3月20日には、セルリアンタワー東急ホテルの2部屋とフロアスペースを使って、「第13回関東ジュニア・ペア碁大会」も併催された。ペアのうち、1人が中学生以下であれば出場できるため、子供同士のペアはもちろん、親子ペア、師弟ペアも多く参加し、棋力別にAからHブロックまでに分かれての熱戦が繰り広げられた。審判長は鶴山淳志八段がつとめた。
1回戦、Eブロックの玉木レアさんとゲノデムシ シャルロットさんの親子ペアは、惜しくも敗れてしまった。お嬢さんのレアさんが囲碁教室に通っており2級、お母さんのシャルロットさんは「フランスも碁がとても盛んで、私はフランスで碁を覚えました」。1級の腕前だが、「でも、この棋力はあっているかあやしい」とシャルロットさんは明るく笑う。「私は、昔友達とよくペア碁の大会に出てたのですが、娘は今回が初めてでした。大きな黒石が死にそうなのに娘と相手のお子さんは気づかず、二人は違うところを打っていて、スリリングでした(笑)。楽しかったです」と終始笑顔で話してくださった。
2回戦、Dブロックの福士優月くんと悟さんの親子ペアは、お父さんが誤順をして、ペナルティの3目を支払ったことで2目半負けとなってしまった。優月くんは「でも、それがなくても負けてたでしょ?」とよく分かっていなかった様子だったが、お父さんが「違うよ。コミがあったんだから」と説明すると、「あ、そうか」と納得。だが、少しもお父さんを責める様子はなかった。「(息子が間違えて)大石を取られたから、おあいこなんです」とお父さん。負けてもにこにこしている微笑ましい親子だった。
棋士のお子さんも何人か参加していた。審判長の鶴山八段のご長男、次男は、安藤和繁五段・中島美絵子三段ご夫婦のご長女、次女とそれぞれペアを組み参加。この二組は、何年も前からペアを組み、ペア碁の大会に何回も出場している。そして今回は、なんと三男と三女のペアもデビュー。中島三段によると「長男長女は真面目同士、息が合う。次男次女はやんちゃで息が合う。三男三女は自由奔放で生きが合う」とのことだ。
今回の大会は、1ペアが4局対戦するのだが、全ペアが1局は指導碁を打てるのが特徴だ。指導を担当した棋士は、平田智也七段、小山空也五段、外柳是聞四段、下坂美織三段、木部夏生二段、辻華二段という面々だった。
下坂三段は「熱気がすごいですね。皆さん、手番を気にしつつも、伸び伸び打たれていました。今打った親子ペアは、お子さんは打つのがすごく早くて、お父さんがじーっと考えられていて、面白かったです」。
木部二段は、「今は、お母さんとお嬢さんのペアと打ったのですが、ホッコリしました」とニコニコ顔。お母さんが間違えるとお嬢さんが、お嬢さんが間違えるとお母さんが、思わず「え?」と心配して顔を見てしまうのだそうだ。
辻二段は「今のペアは、子供が途中で疲れてきて、お父さんが碁より態度をビシビシ注意してました」と笑う。
指導棋士の皆さんは大会の雰囲気も楽しまれていたようだ。ただ、参加ペアの数の関係で、指導碁方式は3パターンあり、一人で一組のペアと対戦、一人で二組のペアを相手に二面打ちというパターンは何も問題はないのだが、三つ目の三組のペアに指導するパターンは、棋士にとってもなかなか難しかったようだ。三面打ちではなく、一組のペアは分かれて、それぞれが棋士とペアを組む。棋士からすると、右隣りのペアと組み一局、左隣のペアとも組んでもう一局、という二面打ちになる。「二人のペアそれぞれと同時に気持ちを合わせるのが大変でした。片方をさらさら打ってしまうと、そちらがすぐに形勢が悪くなってしまって」と振り返っていたのは平田七段。「でも、お互い考えていることがわかり、息が合って勝った碁もあります。それは嬉しかったですね」。
小山五段の一局目は、先にご紹介した「三男三女」の安藤心ちゃん、鶴山稜真くんとそれぞれペアを組んでの二面打ちだった。稜真くんは、小さな手のひらを上にして「どうぞ」の形をつくり、無言でその手を差し出して、一手一手、相手にも小山五段にも、「次はあなたです」と手番を教えてあげていた。小山五段は「手番を教えてくれただけじゃなく、次に打って欲しい場所を目で知らせてきていたように感じました」と笑う。これを聞いた鶴山八段は「小山先生に!まだ20級なのに」と大笑い。このときは審判長ではなくお父さんの顔になっていた。
小山五段がもう一面、心ちゃんとペアを組んだ対局のお相手は、林優里ちゃん・優月ちゃんの姉妹ペアだった。林漢傑八段、鈴木歩七段ご夫婦のお嬢さんたちだ。「強かった」と小山五段。「特にお姉ちゃんがしっかりしていて、次にあの石を攻めにいこうと思っていると、その前に全て守られてしまいました。五子局だったのですが、手も足も出なくて完敗。ペアの心ちゃんに申し訳なかったです」と脱帽していた。
今回、ペアにはそれぞれ名前をつけることになっていた。安藤家&鶴山家のペアは安藤来美さん・鶴山隆之介くんペアが「不死鳥の騎士団」、安藤来夢さん・鶴山誠士郎くんペアは「誠来夢―ん」というペア名。命名にも気合いが感じられ、楽しんでいる様子も伝わってくる。
林優里ちゃん・優月ちゃんペアは「癒し中華」。こちらは、「我が家の『癒し』なので。そこに冷やし中華を文字って漢傑さんが『中華』をつけました」と鈴木七段。この「癒し中華」ペアは可愛らしく、大会参加ペアや応援にきていた保護者の皆さんの「癒し」にもなっていた。そして、一局目に、安藤心ちゃん・小山空也五段ペアに快勝した波に乗り、見事にGブロックで優勝。最年少ペアに贈られる「ヤングペア賞」も受賞していた。
最高齢、73歳の大津良春さんは小学1年生の本田希衣さんとのペア。「彼女の名前の『希衣』という漢字を見ていたら、お姫さまみたいだなと思って」、ペアの名前を「姫と番犬」とつけたと笑う。大津さんは、東京都品川区の小学校で、ボランティアで囲碁を教えていらっしゃる。「品川区は囲碁普及の取り組みが盛んで、37校もの小学校で囲碁を教えているんですよ。僕はその中の6校に教えに行ってました」。コロナ禍で今は中断せざるを得ず、教え子たちは、小学校の代わりに囲碁サロンに集まってきているという。今回の大会にも、6、7段の腕前だという小5の津田廉太郎くん、弟の小1の晴治郎くん、小4の和田悠成くん、小2の石田昊くんら教え子たちがペアを組んで参加しており、対局が終わるといつの間にか先生の回りに集まってくる。大津さんご自身は四段の腕前だが「子供たちが育ってくれて、どんどん僕を抜いていってくれるから教え甲斐があります。僕が楽しんでるんです」と笑顔が絶えない。「大津先生は優勝もして、ナイスネーミング賞ももらえるんじゃない?」「年の差賞も絶対もらえるんじゃない?」と和気あいあいの子供たちに囲まれて、本当に幸せそうだった。
彼らの予想は少しはずれ、少し当たった。ナイスネーミング賞は「なかよしスターズ!」の高橋歩美さん・知里さん姉妹ペアが受賞。「姫の番犬」ペアは、「ナイス年の差賞」を受賞した。
熱戦が続くなか、各ブロックの優勝ペアが決まっていった。
Aブロックは、強豪の「Green Stars☆さいたま」の野中優希さん・大沢摩耶さんペアが決勝戦で敗退。「お相手のペアが強かったです」と大沢さん。優勝は「かすみの一手」の李香澄さん・村上裕貴さんペアとなった。碁会所の研究会で知り合ったそうだ。李さんはプロを目指している小学校4年生。「家では毎日勉強し、教室には週に1、2回通っている」という。現在7段で、中国の強豪が集まる対局サイトでは6段。いかにも強いのだが、まだあどけなく「楽しかった。オシャレも楽しい」と優勝の喜びを語ってくれた。村上さんも、元院生の強者。李さんの前で「お嬢様に貢献することができて、大変うれしく思います」とおどけた後、「僕と香澄さんは棋風が全く正反対。僕はどんどんやっていくタイプで、彼女は落ち着いた碁なので。それでよくついてきてくれた、本当にがんばってくれたなと思います」とペアを讃えていた。
Bブロックは、「かつら親子」の勝良晴太さん・健史さんペアが優勝。「僕が六段で」と中学2年生の晴太さん、「私が四段です。息子は私よりたいぶ強い」と健史さん。晴太さんが幼稚園の年中の終わりころに、二人で近所の囲碁教室に行き始め、5年くらい通ったのだそうだ。その後は、「私はあまりやらずに」と健史さん、「僕は中学の部活で。あとはネットで打っています」と晴太さん。高校に入っても囲碁は続けるという。今回、ペア碁の大会には初めて参加したとのこと。お父様は「時間がなくてバタバタでした」と謙虚に振り返られ、「でも、最後には全て勝ち切った碁だったのでそこは良かったと思います」と息子さんが頼もしく引き取った。「楽しかったです。疲れましたけど」と穏やかな笑顔で会場をあとにされていた。
Cブロックでは、先にご紹介した「不死鳥の騎士団」ペアが決勝まで勝ち上がっていたが、「少し足りなさそう」と鶴山八段。勝機もあったそうだが、「アンシャイン」の趙杏奈さん・コリージャン シャインさんペアが勝ち切って優勝を決めた。杏奈さんは、「国際ペア碁オンライントーナメント」に出場され3位入賞を果たした趙錫彬さんのお嬢さん。錫彬さんは「まだ弱い。僕に星目」と話されていたが、ということは初段以上の腕前ではないだろうか。可愛い白いドレスを着て、優勝が決まったときは嬉しそうにお母さまの元に駆け寄っていた。ペアのシャインさんは、ニュージーランドで放映された「ヒカルの碁」を「高校生の時に英語の字幕で見たのが囲碁を知ったきっかけです」。そこで興味を覚え、「ネットでルールを調べ、ネット対局をして」なんと独学だけで7段になってしまったという。ご職業はエンジニア。来日6年目だが、日本語も流暢に話されていた。「年末年始に名古屋に旅行して、紹介してもらっていた趙錫彬さんを訪ねて知り合いになりました」とシャインさん。今回は錫彬さんからお誘いがあり、杏奈さんとのペアが実現したそうだ。優勝にはもちろんにこにこ顔で、「また大会に出たいです」とペア碁にもすっかりハマった様子だった。
Dブロックは、鶴山家・安藤家の「やんちゃ」な「誠来夢―ん」の安藤来夢さん・鶴山誠士郎くんペアが優勝。「ペア碁で初めて優勝したので、すごくうれしいです」と来夢さん。そして、「ペアのほうが強かったので、今度のペア戦までに自分も強くなりたいと思います」と次回大会への抱負も話してくれた。これを「ペアが強くて優勝できたと来夢さんは言ってましたよ?」と誠士郎くんに伝えると、「え? そうなんですか? いや、僕はそんなに…えーと、相性はよかったと思います」とシドロモドロになっていて可愛らしかった。二人はよきライバルでもあるようだ。
Eブロックは「航橙健児 こうとけんじ」の原田尚橙さん・齋藤航太さんペア、Fブロックは、「森彩乃女流名人」の森彩乃さん・森善哉さんペア、そして、先にご紹介したように、Gブロックは、「癒し中華」の林優里ちゃん・優月ちゃんペアが優勝した。「よかったです。長女は、以前個人の子供大会に連れていったとき、大会の雰囲気に圧倒されて泣いてしまい、参加せずに帰ってきてしまったことがあるんですね。だから今日は、大会に参加もできて、その上結果もよくて、本当にいい日でした」と林漢傑八段。一番喜んでいたのはお父さんだったかもしれない。お姉ちゃんは「楽しかった」とはにかみながら答えてくれた。この日は仲良しの妹も一緒だったので、妹のためにもがんばったに違いない。
さて、Hブロックで優勝したのは、「くろしろみかん」の黒田茉白さん・美香さん親子ペア。美香さんは「大森美香」のペンネームをお持ちと書くと、ピンとくる方もいらっしゃるかもしれない。昨年度のNHK大河ドラマ「青天を衝け」のシナリオを書かれた脚本家だ。主人公の渋沢栄一は、実は日本棋院設立にも関わっていたほど、囲碁にも通じていた。ドラマの中では、徳川慶喜が碁石を並べながら「大政奉還」を決心するシーン、大久保利通と五代友厚が対局しながら本心を伝え合うシーンなど、重要局面で「囲碁」が何度も登場した。昨年大森さんに取材させていただいたときは、「娘が日本棋院の囲碁教室に通っていたとき、保護者も教えていただけ、ルールだけ覚えましたが、全く打てないんです」と話されていた。今回は、この大会に出場すると決め、なんとこの3月から茉白さんに習って特訓したのだという。「今月に入ってからなので、娘にリードしてもらい。昨日も教えてもらって。おかげさまで、楽しく打てました」と美香さん。「でも、ずっと緊張しっぱなしで。途中で娘にあきれられてるなと思ってました」と苦笑すると、「悪いところはとても悪いけど、いいところはいい」と茉白さんからおほめの言葉をもらっていた。何にしても、3週間の特訓で優勝を勝ち取ったのはお見事。これからも囲碁を続け、ドラマの中でも囲碁をどんどん紹介していってください! 幕末に「ペア碁」が流行っていたら、日本の歴史も変わっていたかも……などと勝手に想像したりしながら……賑やかで熱く、そして、こちらもドラマがいっぱいだった「第13回関東ジュニア・ペア碁大会/ペア碁指導碁会」が閉会した。