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プロ棋士ペア碁選手権2019

大会レポート 2019年2月9日(土) (1回戦~準決勝戦)

25回目、節目の開催

 2月9日(土)、プロ棋士ペア碁選手権2019が開幕した。ことしは25回目の節目の大会である。
 東京・市ヶ谷、日本棋院東京本院の2階大ホール。寒い一日だったが、朝から熱心なファンが集まって会場は熱気に包まれた。
 開会式、日本ペア碁協会の滝裕子筆頭副理事長は25回にわたる大会開催への感謝を述べたあと「きょうは囲碁界のオールスターともいうべき16組32名のすばらしい棋士の皆様がペアを組みます。どうぞお楽しみください」と挨拶。審判長の大竹英雄名誉碁聖が「32名に会えただけでも興奮されていることでしょう」と続けた。
 名前を紹介されたペアがファンの拍手を受けてから次々と座席に着く。井山裕太五冠(棋聖、本因坊、王座、天元、十段)、張栩名人、許家元碁聖、藤沢里菜女流三冠(女流本因坊、女流立葵杯、女流名人)、上野愛咲美女流棋聖、万波奈穂扇興杯のタイトルホルダーが全員そろうのは壮観である。このうち許碁聖と上野女流棋聖が初出場。全出場者のなかでは芝野虎丸七段、西山静佳初段、稲葉かりん初段も初めての参加となった。
 大竹審判長が対局開始を宣言して、1回戦が始まった。

ファン注目の一戦は

 大会方式は例年どおり。16ペアによるトーナメントでこの日に決勝進出ペアが決まる。初手から1手30秒の秒読み。途中1分単位で計10回の考慮時間がある。
 打つ順番は、●女性→○女性→●男性→○男性(→●女性:以下同様)。もし順番を間違ってしまうと3目のペナルティーを科せられる。
 1回戦全8局のうち最も注目を集めたのは、加藤啓子六段・井山裕太五冠ペアと上野愛咲美女流棋聖・趙治勲名誉名人ペアの対決。加藤・井山ペアは前回優勝ペア。そして上野女流棋聖は初出場ながら、その剛腕ぶりで多くのファンの心をつかんでいる。その上野女流棋聖がレジェンド趙名誉名人とペアを組むとあって話題となっていた。ぐるりと取り囲んだファンは対局者の表情にも注視。大きなモニターにネット中継の盤面が映されているので、盤上の動きも追いやすい。
 二十四世本因坊秀芳(石田芳夫九段)と小川誠子六段による大盤解説会では、早くから上野・趙ペアの優勢と判断された。二十四世からは「井山さん、粘ってるね」という言葉も聞かれたが、結果は加藤・井山ペアの勝利。局後、趙名誉名人は左下に打った91手目のサガリを後悔。「白を取り切れていないんじゃ、ひどかったなあ」。井山の打った164手目の出が好手で隅が手になった。
 1回戦で最も長時間にわたる熱戦となったのは矢代久美子六段・高尾紳路九段ペアと西山静佳初段・芝野虎丸七段ペアの一戦。棋譜に記録された最終手数は336手。ダメを加えると344手に及ぶ。対局中、碁石の補給が行われたり、アゲハマが碁笥の蓋に入りきらず、テーブルに直接置いたりと、めったにみられない光景もあった。

1回戦の結果は以下の通り(○が勝ち)。
勝ちペア 結果 負けペア
○加藤啓子・井山裕太ペア白中押し●上野愛咲美・趙治勲ペア
○向井千瑛・伊田篤史ペア黒4目半●桑原陽子・河野臨ペア
○藤沢里菜・一力遼ペア黒中押し●王景怡・張栩ペア
○鈴木歩・山下敬吾ペア黒2目半●牛栄子・羽根直樹ペア
○謝依旻・村川大介ペア黒中押し●稲葉かりん・小林覚ペア
○大澤奈留美・許家元ペア白中押し●奥田あや・本木克弥ペア
○吉原由香里・黄翊祖ペア黒5目半●万波奈穂・余正麒ペア
○矢代久美子・高尾紳路ペア黒8目半●西山静佳・芝野虎丸ペア

武宮九段の観察力!?

 1回戦が終わると昼休み。出場棋士の控室で敗退した女性棋士に感想を聞いた。
 初出場の上野愛咲美女流棋聖は「ずっと出たいと思っていました。難しい碁でした。負けたのは悔しいけれど、趙(治勲)先生とペアを組めましたし、井山(裕太)先生とも対戦できた。楽しかったですし、勉強になりました」と話した。芝野虎丸七段(日本棋院東京本院所属)とペアを組んだ関西棋院の西山静佳初段は事前に棋譜を調べてパートナーの打ち筋を研究。「力強い印象で共感できた」という。大激戦の碁を落として残念そうだった。
 全16ペアのうち、前回優勝の加藤啓子六段・井山裕太五冠ペア以外は抽選でパートナーが決まった。王景怡三段は張栩名人と偶然にも2年連続のペアだったが、藤沢里菜女流三冠・一力遼八段ペアに敗れた。4人による局後の検討で、AIの影響を受けた変化の話題についていけなかったという。「わたしもAIを採り入れて勉強しなきゃ」。万波奈穂扇興杯は「わたしの渾身の時間つなぎが利かなくて負けにしました」とパートナーの余正麒八段を気遣った。
 控室に顔を出していた武宮正樹九段が「あっ、みんな黒い服だ! だから負けたんだよ」と声をあげた。白いカーディガンを着ているひともいるので、やや無理筋だが、たしかに上記の4人は全員が黒系の服だった。
 のちほど話を聞いた奥田あや四段、稲葉かりん初段、牛栄子二段も黒系。奥田四段は「すばらしいパートナー(本木克弥八段)に恵まれたので初戦敗退は残念。相手のパンチに耐え切れませんでした」、稲葉初段は「初出場で緊張しました。変な手も打ったんですが、小林覚先生がとてもやさしかった」、牛初段は「力は出せました。またチャンスがあったら出場したい」。

2回戦開催の裏側で

 2回戦が始まった。1回戦の半分の全4局のため、大ホールにはファンのための座席も用意されて、ぜいたくな観戦空間となっている。
 1階の大盤解説会場では、罰ゲームのように1回戦で負けた棋士たちがファンの前に登場する。「みなさんにお会いしたかったので」と敗戦の弁を語ったのは羽根直樹九段。さっそく2回戦の藤沢里菜女流三冠・一力遼八段ペア-鈴木歩七段・山下敬吾九段ペア戦の解説にあたり、「藤沢・一力ペアに(私の)かたきを討ってもらいましょうか」と笑いを誘った。
 2階で熱戦が続くなか、7階では余正麒八段、本木克弥八段、芝野虎丸七段の3人が静かにインターネットで棋譜などを見ていた。余八段は「毎年、ペア碁の成績は安定してます」と苦笑い。まだ1回戦を突破したことがないという。奥田あや四段とペアを組んだ本木八段は、大澤奈留美四段・許家元碁聖ペアに敗れた。「序盤は悪くないかと思ったんですが、許さんがすごい勢いで攻めてきて対応しきれませんでした」。芝野七段は結果よりも楽しめたことを強調。「ひとりじゃなくて、ペアで頑張ろうという気持ちで打つ。普段と違って楽しい」
 1階の大盤解説会場にいた河野臨九段は「パートナーの桑原陽子六段とは事前に何局か練習しました。なかなかいい感じに打てていたのですが、相手にうまくやられました」。のちほど話を聞いた張栩名人は「相手のペアが強かった。厳しい手を繰り出されて、崩れてしまった」と振り返った。
 2回戦では、ディフェンディングチャンピオンの加藤啓子六段・井山裕太五冠ペアが、向井千瑛五段・伊田篤史八段ペアに敗れた。井山五冠は「去年から加藤さんとのペアでたくさん勝つことができてよかった」、加藤六段は「2回戦は相手が強すぎました。ド完敗」と語った。
 向井・伊田ペアのほか、準決勝に進んだのは、藤沢・一力ペア、大澤・許ペア、矢代久美子六段・高尾紳路九段ペア。
 謝依旻六段とペアを組んだ村川大介八段は「二転三転どころじゃない乱戦でした。残念でした」と2回戦を振り返った。黄翊祖八段も2回戦敗退。昨年は決勝まで進んだが、「1局勝てただけでもよかったです。2回戦は薄い碁形にしてしまった」と話した。山下九段は「序盤に自分が暴走して、あっという間に終わりました」。

2回戦の結果は以下の通り(○が勝ち)。
勝ちペア 結果 負けペア
○向井千瑛・伊田篤史ペア白7目半●加藤啓子・井山裕太ペア
○藤沢里菜・一力遼ペア白中押し●鈴木歩・山下敬吾ペア
○大澤奈留美・許家元ペア黒3目半●謝依旻・村川大介ペア
○矢代久美子・高尾紳路ペア黒中押し●吉原由香里・黄翊祖ペア

悔しいけれど満足感

 準決勝は、向井千瑛五段・伊田篤史八段ペア-藤沢里菜女流三冠・一力遼八段ペアと、大澤奈留美四段・許家元碁聖ペア-矢代久美子六段・高尾紳路九段ペアによる2局。じっくりとした展開になった向井・伊田ペア-藤沢・一力ペア戦は、82手目で好点の下辺へ打ち込んだ白番の藤沢・一力ペアが主導権を握って押し切った。もう一局は、上辺一帯で大澤・許の厳しく追及して、大勢が決した。
 敗れた2ペアの4人は皆、悔しさを表に出すよりも、ここまで勝ち上がったことへの喜びを語った。
 男性では上から数えて4番目となる42歳の高尾九段は「若いひとに囲まれてだめかと思ったけれど、実力以上のものが出せた」、矢代六段は「ペア碁はパートナーの男性が強いので、自分がしっかり打てればチャンスがある。3局打てて楽しかった」、伊田は「向井さんとは石の向かう方向が近く、息が合っていたと思う。2回戦で大先生(←井山裕太五冠のこと)にも勝てましたし、満足です」、向井は「2回戦では井山さんが私の手をほめてくださっていたようで、うれしい。伊田さんとのペアは打ちやすかった」。

準決勝の結果は以下の通り(○が勝ち)。
勝ちペア 結果 負けペア
○藤沢里菜・一力遼ペア白中押し●向井千瑛・伊田篤史ペア
○大澤奈留美・許家元ペア黒中押し●矢代久美子・高尾紳路ペア

決勝は藤沢・一力vs.大澤・許

 表彰式では決勝進出の2ペアの4人がそれぞれ、この日の感想と決勝への意気込みを述べた。
 「わたしは特になにもしてなくて、一力(遼)先生が引っ張ってくださった」と控えめな藤沢里菜女流三冠は決勝へ向けて「迷惑をなるべくかけないように精いっぱい打ちたい」。一力八段は「決勝までこられてホッとしています」。一力八段は初出場した4年にも藤沢女流三冠とペアを組んだが、そのときは1回戦負け。女性棋士ナンバーワンがパートナーというプレッシャーがあったのだろう。「個人的にはまだ優勝がない。今年は頑張りたい」と一力八段。
 大澤奈留美四段は「決勝進出うれしく思います。許(家元)さんは包容力があって、(わたしが)変な手を打っても表情にも出さないですし、なんでもいいよって感じで、のびのびと打つことができました。まだ時間がありますので、しっかり勉強して優勝を狙っていきたい」。初出場で不安な気持ちもあったという許家元碁聖は「大澤さんはすごくペア碁に慣れていて、おかげで気楽に打てた」という。2、3度、手番を間違えそうになったそうで、碁石を触ろうとしたとき、大澤四段が視線を向けて助けてくれたという。「決勝にくることは想定してなかったんですけれど、運がよかったですし、大澤さんのおかげだと思います」とひたすらパートナーに感謝していた。
 決勝は3月3日(日)、同じく日本棋院東京本院にて、公開で打たれる。

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