「プロ棋士ペア碁選手権2022」が3月20日、21日の両日、東京・渋谷のセルリアンタワー東急ホテルで行われた。「ペア碁ワールドカップ2022ジャパン」の特別併催イベントして開催されたもので、国内トッププロばかり16組32人が集結、ペア碁日本一の座を目指して熱き戦いを繰り広げた。
コロナの影響で「プロ棋士ペア碁選手権2021」の開催が大幅にずれ込み、1回戦から準決勝までが昨年11月23日、決勝戦が行われたのはわずか1か月余り前の今年2月13日。いずれも日本棋院東京本院で実施され、感染拡大防止のため、観客は棋士の対局姿を間近に見ることができなかった。しかし、今回は広いホテルの会場を使い、感染防止策を徹底した上で、観客がやや遠巻きの形ではあるが、棋士を近くから見られるようにした。「ベストドレッサー賞」の選考があるためか、棋士も思い思いにやや派手めの衣装に身を包み、会場は久々に華やいだ雰囲気に包まれた。
<開会式>
20日午前9時からの開会式では、ペア碁ワールドカップの実行委員長である日本ペア碁協会の滝裕子筆頭副理事長(全日本囲碁連合会長)が「2年間待たされたペア碁ワールドカップに、ずっと変わらずにご支援いただいているスポンサー各社には感謝の言葉しかない。プロ棋士ペア碁選手権に出場する棋士の方々は皆張り切っていて、素晴らしい棋譜が残ると思っている」と挨拶。審判長の大竹英雄名誉碁聖は「一昨日まで棋聖戦七番勝負の死闘を繰り広げていた一力さん、井山さんを間近に見られるだけでも今日来たお客様は幸せだと思う。存分に楽しんでいってください」と盛り上げた。
この後、対戦チームごとに選手が紹介され、16組32人の棋士が壇上で挨拶した後、対局場に向かった。井山裕太四冠(名人、本因坊、王座、碁聖)、一力遼棋聖、関航太郎天元、許家元十段、藤沢里菜女流四冠(女流本因坊、女流名人、女流立葵杯、扇興杯)、上野愛咲美女流棋聖と男女のタイトルホルダーが全員、顔をそろえるのは壮観。初出場の関天元、佐田篤史七段、茂呂有紗二段、加藤千笑二段、仲邑菫二段はいささか緊張気味にも見える。
午前10時、大竹審判長が対局開始を宣言して1回戦が始まった。対局ルールは例年通り。初手から1手30秒の秒読みで、途中1分単位で計10回の考慮時間がある。打つ順番は、●女性→〇女性→●男性→〇男性(→●女性:以下同)。順番を間違えると3目のペナルティーが科せられる。
<注目ペアが敗退>
前回優勝ペアの知念かおり六段・一力遼棋聖ペアが1回戦で、いきなりタイトルホルダー同士の藤沢女流四冠・関天元ペアと激突した。
前回優勝といっても終わったのはわずか1か月余り前。序盤は息の合ったところを見せ、白(知念・一力ペア)ペースで進む。しかし、「藤沢女流四冠にはいつも教えてもらっていて、パートナーを信じて打てば勝てると思っていた」関が藤沢と共に粘り強く打って徐々に挽回。「気が付いたら大差の勝ちになっていた」(同)という。最後は黒(藤沢・関ペア)の中押し勝ち。一力が「少しずつ緩んでしまった」のは、前々日までの棋聖戦の疲れもあったかもしれない。知念は「もう少し、前回優勝の余韻に浸っていたかったが……」と残念そうに話していた。
初出場棋士の中で最大の注目はやはり仲邑二段。仲邑が初戦に登場した20日の来場者数が1500人と、ワールドカップ期間中、最大となったのも、仲邑人気によるものだろう。ペア戦の会場でも、一番の人だかりができていた。ペアを組んだ村川九段とは、仲邑が関西で勉強していた頃からの知り合いで、「信頼している」と仲邑。村川の方も「菫ちゃんと組めるのは、日ごろの行いが良かったせいかもしれない」とペア戦を心待ちにしている様子だった。
牛栄子四段・大西竜平七段ペアとの一戦。「手厚く打とうという作戦通りの展開」(村川)で、白番の仲邑・村川ペアがしばらくは気持ちよく打っていたが、途中「弱い石ができてしまった」(仲邑)ために、流れがおかしくなる。終盤、両者の形勢判断が食い違っていたようで、形勢を悲観していた村川が無理な手を打って大石がとん死。「菫ちゃんはヨセ勝負で行けると思っていたようだ。(村川の手を見て)何してくれるねん、という感じだったと思う」と申し訳なさそうに語っていた。
<平成四天王も消える>
組み合わせの面白さで注目されたのがハンマーパンチで有名な上野女流棋聖と剛腕で知られる山下敬吾九段のペア。前夜祭でも「山下先生とのペアだったら大石を取りにいくしかない」と上野が語れば、山下の方も「相手のペアはボコボコにぶん殴られていただきたい」と撲殺宣言していた。
謝依旻七段・本木克弥八段ペアとの1回戦。上野・山下ペア(黒番)の思惑通り、激しい戦いの碁にはなったが、「相手が怯えてくれなかった」と山下。上野も「相手の眼形の方が多く、こちらはずっと逃げ回っていた」という。「どちらかというとこちらが撲殺されそうな雰囲気の中で、粘っているうちに細かくはなった」(山下)とのことで、最後は1目半差だったが、「勝つチャンスはなかった」という。
鈴木歩七段・張栩九段ペアも実績十分で活躍が期待されていた。2006年の第12回で優勝したときのペアで、翌年も準優勝。鈴木は前夜祭で「入段したころから、よく張栩研究会に参加していて、自分の棋風の根底は張先生。明日はノビノビ打って、私の弱点を知り尽くしている張先生にフォローしてもらいたい」と語っていた。2007年のときも含めて鈴木はペア戦で6回の準優勝を経験しており、ペア碁では簡単に負けないイメージもあった。
加藤二段・河野臨九段ペアとの一戦は、序中盤、相手を崩してはっきり鈴木・張ペア(黒番)が優勢な展開になったが、中盤以降、「簡明な決め手をいくつか逃した」と張。加藤・河野ペアにじりじりと追い上げられて、最後は5目半負け。「油断があった」と張は残念がっていた。
平成四天王では、茂呂二段と組んだ高尾紳路九段(黒番)が、星合志保三段・許十段ペアに1目半負け。王景怡三段とペアを組んだ羽根直樹九段も桑原陽子六段・井山四冠ペアに白番1目半負け。平成四天王がそろって1回戦で消えた。
また、鈴木七段の夫の林漢傑八段は向井千瑛六段とペアを組んでの出場。鈴木・張ペアとともに1回戦を突破すれば、2回戦で激突する組み合わせとなっており、林は開会式で「2回戦で盤上の夫婦喧嘩をしたい」と語っていたが、向井・林ペアの方も「今回が会うのも初めて」という小西和子八段・芝野虎丸九段ペアに敗北。夫婦そろって2回戦進出はならなかった。
吉田美香八段・余正麒八段の関西棋院ペアへの期待も大きかったが、コンビネーションが良かったのは「余八段の自宅のクローゼットまで見に行った」という洋服選びだけ。奥田あや四段・佐田七段ペアとの1回戦では、「大事な場面で(奥田)あやちゃんに『手渡し返し』をされ、動揺してしまった。精神的な弱さを露呈してしまった」と吉田。あえなく敗退した。
<2回戦でタイトル保持者敗退>
大盤解説会は1回戦の開始と同時に始まり、1回戦のときは聞き手の吉原由香里六段を相手に二十四世本因坊秀芳(石田芳夫九段)の独り舞台だったが、午後1時半に始まった2回戦からは1回戦で負けた棋士が代わる代わる舞台に上がり、解説をするのが「お約束」だ。今回も平成四天王やそのペアが壇上に上げられていた。
2回戦で最も短手数で終わったのが、藤沢女流四冠・関天元ペア(先番)と謝七段・本木八段ペアの一戦。穏やかな序盤戦だったが白が下辺の黒模様に突入し、戦いが始まる。「自分の打った手で突入した白を重くしてしまった」(謝)が、下辺の対応で黒に誤算があったらしく、「勝負形になった」と本木。上辺中央での攻防で、白が一方的に黒を攻め立てる展開に持ち込み、わずか156手で藤沢・関ペアを投了に追い込んだ。
トーナメントの中で最も激戦区と思われたゾーンを勝ち抜いたのは唯一、現役タイトルホルダーのいないペア。「『まさかの勝利』というわけでもない」という謝の言葉は、女流トッププレーヤーとしてのプライドを示すものだろう。本木は「素直にうれしい」と語っていた。
牛四段・大西七段ペアと星合三段・許十段ペアの一戦も187手と比較的短い手数で終わった。
先番は牛・大西ペア。「序盤から流れは悪くなかった」(牛)が、どちらも地の多い碁で、30秒の秒読みでは「計算ができていなかった」と牛。形勢がいいにも関わらず、頑張りすぎてしまったという。しかし、「大西七段が『こうやれば勝ち』」という手を打ってくれた」(牛)ために無事に収束し、中押し勝ち。大西の方は「牛さんが踏み込んでくれたのでわかりやすい勝ちにつながった」と話していた。
桑原六段・井山四冠ペア(先番)と奥田四段・佐田七段ペアの一戦は、早い段階で決定的な差がついてしまったようだ。
王三段・羽根九段ペアとの一戦を「ほぼ完勝」(井山)の形で制した桑原・井山ペアは、奥田・佐田ペアとの一戦でも序盤は息の合った打ち回しを見せていたが、中盤戦で右上の黒を封鎖されてしまったのが痛く、その後粘ったものの、地合いで大差がつき、218手で投了した。棋聖戦の疲れを隠し切れない井山とは対照的に、「井山先生のきれいな手つきに見とれながら、2局も教えてもらえて本当に幸せでした」と語る桑原六段の爽やかな笑顔が印象的だった。
小西八段・芝野九段ペアと加藤二段・河野九段ペアの一戦は、序盤、黒番の小西・芝野ペアが意欲的な打ち回しを見せたが、上辺と下辺の競り合いでポイントをあげた加藤・河野ペアが地合いでリード。終盤に入っても右辺の黒地を荒らして差を広げ、白の快勝譜となった。河野によると「1回戦の鈴木・張ペアとの一戦で大ピンチをしのいでから、ペアとしてペースをつかんだように思う。2回戦は、その勢いのまま勝つことができた」と話している。
この結果、準決勝に進出する4組の中に、男女の現役のタイトルホルダーが誰もいなくなった。「女流棋士が皆、力をつけている上、若い男性棋士も早くから活躍するようになっている。全体的に力の差がなくなっているため、特にペア戦ではどのペアが勝つか予想がつかない」というのが石田九段の分析だ。
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ペア碁ワールドカップの最終日3月21日のメーンイベントは、プロ棋士ペア碁選手権2022の準決勝及び決勝戦。午前9時半から大盤解説会場で前日の対局結果の紹介や、準決勝に進出した4組のペアの紹介、決意表明などが行われた後、午前10時に準決勝2局が始まった。
謝七段・本木八段ペア(黒)と加藤二段・河野九段ペアの一戦は、黒の実利に白の厚みという出だし。左辺に黒が打ち込んだ後の攻防で「やらかしてしまった」と謝。1線に下がった手がおかしかったようで、中央の攻防で黒が受けに回る展開に。しかし、難しい折衝の中で黒が先手で白5子を抜いたのが大きく、はっきり黒が優勢になる。「自分が一本、切りを入れたタイミングが変で、負けにしてしまった」と大盤解説会の河野。石田九段が指摘していた通りの内容で、河野は盛んに「加藤さんに申し訳ない」を連発していた。最後は右辺の白がとん死して加藤・河野ペアの投了となった。
もう一方の牛四段・大西七段ペア(先番)と奥田四段・佐田七段ペアの一戦は、序中盤、奥田と佐田が息の合った打ち回しで局面をリードする。天才肌ともいわれる大西の独特の感性が本局ではマイナスに働いたようで、大盤解説会でも「牛四段はひたすら正しい手を打っている。黒が負けたら大西七段のせい」という話で石田九段が観客の笑いをとっていたほど。「白の名局」(石田)ともいえる進行に黄信号がともったのが、左上隅で発生したコウ。佐田が「自ら仕掛けたコウでコウ材が足りなくなる緊急事態」に陥ったが、奥田が冷静に対処して無事に収束。そのまま逃げ切った。
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この結果、決勝戦は謝依旻七段・本木克弥八段ペアと、奥田あや四段・佐田篤史七段ペアの対戦に。握って奥田・佐田ペアの先番に決まる。「(1回戦からずっと白番で勝ち続けてきた)奥田・佐田ペアが、始まる前に『今度も白番だったら優勝』という話をしていた」ことを聞き手の吉原由香里六段が明かしていたが、奥田四段によると「黒番の時にはこう打とうという話もしていた」そうで、その辺りは経験豊富な奥田に抜かりはない。
<決勝戦 第1譜>
右上黒19のマゲから黒21と5線を押し、右辺黒23とトンで右辺に模様を張るのが奥田・佐田ペアの作戦で、大一番での大胆さに大盤解説の石田九段や、ネット解説の金秀俊九段も驚く。白44の様子見に黒45と反発して局面が動き出すが、白46から流れるような手順で白60まで地を持って治まり、謝・本木ペアがポイントをあげたようだ。奥田・佐田ペアは黒61と下辺に打ち込み、白を分断して攻め立てるが、地合いで先行する謝・本木ペアは白80、82とアマシ作戦を徹底する。
<決勝戦 第2譜>
黒83から85と左下の白に寄り付いたとき、白86と下辺を補強した手が堅すぎたらしく、流れが変わる。局後、謝も後悔していた。黒87、89が好形で、左下の白が一方的に攻められる展開になる。
白102と中央にノビ切って左下の白の大石のシノギがどうなるか。「シノげば地合いで勝る白が優位」(石田九段)という状況の中で、黒113からの攻防が本局の最大のヤマ場だ。黒119と左下のコウを解消したときに白120と中央をつながって無事に収束するかに見えたが、本木の打った白124のノビが問題だった。「一路下の125にハネておけば確実に連絡できたが、形勢をやや悲観していて頑張る打ち方をしてしまった」と局後の本木。白126とつながったときに黒127のワリコミが厳しく、逆転の必殺パンチとなった。
黒127を打ったとき、「1回戦から4局打って、初めて『オレについてこい』という気持ちになった」と大盤解説会場でユーモラスに振り返った佐田。この手は読んでいなかったという奥田の方も「普段はあまり頼りにならないけど、このときばかりは(佐田の)読みを信じてついていこうと思いました」と笑顔でやり返す。トークも絶妙のコンビネーションだ。
<決勝戦 第3譜>
平田智也七段によれば佐田の棋風は「超冷静」。「自分から仕掛けるときは、よほど自信のある時だけ」という言葉の通り、黒127には読みが入っていた。白132で135と出られないのは黒146のワリコミが残っているためで、黒147以降、下辺のせめぎ合いでも白に隙を与えず。結局、左下からの大石を取って勝負あり。黒177を見て、謝・本木ペアが無念の投了となった。
終局後のインタビューで奥田四段は「優勝できるとは夢にも思っていなかったので、すごくうれしい。(2年前は村川九段とのペアで優勝しており)関西棋院とは相性がいいのかも。(佐田七段は)とても打ちやすかった」と喜びを語った。
一方の佐田七段は「改めてトーナメント表を見ると(すごいメンバーばかりで)自分たちが優勝できたのは不思議なくらい。初出場だったが、奥田四段のおかげでプレッシャーを感じずに打つことができ、そしたら結果がついてきた」と振り返った。
敗れた謝七段は「最後は残念な結果にはなったが、4局とも自分一人で打つ碁より内容が良かった。できれば来年も本木さんと組めるよう神様にお祈りしたい」と語り、一方の本木八段は「昨年末から(一人では)ほとんど勝てていないが、今回は3連勝できた。謝さんには感謝の言葉しかない」と締めくくっていた。
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決勝戦と同時刻に行われた3位決定戦は加藤二段・河野九段ペアが牛四段・大西七段ペアに白番中押し勝ち。黒の意欲的な布石でスタートしたが、右下の攻防で黒に失着があり、半分、もぎ取られる結果に。その後、黒も懸命に追い上げるが、白が最強に応じて逃げ切った。
勝って3位となった加藤二段は「河野九段とペアを組みことが決まってから練習対局などでご一緒し、とても勉強になった。4局打ててとても楽しかった」と語り、河野九段も「3局目で負けたのは残念だったが、それでも4局も打てて幸せな2日間だった。来年もペア戦に出られるように頑張りたい」と話した。
また、敗れた牛四段は「普段打つ勇気のない手を打てたのは収穫で、この経験を自分の対局にも生かしていきたい」と笑顔で語り、大西七段は「4局ともいい碁ばかりだった。来年もできれば牛さんと組みたい」と話していた。
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対局終了後、大盤解説会場では表彰式が行われ、日本ペア碁協会の滝裕子筆頭副理事長や東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会会長の橋本聖子参議院議員の挨拶の後、1位から4位までのペアに、松浦晃一郎大会会長らから表彰状などが贈られた。
そのあとコシノジュンコ氏の選定によるベストドレッサー賞の発表があり、「ニューフォーマルアワード」に、仲邑菫二段・村川大介九段ペアと、謝依旻七段・本木克弥八段ペアの2組が選ばれた。
このうち準優勝の謝・本木ペアは「ペア碁の練習はしなかったが、衣装の打ち合わせはした。(二人の服の)ブランドは違うがネクタイなど色合いはピッタリで、自分たちでも驚いている」と話していた。