(日本棋院東京本院)と余正麒七段(関西棋院)のペアは、この日がなんと初対面だったという。加藤朋子六段は「若い人がみんな強くて……。ごめんなさい。ちょっと苦しくしてしまって」と恐縮気味だったが、相手はなんといっても井山七冠のペア。石田二十四世本因坊の解説によると、井山七冠は「怒っている」のだそうで、2日前、LG杯朝鮮日報棋王戦の決勝三番勝負最終局で敗れた悔しさをぶつけるかのように気合のいい碁を打っていた。ただし必ずしも一方的だったわけではなく、余七段は「途中、チャンスがあったんだけど僕がシチョウを読めなくて……」と話した。
石田二十四世本因坊が推したもう1組、謝・伊田ペアは大攻め合いを制して初戦を突破した。こちらも熱戦。敗れた小山栄美六段は「でも惜しかったんです。冷静に打っていれば」と振り返った。
1回戦のあとは昼食休憩。2回戦開始が近づいたころ、控室にいた1回戦負けの棋士たちに聞いた。
柳時熏九段とペアを組んだ吉田美香八段は「同世代がパートナー。息は合っていたのに、私がへたれた手を何度か打ってしまって」と嘆く。シャイな柳九段が「いやいや、一緒に対局できてよかった」と言うと、「勝てば10倍うれしいけれど、負けるとへこみます」と吉田八段。
大澤奈留美四段は今大会最年長の小林光一名誉三冠がパートナー。「最後まで残ろうねって、先生はすごくやさしかった。私が明らかな変な手を打っても、やさしいオーラが伝わってきました」という。吉原由香里六段は若い本木克弥八段がパートナー。「ふつうならお姉さん風ふかすところなんだけど、めっちゃ緊張しました。途中、打つ手はわからないし、時間つなぎもないし」と笑った。あとで本木八段に聞くと、吉原・本木ペアは事前に2局、ペア碁の練習をしたという。初出場の本木は「練習しながら息が合うようになってきたと感じていました。楽しく打てました。自分の打った手が甘かったんだと思います」と話した。
午後になって大盤解説会に登場した張栩九段は「(負けたのは)僕が悪い。毎年のようにここ(解説会場)に立ってます」。勝った棋士にはできないファンサービス。一流棋士が代わる代わる解説してくれるのも、この大会の魅力だ。
10局近く練習、初出場ペア惜敗
2回戦全4局が開始された。半分のペアが敗退したので2階の大ホールのスペースに余裕ができる。空間を利用して、新たな観戦エリアが設けられた。4台の大型モニターが一列に並べられ、その前にファンのための椅子がずらり。大竹審判長が一番後ろに立ち、全対局の経過を見守っていた。
注目は牛栄子二段と平田智也七段のペア。偶然にも初出場同士によるペアとなった。鈴木歩七段と黄翊祖八段のペアとの一戦は、相手の打ち過ぎもあって優勢になったが、鈴木七段の打った141手目のブツカリが好手で逆転負けを喫した。
「僕が見損じして攻め合いが1手負けてしまった。申し訳ないです」と平田七段。牛二段も「めいわくな手ばかり打ってしまって、申し訳ありません」という。
平田七段は「どのペアよりもこの大会にかける気持ちは強かった。事前に10局近く、一番練習したペアだと思います。優勝を狙っていた」と悔しがった。牛二段は「小さいころからの憧れの先生方たちと一緒の大会に参加できて、すごくうれしく思います。もしまた機会があったら頑張りたい」と話した。
勝ちペア | 結果 | 負けペア |
---|---|---|
○向井千瑛・山下敬吾ペア | 白中押し | ●小西和子・村川大介ペア |
○加藤啓子・井山裕太ペア | 黒中押し | ●青木喜久代・高尾紳路ペア |
○謝依旻・伊田篤史ペア | 白中押し | ●石井茜・一力遼ペア |
○鈴木歩・黄翊祖ペア | 黒中押し | ●牛栄子・平田智也ペア |
「すごーい、いまいくつ?」
関西棋院所属同士のペアは、村川大介八段の大ポカが敗因。向井千瑛五段の打った110手目のハネは時間つなぎのつもりだったようだが村川八段はそれに受けなかった。「向井さんにビシッとツケ(114手目)られるまで、気がつきませんでした」。ツケ一発で右上の大石が死んで、勝負あった。十段戦の挑戦者になったばかりの好調・村川八段が死活を間違えた。相方を信用してた小西和子八段は「無条件死とは思わなかった。結構ショックです」と絶句した。
加藤(啓)・井山ペアと青木・高尾ペアの一戦は、相手の攻めをしのいだのちに猛攻をかけた加藤(啓)・井山ペアの勝ち。いかにも戦闘力のありそうな謝・伊田ペアは、謝が86手目で相手の反発を誘って激戦に持ち込み、競り勝った。敗れた石井茜三段
は対局中に笑いながら打っていた。「打つ手、打つ手がひど過ぎて……。はずかしくて……」と局後に話した。「僕のほうにもいろいろミスがあって」というパートナーの一力遼七段は国際対局を終えて2日前に帰国したばかり。棋聖戦七番勝負第4局も控えていた。「いまとっても忙しいというのに、こんな変な碁を打ってしまって申し訳ありません」と謝る石井三段。ところが一力七段の出場回数が4回目と聞いて、突然、目を見開いた。「すごーい。いまいくつ? 17歳からずっと出ているんだ!」
史上最大の逆転劇
いよいよ準決勝。開会式で「独占はよくない」と大竹審判長にいわれた井山裕太七冠が加藤啓子六段とのペアで順調に勝ち進んでいた。向井千瑛五段・山下敬吾九段との一戦は、井山‐山下のタイトル戦を思い出すような壮絶なねじり合い。石田二十四世本因坊からは「山下さんの剛腕を見た」との言葉もあったが、向井・山下ペアは中央の大石を取られ、その後の奮戦も叶わず投了となった。「中盤まではいい勝負。最後にポキッと折れたのが残念でした」と石田二十四世本因坊。山下九段は「一人では井山さんになかなか勝てないんで2人でなんとかと思っていましたが。勝てなかったですね。きょうくらい勝たせてくれても」と話した。向井五段も「井山さんと対局することはなかなかないのでドキドキでした。ペア碁だったらもしかしたら……と思ったのですが」。ファンにとって井山七冠は特別な存在かもしれないが、プロ棋士の間でも別格のようだ。
もう一局、謝依旻女流本因坊と伊田篤史八段のペアは、鈴木歩七段と黄翊祖八段のペアを相手に序盤から優勢を築いた。黄八段の40手目のノゾキが大失着だった。「僕が敗着みたいな手を打ってしまって、でも投げるになげられなくて」と反省しきりの黄。鈴木七段は「私、もうやめたかったです。翊祖さんが投了したいといったらいつでもハイという準備はできていた」とおどけたが、2人はあきらめずに相手の大石を狙って打ち続けた。こうなると優勢の側の打ち方は難しい。生きれば勝ちというような逃げの手は打ちにくく、ついプロの芸を見せたくなるもの。両ペアの微妙な気持ちも手伝って、鈴木・黄ペアはなんと相手の大石を取ってしまった。信じられない事態に陥った謝・伊田ペアが、もし冷静さを保てていれば、取られてもまだ勝っていた一局。それも逃してついに逆転した。「相手がいつ投げるかという碁だったんです」といいながら笑うしかない謝女流本因坊と伊田八段。謝女流本因坊といえば2011~13年に3大会連続優勝(パートナーは王銘琬九段、王銘琬九段、小林覚九段の順)の実績がある。伊田八段は「一番いい相方と組めたんですけれど、しかも内容的にもいい感じで打ち進めてきたのに」と悔しがった。石田二十四世本因坊は「24年のペア碁の歴史で最大の逆転劇ではないか」と話した。
勝ちペア | 結果 | 負けペア |
---|---|---|
○加藤啓子・井山裕太ペア | 黒中押し | ●向井千瑛・山下敬吾ペア |
○鈴木歩・黄翊祖ペア | 白中押し | ●謝依旻・伊田篤史ペア |
ペア碁はコメントも楽しい
閉会式、決勝へ進んだ2ペア4名の棋士がこの日の対局を振り返り、気の利いた言葉でファンを喜ばせた。
最初にマイクを握った加藤(啓)六段は「決勝に来たのはとってもとっても久しぶり。なんでここまで来られたかというと、くじ運で大当たりを引き当てたから」と笑顔。井山七冠はLG杯での負けを念頭に置いて「ひとりで打つよりうまく打てたと思います。最近、一人で打つのは向いてないなと感じる」と語った。鈴木七段は「3局打って、道中で100回くらい負けたなあと。どうしてここにいるのか狐につままれたような気分」。準決勝で大失着を打った黄八段は大きなことはいえない。「決勝も『歩さん様様』で行きたいと思います」と話した。
テレビ番組収録用のインタビューのときだったか、井山七冠が決勝へ向けての意気込みを語った。「ひとりで独占するのはよくないといわれたので、この2人で頑張ります」
加藤(啓)・井山ペアと鈴木・黄ペアによる決勝は、3月4日(日)、日本棋院東京本院で行われる。
組み合わせ抽選会のページへ | 決勝戦のページへ | ||
目次へ戻る |