<2度の延期を経て開催>
11月23日(火)、プロ棋士ペア碁選手権2021が東京・市ヶ谷の日本棋院東京本院で開幕した。例年2~3月に行われていたが、今年は新型コロナウイルスの感染拡大に伴い2度にわたって延期されていた。
国内での感染者数が低水準で推移していたとはいえ、参加棋士や観客の安全を第一に、感染予防策は万全。マスク着用、手指のアルコール消毒はもちろん、対局者・スタッフ全員に抗原検査を実施した(全員陰性)ほか、「密」を避けるため観客数を制限し、恒例となっていた対局会場での観戦も取りやめた。ファンがトップ棋士の対局を間近に見られることがこの大会の売り物の一つだが、コロナ禍では致し方ないところ。代わりに棋士のYouTubeチャンネル「つるりんチャンネル」(鶴山淳志八段・林漢傑八段)、「女流棋士・飛田早紀の囲碁チャンネル」「プロ棋士柳澤理志の囲碁教室」でも生配信され、大会を大いに盛り上げた。
午前10時に2階ホールで開会式がスタート。日本ペア碁協会の滝裕子筆頭副理事長は、(待ちに待った大会で)「夢のような感じがします」と切り出し、「コロナでご主人が家に居る時間が長くなり、夫婦仲に様々な影響を及ぼしているようですが、ペア碁はパートナーに対する温かい思いやりが大事で、今の世相に合っているゲーム。今日一日、ペア碁のすばらしさを満喫してください」とユーモアたっぷりに挨拶した。審判長の大竹英雄名誉碁聖は「これだけの棋士が顔をそろえるのはめったにない。(来られた方は)それぞれの棋士のいいところを持って帰ってほしい」と観客に呼び掛けた。
この後、対戦チームごとに選手が紹介され、16組32人の棋士が壇上で挨拶した後、対局場に向かった。井山裕太四冠(棋聖、名人、本因坊、碁聖=当時)、芝野虎丸王座(=当時)、一力遼天元(=当時)、許家元十段、藤沢里菜女流四冠(女流本因坊、女流名人、女流立葵杯、扇興杯)、上野愛咲美女流棋聖と男女のタイトルホルダーが全員、顔をそろえるのは壮観。初出場の六浦雄太七段、孫喆七段、鈴木伸二七段、岩田紗絵加初段はいささか緊張気味にも見える。
10時30分、大竹審判長が対局開始を宣言して1回戦が始まった。
<本命不在の大混戦>
対局ルールは例年通り。初手から1手30秒の秒読みで、途中1分単位で計10回の考慮時間がある。打つ順番は、●女性→〇女性→●男性→〇男性(→●女性:以下同)。順番を間違えると3目のペナルティーが科せられる。16ペアによるトーナメント方式で、この日に1回戦から一気に準決勝までが行われる。例年だと初日に1、2回戦、別の日に準決勝、決勝という日程だったが、全体の日程が大きくずれ込み、この日の時点で決勝の日程も決まっていない状況では、やむを得ない措置だったようだ。
対局開始と同時に2階ホールでは大盤解説会が始まった。おなじみとなっている解説の二十四世本因坊秀芳(石田芳夫九段)と今年、コンビを組むのは吉原由香里六段。経験豊富な両者の掛け合いは、安定感抜群。1回戦の8局を次々と並べながら形勢判断していく。
熱戦が続く中で、比較的早めに終わったのが謝依旻七段・許家元十段ペアと向井千瑛六段・張栩九段ペアの一戦。序盤から激しい戦いの碁になったが、「死なないと思っていた大石が取られてしまった」と張九段。相手の剛腕ペアに脱帽の様子だった。
張九段同様、「なかなかペア碁では勝ててない」と石田九段にいじられていた井山四冠だが、今回は牛栄子三段とのペアで、小山栄美六段・瀬戸大樹八段ペアを相手に幸先のいい1勝。中盤戦で石田九段が「勝負あり」と断じ、その通りの早い終局となった。
「どのペアが本命なのか、今年は予想が難しい」と言っていた石田九段だが、「しいて言えば女流棋士の強いペアが有力」と語り、その点では女流四冠の藤沢と河野臨九段のペアに注目が集まったが、それが河野九段にはプレッシャーになったようだ。加藤啓子六段・六浦雄太七段ペアとの一戦で中押し負け。「地味なヨセで逆転されてしまった。組み合わせを聞いてから、ずっとガチガチでした」と河野九段は冗談めかして振り返っていた。
もう一人の女流タイトル保持者である上野女流棋聖は羽根直樹九段とペアを組み、青木喜久代八段・余正麒八段ペアとの対戦。上野女流棋聖は直前の広島アルミ杯・若鯉戦で若手男性棋士をなぎ倒して優勝したばかり。ペア碁で過去3回優勝したことのある羽根九段との組み合わせは大いに期待を集めたが、始まってみるとずっと押され気味の展開。解説の石田九段も首をかしげていたところ、中盤で上野女流棋聖が「ノープラン(思いつき)」で放ったワリコミの手筋で流れが変わり、最後は2目半勝ち。「上野さんの着手はどこに飛んでくるかわからない」と青木八段はぼやいていた。
前回優勝の奥田あや四段・村川大介九段ペアは鈴木歩七段・孫七段ペアとの対戦。「取りに来られた石をシノいで良くなったかと思ったが、そうでもなかった」と村川九段。前回優勝といっても1年半以上も経過しているのに対し、鈴木・孫ペアの方は「研究会でペア戦の練習をしてきた」と孫。この辺りの差が出てしまったようだ。
吉田美香八段・山下敬吾九段ペアと佃亜紀子六段・黄翊祖九段の一戦はともに女流が関西勢。「佃さんの強手に動揺して(自分が)ひどい悪手を打ってしまったが、そこから盛り返し、最後は(相手の石を)取る気満々の山下さんを抑えて冷静に地合い勝負に持ち込み、勝ち切った」と、吉田八段が詳しく解説してくれた。
一力天元は知念かおり六段とペアを組み、大澤奈留美五段・高尾紳路九段ペアとの対戦。白番の知念・一力ペアがシノギ勝負に出て「多少怪しい場面はあったが、最後はうまく余すことができた」と一力。中押し勝ちで初戦を突破した。
井山、許、一力と男性タイトルホルダーのペアが相次ぎ勝ち上がる中で、芝野王座だけは残念な結果に。矢代久美子六段とペアを組み、岩田紗絵加初段・鈴木伸二七段の初出場ペアと対戦し、280手に及ぶ大熱戦の末、初出場ペアの1目半勝ち。「最初の方でペアの息の合わないところがあり、打ちにくくしてしまった。終盤、かなりきわどい勝負にはなったが、及ばなかった」と芝野王座は悔しそうに語っていた。
<初出場ペアが大活躍>
昼食休憩後、午後1時半から2回戦が始まった。対局会場の方は8局から4局に減り、急に寂しくなったが、大盤解説会場は一転してにぎやかに。1回戦で負けたペアが次々と壇上に上げられ、反省の弁及び2回戦の解説をやらされるのが「しきたり」になっているからだ。解説の石田九段と聞き手の吉原六段は負けたペアをいじりつつ、何やら楽しげにも見える。
そんな中、牛三段・井山四冠ペアと吉田八段・山下九段ペアの一戦で「事件」が起きる。97手目、吉田八段の手番のところで山下九段が打ってしまったのだ。次に打つ人の前にあるランプが光る「手番くん」は正常に作動していたが、「自分の手番だと思い込んでいた」山下九段はランプが眼に入らずに着手。手順間違いのペナルティー3目が加えられ、この時点で黒番の吉田・山下ペアのコミは9目半に。そこから形勢を悲観した吉田八段が「自分だけで20目損した」のは話半分にしても、ほとんど自滅する格好で中押し負けとなった。ただ、局後の検討では、3目のペナルティーがあっても、はっきり黒が悪いというわけでもなかったらしく、実戦は形勢を悲観しすぎたらしい。吉田八段と山下九段が反省のコメントを述べつつ、手順間違いを指摘した相手ペアをやり玉に挙げた辺りは、ほとんど夫婦漫才のようだった。
上野女流棋聖・羽根九段ペアと知念六段・一力天元ペアの一戦は、白番の上野・羽根ペアの苦しい展開が続いた。「互いに自由に打ったらシノギの碁形になっていた」と羽根九段。「コウ争いで正しいコウダテが打てなかった。利益が上がらないままコウに負けて勝負がついた」という。局後、大盤解説会場で、「羽根先生も私も形勢不利なぐらいの方が好きだから……」と語る上野女流棋聖に対し、羽根九段が「いや、そんなことはありません」と語り、観衆の笑いを誘っていた。
1回戦で優勝候補の藤沢女流四冠・河野九段ペアに逆転勝ちし、勢いに乗る加藤六段・六浦七段ペアは、謝七段・許十段ペアとの一戦。黒番の謝・許ペアの攻め、白のシノギという展開の中、許の強手によって黒がリードを奪う。「左下隅の死活が読み切れていなかった」(許)ために、白に寄り付かれたが、終盤、手どころで加藤・六浦ペアにミスが出て、細かいながらも黒が抜け出した。
2回戦4局の中で一番の熱戦となったのが岩田初段・鈴木(伸二)七段ペアと鈴木(歩)七段・孫七段ペアの一戦。「序盤から割とうまく打てた。互いに悪いと思っていなかった」と白番の孫。しかし、中盤から薄くなって徐々に寄り付かれる。右辺の白2子を取られて黒地が大きくまとまった辺りが勝負どころだったようで、261手で初出場同士の岩田・鈴木ペアの黒番1目半勝ち。ただ、もう一人の初出場組である孫は「1回勝てたし、とても楽しかった」と屈託のない笑みを浮かべていた。
<準決勝は大熱戦>
午後4時15分、いよいよ準決勝開始だ。勝ち残った4組にとっては3局目の真剣勝負で、集中力を切らさずに最後まで戦えるか、スタミナも大事な要素になる。
謝七段・許十段ペアと牛三段・井山四冠ペアの一戦は、中盤に許の放った強手からコウの絡んだねじり合いに。白番の牛・井山の攻め、謝・許ペアのシノギは見ごたえ十分だったが、結局、牛・井山ペアに軍配が上がった。「かなりきわどい勝負にはなったが、チャンスらしい場面で(相手ペアに)正しく打たれてどうしようもなかった。相手ペアが強かった」と許。一方の謝は「自分の打った緩い手で苦しくなった。優勝を狙っていたが力不足だった」と話していた。そろって「3局打って、やけに疲れた」を繰り返していたが、言葉とは裏腹に表情はさわやかだった。
もう一方の知念六段・一力天元ペアと岩田初段・鈴木七段ペアの一戦も大熱戦。中盤、左辺で黒番、岩田・鈴木ペアの大技が決まり、大盤解説で壇上にいた上野女流棋聖が思わず「白を持っていたら泣きそう」と言ったほどだが、形勢判断してみると意外にも「少し白が良さそう」。この後、形勢が二転三転し、最終盤、石田解説者が「弟子(岩田初段)のペアが抜け出したか」と言う場面もあったが、299手に及ぶ大熱戦を半目差で制したのは知念・一力ペアだった。「鈴木七段と何度か練習してきて、3局打てたのは素直にうれしいが、最後、自分のミスでぎりぎり逆転を許してしまったのはとても悔しい」と岩田初段。一方の鈴木七段は「自分が小さいコウダテを打ってしまい、細かくなった」とパートナーをかばい、ベスト4に残れたのは「力を入れなかったのが良かった」と語っていた。大盤解説会場では大活躍の初出場ペアに大きな拍手が送られていた。
最後に決勝進出を決めた2ペアが壇上で挨拶した。牛三段は「ペア碁ではこれまであまり勝てていなかったが、パートナーが井山先生だったので、自分が失敗しても大丈夫だと思った。決勝戦は井山先生の足を引っ張らないように頑張りたい」と控えめに抱負を語った。井山四冠は「ペア碁はここ数年勝てていなかったし、(準決勝の)許さんは一人では勝てない相手で、すべて牛さんのおかげだと思っている。決勝も頑張りたい」と余裕の表情だった。
もう一方の知念・一力ペアは、大熱戦を終えて慌ただしく壇上へ。知念六段は満面の笑みを浮かべて「まさかまさかの3連勝」と振り返り、一力天元は「知念さんと楽しく打てた。決勝でも楽しい気持ちで打ちたい」と、短いながらも気持ちのこもった挨拶でしめくくった。
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