豪華な併催イベント、「シャッフルペア碁対局」は、3月21日にセルリアンタワー東急ホテルで行われた。「プロ棋士ペア碁選手権2022」出場ペアのうち、1、2回戦で敗退した棋士たちがシャッフルされ新たなペアを組み、「オンライントーナメント」出場の日本代表のアマ2ペアを加えた14ペアが参戦。ミニ解説会の解説を今村俊也九段が担当し、聞き手は飛田早紀二段がつとめた。集まったファンは、トップ棋士が勢ぞろいの会場で頬を紅潮させながら観戦し、参加した棋士たちも、対局前は和やかに会話し(マスクは着用)、真剣勝負の後は、また笑い声と共に検討を続け、ペア碁ならではの温かい時間が流れていた。
シャッフルペア碁対局は、午前と午後に一局ずつ打たれた。二局ともペアは同じだ。
一局目の組み合わせは、以下のとおりで、10時半にスタートした。
仲邑菫二段・井山裕太四冠(名人・本因坊・王座・碁聖)ペアvs.星合志保三段・一力遼棋聖ペア
吉田美香八段・関航太郎天元ペアvs.知念かおり六段・張栩九段ペア
鈴木歩七段・許家元十段ペアvs. 岩井温子アマ・趙錫彬アマペア
小西和子八段・山下敬吾九段vs.上野愛咲美女流棋聖・羽根直樹九段ペア
藤沢里菜女流四冠(女流本因坊・女流名人・女流立葵杯・扇興杯)・高尾紳路九段ペアvs. 藤原彰子アマ・津田裕生アマペア
王景怡三段・芝野虎丸九段ペアvs.向井千瑛六段・余正麒八段ペア
桑原陽子六段・林漢傑八段ペアvs.茂呂有紗二段・村川大介九段ペア
一番ギャラリーを集めていたのは、やはり、仲邑菫二段・井山裕太四冠ペアvs.星合志保三段・一力遼棋聖ペアの一戦だった。井山四冠と一力遼棋聖は、3月18日まで第46期棋聖戦七番勝負(読売新聞社主催)の最終局を戦っていたばかり。疲労は並々ならぬものがあるだろうが、井山四冠は20日の開会式で「直近につらいことがあったのですが、今日に照準を合わせてきました」と会場のファンを喜ばせるあいさつをされ、器の大きさを感じさせられた。大会審判長の大竹英雄名誉碁聖は「名勝負を繰り広げたお二人に直接会えるだけでも、皆さんの宝物になることでしょう」とファンに話されていた。
ミニ解説会でも、さっそくこの対局が取り上げられた。「序盤から、お互いにカッコイイ手を打っていますね。……お。菫ちゃんの『天才の一手』が出ましたね」と今村俊也九段の舌もなめらかだ。「これは、私についてこいといっている手ですね」という今村九段に飛田早紀二段が「井山四冠についてこい、ですか!?」と驚き会場の笑いを誘う一コマもあった。
仲邑二段は、井山四冠とペアを組むのは初めて。「自分が打ちやすいように打ってくれてるなあと思いました」と話し、「安心して打てました」と振り返る。内容的には「序盤、私が読めなくて、撤退したので、少し悪くなったと思います」と仲邑二段。井山四冠も「最初、自分が仕掛けていった手があるんですけど、それがそんなにうまくいかなくて、出来上がったときはちょっと苦しいかなとは思ったんですけど」と振り返る。だが、「そこからはけっこう息がピッタリ合ってきて。途中からは一人で打つより全然うまく打てたと思います」とのこと。結果は、仲邑・井山ペアの黒番中押し勝ちとなった。
終局するや笑い声が聞こえてきたのは、藤沢里菜女流四・高尾紳路九段ペアvs. 藤原彰子アマ・津田裕生アマペアの一戦。さっそく始まった検討の中で、高尾九段の「時間があっても読めない。奇跡的に白がうまくいってるんだね。強い人に任せるに限るね」という声が聞こえてくる。難しい攻防があったようだ。藤沢女流四冠は「序盤から判断が難しい碁で、ずっと難しくて、黒に少しミスがあってよくなったんですけど、正しく受けられていたら、まだまだこれからの碁でした」と振り返る。その「ミス」をした津田さんは「いろいろ考えすぎた結果、とんでもない手を打ってしまって。急に終わってしまったんですけど」と振り返り、ここでまた四名の笑い声。朗らかなミスだったようだ。
岩井温子さんと趙錫彬さんのアマチュアペアも、鈴木歩七段・許家元十段ペアに善戦したようだ。「途中までは黒も悪くはなかった。いい勝負だったと思う」と趙さん。「アタリがあったので急いでついじゃったんですけど、よく考えたら家元先生の手番でした」という鈴木七段の誤順のハプニングもあった。ただ、戦いが始まり、少しずつ差が開いてしまったという。
「ザックリ言うと、犯人は私です」と頭をたれていたのは林漢傑八段だ。「いえいえ、そんなことありません」と桑原陽子六段がにこにこ笑いながら否定しても、「一人だけペア碁素人が交じっていて。タイミングとか全然わからなくて」と反省の弁が止まらなかった。こちらは、茂呂有紗二段・村川大介九段ペアの黒番中押し勝ちだった。
知念かおり六段・張栩九段ペアが白番中押し勝ちとなった対局では、「私が甘い手を打ったのと、悲観しすぎたのと、関君に応えられませんでした。すみません。ちょっと淡泊すぎました」と、吉田美香八段が反省しきりだった。それを聞きながら、ずっと「熱意の差がすごい」と笑い続けていたのは張栩九段。どうやら、関天元は熱い打ち回しだったようだ。「途中、美香さんの意表をついた勝負手に」と、自身が間違えたシーンを振り返るときも張九段は笑いが止まらない。どうやら、その後に盤上でそれ以上のダメージを与えたようで、検討はその後も吉田八段と張九段の楽しく賑やかなやりとりが続いていた。最後に、それまで一言もしゃべらなかった関天元が「次は勝ちましょうね」と吉田八段に静かに語りかけたのが印象的だった。
「すごい形ができていますね。ハンマーの跡でしょうか」とミニ解説会で今村俊也九段が驚いたのは、小西和子八段・山下敬吾九段vs.上野愛咲美女流棋聖・羽根直樹九段ペアの一戦。初手から並べ直し、左下の抜け跡は「白が捨てたのですね。全体ではバランスが取れていますね」と互角の評価だった。「序盤の知識がなくて、最初苦しい戦いにしたかなと思ってたんですけど」と振り返ったのは羽根九段。上記の「互角」以降も、いい勝負が続いていた。ここでまた今村九段が「上野さんは、ナラビやコスミ以外、全部切っていくんですね」と感嘆したコメント。ケイマをツケ越していった手で、上野女流棋聖は「ノリで打ちました。読みはあんまり入ってない」と振り返る。その後も険しい攻防が続いたが、上野・羽根ペアの黒番中押し勝ちとなった。前日の「プロ棋士ペア碁選手権2022」では、上野女流棋聖と山下九段がペアを組んでいた。「上野さんと共にハンマーを振り回しながら追いかけて、相手の石を取ろうと思います」とあいさつしていたが山下九段だが、「敵に回すとやっぱり怯えますね。僕が愛咲美ちゃんのパワーを恐れて、怯えてしまいました。敗因は怯えです」。小西八段は「せっかくいい形に山下先生が持ってきてくれたのに、全然受けきれなくて」と反省していた。
もう一局、最後まで残った王景怡三段・芝野虎丸九段ペアvs.向井千瑛六段・余正麒八段ペアの一戦は、向井・余ペアの黒番2目半勝ちとなった。ヨセ勝負となったものの「ずっと押され気味でした」と芝野九段は振り返る。王三段は「優しい雰囲気で打ちやすかったです」と笑顔だった。向井・余ペアに勝因を尋ねると、余八段は、少し考えた後に「左辺の切りが流石でしたね。たしかにイメージ的には切るしかなかったんですけど」と向井六段の放った手を示した。向井六段は「どうなるかわからなかったんですけど」と謙遜した後、「ずっと難しかったんですけど。最後、ヨセが進んでいって、少し残るのかもしれないなと思いはじめました」と振り返った。そして、「私はすごく打ちやすくて」という向井六段の言葉に、余八段はホッとした笑顔を見せて「(向井六段は)読みが深くて」と感心しきり。対して向井六段も「余さんが形をきれいに決めていただけるので安心して打てました」とお互いに讃え合いながら勝利を味わっていた。
シャッフルペア碁対局の二局目は、14時に開始された。
一局一局、参加棋士・選手たちのコメントをご紹介していこう。
向井千瑛六段・余正麒九段ペアvs. 岩井温子アマ・趙錫彬アマペア戦
「私の悪いところが出てしまいました。戦いが弱いのですが、苦手な展開になってしまい」と岩井さん。趙さんが「戦いがあまり好きではない…あまり仕掛けていかないタイプなのに、殺しにいかないとチャンスがなくなってしまって」と補足する。向井・余ペアの黒番中押し勝ちだった。一局目はいい感じで打て、「途中、ひょっとしたらいけるのではないという雰囲気も出たのですが…この碁はちょっと出来が悪かった」と話す趙さんの隣で岩井さんも大きくうなずいていた。だが「プロと二局も打て、自信にもなり、滅多に打つ機会ないので、主催者に感謝しています」と二人そろって最後は笑顔だった。
藤沢里菜女流四冠(女流本因坊・女流名人・女流立葵杯・扇興杯)・高尾紳路九段ペアvs. 知念かおり六段・張栩九段ペア戦
「序盤、高尾先生が三々に打って、自分には初めての形で、最初はわからなかったんですけど、けっこう手厚い碁形……たぶん高尾先生と私の好みの碁形になって、けっこう呼吸を合わせていけたかなと思います」と藤沢女流四冠が振り返る。「一手一手難しかったんですけど、(黒57と)中央のカタに打って」ペースを掴んだようだ。「お互いの棋風にあっていた」のが勝因で、藤沢・高尾ペアの黒番中押し勝ちとなった。
星合志保三段・一力遼棋聖vs. 鈴木歩七段・許家元十段ペア戦
悲願の三大タイトルを獲得した一力棋聖はもちろん、今年、許十段も絶好調で連勝街道を進んでいる。注目の「令和三羽烏」の激突でもあったが、星合・一力ペアが白番中押し勝ちを収めた。一力棋聖は「序盤から戦いになり、一手一手難しかったんですけど、全体的には息をうまく合わせられたんじゃないかなと思います」と笑顔で振り返り、「けっこう後半いろいろひどかったんですけど、中盤までのリードが少し大きかったかもしれない」と勝因を語っていた。
上野愛咲美女流棋聖・羽根直樹九段ペアvs. 桑原陽子六段・林漢傑八段ペア戦
羽根九段といえば「シノギ」の印象が強いが、「攻めるシノギ」とも言われている。ミニ解説会で今村俊也九段は「羽根さんは4、5年前、『最近自分は力碁だということに気がつきました』と言っていました」と紹介していた。「ハンマー」の異名をとる上野女流棋聖と相性がよいのもうなずける。難しい戦いの碁となった本局は、上野・羽根ペアの黒番中押し勝ち。羽根九段は、「終始競り合いで難しい碁だったんですけど、全て死活が絡んで、わからないことだらけでした」と笑う。「白模様の荒らし方が焦点ではあったんですが、結果的にはうまくさばけたので、そこでリードできたのかなと思います」とまとめてくださった。
小西和子八段・山下敬吾九段vs. 王景怡三段・芝野虎丸九段ペア戦
黒番の小西・山下ペアが積極的に仕掛け、王・芝野ペアが受けてたつという立ち上がりとなった。芝野九段は「序盤でけっこう厳しく仕掛けてこられて、どうなるかなと思ったんですけど、出来上がりは不満ないかなという感じで思っていた」と振り返った。「ただずっと難しくて、最後白地が中央について少しよくなったのかなという感じでした」とのこと。こちらは、王・芝野ペアの白番3目半勝ちとなった。
藤原彰子アマ・津田裕生アマペアvs.茂呂有紗二段・村川大介九段ペア戦
藤原・津田ペアが、二局目の善戦した一局。村川九段は「右下の競り合いが意外に見慣れない形で手探りという感じだったんですけど、けっこう面白い変化で、手所で面白かったですね」と振り返る。その右下は「けっこういい加減なワカレになって、面白かったですし、最後、勝負手が厳しくてドキッとしてた」とも振り返った。どちらが勝負手を放ったのですかと尋ねると、「どっちも打ってました(笑)」と村川九段。「やりがいのある一局でした」という言葉を聞いた藤原さんは「そう言っていただけると、すごく嬉しいです」と喜んでいた。
仲邑菫二段・井山裕太四冠(名人・本因坊・王座・碁聖)ペアvs.吉田美香八段・関航太郎天元ペア戦
この碁は序盤早々難しい戦いに突入し、「井山さん、そんな30手でつぶさんといてと泣きそうになった」と吉田八段が振り返る。だが「私がつぶしそこねて、しのがれてからは難しくなりました」と仲邑二段。結果は吉田・関ペアが白番3目半勝ちを収めた。「関君は『目からうろこ』の手がいっぱいでした。苦しい時間もけっこう長かったと思うのですが、関君がこんなに一生懸命頑張っているのだから、あきらめずにがんばろうと思い、ペアが関君だからがんばれました」と吉田八段。そして「関君は素晴らしいですね。熱いハートの持ち主で、人生の大切なことを教えてもらった感じがしました」とペアへの賞賛が止まらなかった。