併催大会の一つ、世界の強豪13ペアが出場した「国際ペア碁オンライントーナメント」は、3月19日、20日に行われた。日本代表の2ペアは、大会会場「セルリアンタワー東急ホテル」で対局に臨み、全対局の審判長をマイケル・レドモンド九段、審判を大橋拓文七段とアンティ・トルマネン初段が務めた。
「ペア碁親善ドリームマッチ」は、対局者のペアが並んで(本物の)碁盤の前に座り着手する方式で行われていた。その着手をスタッフがパソコンに打ち込み、同様に対戦相手が打った手もパソコンに打ち込まれる。それをスタッフが(本物の)碁盤に着手して対局者に知らせ打ち進める、という流れだ。対戦相手のペアの映像がリアルタイムで映し出され、さながら対面で対局している感覚にもなれる演出だった。
だが、こちらの大会のオンライン対局は、対局者4名が個別に送られたアドレスにログインし、それぞれがパソコンに向き合い、画面の中の碁盤に打ち進めていく方式がとられた。ニギリは自動で行われ、手番もコンピューターが自動で決定してくれる。自分の手番ではないときにクリックしても反応しないので、「誤順(手番を間違えること)が起こらない点は、この方式の利点だね」とスタッフ。ただ、自宅などで打っている海外選手も多く、回線が切れるといった不具合が起こる心配もぬぐえない。それでも、コロナ禍のなか、なんとか大会を実現させようという主催者スタッフと出場選手は、事前のテストもしっかり行ったそうだ。
1回戦は、19日の日本時間20時から、5局が打たれた。
日本からは、藤原彰子・津田裕生ペア(2019年開催の「第30回国際アマチュア・ペア碁選手権大会」の準優勝ペア)と岩井温子・趙錫彬ペア(2020年開催の「第31回国際アマチュア・ペア碁選手権大会」の優勝ペア)が出場した。
いったいどんな風に始まるのだろう、対局開始コールがあるのかしら、などと思いながら対局室で見守っていると、20時ちょうどに選手それぞれのパソコン画面に碁盤が現れ、対局時計が刻まれ始めた模様。それを合図に対局がスタートした。持ち時間は20分。使い切ると1手30秒の秒読みだ。
審判の棋士たちは審判室で観戦。盤面の他に、不正のないよう、選手を映した画像もZoomで送られてきていた。選手それぞれが、自分の手元が映るようにカメラをセットすることも事前のテストで確認済みだ。
日本ペアは対局室に並んで座っていたが、藤原・津田ペアの対戦相手、北米代表のソウ ワン・エリック ハオ・チュン ルイ二段ペアは、全く別の場所で打っている。「同じ国といってもアメリカは広いからね。同じ場所に簡単には移動できない」とレドモンド九段。なるほど、ソウさんが住んでいるサンフランシスコは朝の4時で窓の外はまだ暗い。一方、エリックさんの住む東海岸は朝7時で、窓の外はもう明るくなっていた。
「ソウ ワンも大会で見たことがある。エリックのことはよく知っている」というマイケル・レドモンド九段に少し紹介していただくと、「僕の母親が始めた『レドモンド杯』は今はアメリカ囲碁協会が引き取ってくれているのだけど、12歳までの大会と18歳までの大会がある。彼は子供の頃から強くて、レドモンド杯でも5連覇か6連覇していた。その後、プロになったけれど、今は会社に入ったと思う」とのこと。アメリカでは、プロになっても生活していくのはなかなか大変だという。そして、中盤に差し掛かった実戦の進行は……「上辺の白の形が崩れている。黒のほうが強そう」との評。黒は藤原・津田ペアだ。
藤原・津田ペアは、「ペア碁を二人で打つのは2年ぶり」だという。第31回大会以来ということになる。ただ、二人は共に院生時代を過ごし、早稲田大学の囲碁部でも一緒だった。初めてペアを組んだ2019年の第30回大会の時も「子供のころから知っていて、お互いの棋風も熟知していますので」と準優勝の好成績を残した。今回も2年のブランクはものともせず、息の合った打ち回しで、北米ペアに黒番4目半勝ちを収めた。
「打ちやすいと思ったのですが、途中から…すみません!」と局後の藤原さん。津田さんは笑顔で「一瞬あやしかったです」と振り返った。二人ともまずは初戦に勝ち、ホッとした様子を見せていた。
もう一組の日本代表、岩井・趙ペアは、第31回大会で「パンダネット代表」として初めてペアを組んで優勝して以来、交流が始まったという。「僕が教えている子供たちと毎年1回、合宿をしているのですが、そこに温子ちゃんもきてくれたり」と趙さん。「強い子供たちと実戦を積めて、棋力が少しあがったかも」と岩井さん。ペア碁も、ネットと対面とで「この大会前に3局くらい練習をしました」と話す。対局前、趙さんは「作戦は序盤の数手だけ。その後はなるように」と自信たっぷりな様子だったが、実は、「相手ペアは強いので、負けるかもしれないとも思っていた」と明かす。「でも、1回戦負けは寂しいので、なんとしても1回戦は勝ちたいという気持ちが強かった」そうだ。
対戦相手の中華台北代表、林曉彤・佟鈺麒ペアは、2019年の第30回大会時に併催された「第6回世界学生ペア碁選手権大会」で準優勝した強豪。決勝戦も優勝した中国ペアとどちらが勝ってもおかしくない大熱戦を繰り広げていた。さて、この碁は、いくつか小さな「事件」が起きたようだが、審判団は、中盤までを「いい勝負」と評し、ヨセに入ったあたりでは「半目勝負だね」と熱戦を見守っていた。
終局するや、岩井さんの安堵のため息と、趙さんの明るい笑い声が聞こえてきた。「いろいろミスをしてしまって。趙さんをドキドキさせたと思います。趙さんの心臓に悪い碁でした」と岩井さん。趙さんは、これに「いろいろ楽しいことがあった」と笑い声で応えた後、「でも最後のヨセのところは、ちゃんと打ってくれて、半目勝負だったのが差が開いた」とペアを讃えていた。結果は日本代表ペアの3目半勝ちだった。
中国代表の宋怡雯・魏笑林ペアは、上記の「第6回世界学生ペア碁選手権大会」で優勝した時、「ペアととても相性がよかった」「信頼し、安心して打てた」と満面の笑みでペアを讃え合っていた様子が印象に残っている。
対戦相手はアフリカ代表のヤ ジョウ・ビクター グアン チャウペア。ご夫婦だという。「ビクター グアン チャウは、ネット碁の伝説的存在」と語るのは、大橋拓文七段と通訳の野口基樹さん。「大高目」を得意とする強豪で、「あいつは誰なんだ」とあちらこちらで噂されたという。「ローズデューク」——日本語にすると「バラ公爵」というハンドルネームにもインパクトがあったのかもしれない。世界中に潜んでいるだろう強豪たちが、ローズデュークのように次々とネット碁に登場してきたら楽しかろうと想像を掻き立てられる。
さて、対局は、ペア碁の技術と経験値で中国ペアが上回ったようだ。魏さんが「最初から最後まで順調でした」と勝利を振り返っていた。
スタッフを奔走させる事件が起きたのは、タイ代表のナタニッチ チャンチャロウォン・ウィチリッチ カルエハワニットペアとラテンアメリカ代表のレナーテ ライゼンガー・エミル ガルシアペアの一戦。レナーテさんはチリの選手だが、現在はドイツ在住だそうだ。「彼女は、教えたことがある」とアンティ・トルマネン初段が笑顔で見守っていた。時差は約8時間なのでお昼頃。一方、エミルさんはメキシコの選手。朝の5時頃なので外は真っ暗だった。もしかすると一睡もせずに対局開始を待っていたのかもしれない。タイ代表ペアが優勢という状況の中、突然、エミルさんの回線が切れてしまった。タイ代表ペアとレナーテさんの「どうしたらいいでしょう?」という困惑した目が一斉にカメラを見つめた。コンピューター画面はラテンアメリカ代表の「時間切れ」を表示していたが、回線がつながらなくなって時間が切れてしまったのかもしれない。スタッフは、どういう経緯で回線が切れたのかを調べ始め、「今こういう状態なので少し待つように」と審判のトルマネン初段と通訳の野口さんが交互に状況説明する時間がしばらく続いた。だが、結局、エミルさんと連絡が取れず、ラテンアメリカ代表の「時間切れ」という判定となった。レナーテさんは「残念だけど、仕方ないわ」と納得した様子で、「たぶん、彼は『時間切れ』の表示を見て、自分で回線を切ったんじゃないかと思う。もう寝てしまったのかも」と想像していた。翌日、レナーテさんの想像が当たっていたことが判明した。
1回戦のもう一局は、優勝候補の韓国代表、リ ルビ・許榮珞二段ペアとオセアニア代表のエイミー ソング・カイ クン シェペアの一戦が組まれた。エイミーさんはオーストラリアの選手。ニュージーランドのカイさんは、今はイスラエルに住んでいるという。実力からいえば、韓国ペアが強いのだが、勝負は何が起こるかわからない。この対局は、中盤まで黒番のオセアニア代表ペアが大優勢を築いていた。レドモンド九段が「韓国ペアが黒」と勘違いしながら観戦していたほどだ。だが、「第30回国際アマチュア・ペア碁選手権大会」の優勝ペアは、やはり強かった。終盤に地力を発揮し、じわじわと追い上げてヨセで逆転勝利を収めていた。
19日に行われた1回戦の結果、勝利した5ペアは以下のとおりだ。
日本代表の藤原彰子・津田裕生ペア。
日本代表の岩井温子・趙錫彬ペア。
中国代表の宋怡雯・魏笑林ペア。
韓国代表のリ ルビ・許榮珞二段ペア。
そして、タイ代表のナタニッチ チャンチャロウォン・ウィチリッチ カルエハワニットペア。
この5ペアに1回戦シードの3ペアが加わり、20日、日本時間の10時30分、ベスト4をかけた2回戦が行われた。
今回、コロナ禍という大きな課題に加えて、ロシア選手の参加についても多くの時間を費やして話し合いがなされたという。ナタリア コヴァレヴァ選手は、欧州の女性の大会で何度も優勝したことがある強豪。過去の「ワールドカップ」や「国際アマチュア・ペア碁選手権大会」にも参戦し、何度も来日している。前回のワールドカップでは「局後に一力遼さんに検討してもらったのがとてもよかった。彼は英語がペラペラだからわかりやすかった」と笑顔で話してくれた。明るい人柄で、ロシアでの囲碁普及や青少年の育成にも力を注いでいる選手だ。今回は、ロシアの国旗をおろし、中立の旗の元、欧州代表として参加した。ペアを組んだのは、ポーランドのマテウシュ スルマ二段。フランス在住で欧州の囲碁事情に詳しい通訳の野口基樹さんによると、現在「ヨーロッパシステム」でのプロが8人いる中で、マテウシュさんは三番目にプロになったそうだ。「彼は詰碁の本を何千冊も所蔵しています。見た目は修行僧のようなのですが、囲碁でビジネスを立ち上げている頼もしい存在」で、その取り組みはなかなかユニークらしい。例えば、ご自身が出版した10級用の詰碁集と題された本の中身は超難解。「囲碁を何も知らなくても、この中の1問でも解ければあなたは10級です」という宣伝文句なのだという。審判のアンティ・トルマネン初段は、「本の中の『失題』(問題自体に誤りがあること)を見つけたら1問につき50ユーロ、という彼が企画したイベントに仲間と一緒に参加して6問くらい見つけたことがある」と笑う。
さて、この欧州代表ペア、対局中の様子はいかにも苦しそうだった。強豪の中国代表ペアを相手に、ナタリアさんは何度も首を横に振っていた。結果は中国ペアの勝利。魏笑林さんは、今回もまた「順調でした」と完勝を振り返っていた。
もう一組の欧州代表は、マーニャ マルツ・アンドリー クラヴェッツ初段ペア。マーニャさんも欧州の女性の大会で優勝経験がある強豪。指導や大会審判などで何度も渡欧している審判の大橋拓文七段と通訳の野口さんは「スーパーウーマン」「会うとエネルギーがすごい」と声を揃える。ヨーロッパでの碁コングレスの会場が、トルコからドイツに変更になった際、「普段の半分の準備期間で大会を成功させたのはマーニャの手腕」と大橋七段。コンピューターサイエンスとバイオインフォマティクスという二つの専門分野を持つドイツのイェナー大学の准教授でありながら、囲碁学校を主催し、三人の子供の母親で、「大会の決勝で負けた時に、こんなんじゃダメだわとプロ棋士のように悔しがり、急にギターを手に歌い出すのだけど、歌もプロ並みに上手」とピアノがプロ並みに上手な大橋七段は感嘆しきり。そして、「彼女がやっている囲碁の学校で教えているのが、ペアのクラヴェッツです」と野口さん。アンドリー クラヴェッツ初段はウクライナの選手だが、ドイツ在住のため今回大会への参加には支障がなかったという。
対するは、タイ代表ペア。2019年の「第30回国際アマチュア・ペア碁選手権大会」時に併催された「第6回世界学生ペア碁選手権大会」では4位に入賞している。この対局でも息の合った打ち回しで着実にポイントをあげていき、優勢を築いていた。欧州ペアにとっては深夜3時という時間が苦戦の一因だったかもしれない。だが、マーニャ・クラヴェッツペアは粘り続けていた。
そして、欧州ペアが必死の粘りを続ける中、タイ選手から「クリックしてもコンピューターが反応しません」という訴えが届いた。審判団は時間が切れていないことを確認し、いったん中断させて、スタッフが原因究明を試みた。結局、一度リセットし、現局面までを一手目から打ち直して、続けることになった。その後は問題なく、対局は欧州代表ペアの粘りが届かずタイ代表ペアが勝利した。
4局中、一番早くに終局を迎えたのは、北米代表のキャシー リー初段・ヘンリー ユー二段ペアと、日本代表の岩井・趙ペアの一戦だった。キャシーさんとヘンリーさんはカナダの選手で二人ともプロの段位を持っているが、中盤に差し掛かったころには黒番の日本代表ペアがやや打ちやすくなっていた。そして、難しい局面で北米代表ペアの時間切れという幕切れとなった。趙さんは「白は右上が弱くなってしまい、下辺が全部白地にまとまっても黒が勝てそう」と振り返った。AIの評価値は黒優勢を示してはいたものの70%台だったことを知らされると、趙さんは、明るい声で「え? 90%台かと思ってた」。少し楽観的なところも趙さんの強さの源なのかもしれない。
日本代表の藤原・津田ペアは、韓国代表のリ ルビ・許榮珞二段ペアと激突した。両ペアは、「第30回国際アマチュア・ペア碁選手権大会」の決勝戦で対戦しており、藤原・津田ペアにとっては雪辱戦となる。
韓国ペアがどのくらい強いかというと、許二段は、本大会代表に選出された後にプロ入りし、最近では国内の棋戦「最高棋士決定戦」で9名しか入れない本戦に勝ち上がるなど、プロとしても大活躍している。リさんも、国内のアマチュアも参加できるプロの棋戦「女子棋聖戦」でベスト4になったことがあるというから、アマチュアでは別格の強さだと言えるだろう。
ただ、1回戦はオセアニア代表ペアに苦戦していた。対局前の対局室では、「あの碁を見る限り、今回韓国ペアは息が合ってないのかもしれない」と、趙錫彬さんが変わったエールを贈り、津田さんが「それは(自分たちも同じなので)お互いさま」と応えて和んだ一コマもあった。
黒番は韓国代表ペア。前日黒番だった藤原・津田ペアと同じ布石でスタートし、対局は形勢互角のまま進んでいった。ただ、日本ペアの一手の緩着から「一気に悪くなった」と大橋七段が惜しむ。レドモンド九段も「黒は立体的、白はぺちゃんこになってしまったね。その後は黒がずっといい気分で打っていると思う」。結果は韓国代表ペアの黒番7目半勝ちとなったが、「2年前に負けた時より、内容的にはよかった」と藤原・津田ペア。局後の津田さんは「黒模様を消すチャンスはあった」と振り返り、「いい勝負はできていた」と手応えを感じたようだった。藤原さんも「手も足も出ないという感じではないので、強い韓国のペアにいつかは勝ちたい」と話していた。検討時は、2カ所の局地戦が並行して進んでいたシーンを、「津田がここに手をつけたから、任せた」という藤原さんに、「正直どう打っていいかわからなくて、僕も任せたんだけど」と笑い合う場面も。二人は、その後も大橋七段と共に長い時間検討を続けていた。
2回戦の結果、日本代表の岩井温子・趙錫彬ペア、中国代表の宋怡雯・魏笑林ペア、韓国代表のリ ルビ・許榮珞二段ペア、タイ代表のナタニッチ チャンチャロウォン・ウィチリッチ カルエハワニットペアの4ペアが準決勝に勝ち上がった。
準決勝は、日本時間の13時30分から行われた。日本代表ペアVS中国代表ペア、韓国代表ペアVSタイ代表ペアという組み合わせだ。
タイ代表のナタニッチ チャンチャロウォン・ウィチリッチ カルエハワニットペアが「第6回世界学生ペア碁選手権大会」で4位入賞したことは先に触れたが、この時の1位から3位は、中国、中華台北、韓国ペアで、5位韓国、6位日本、7位中国ペアが続いた。つまり、プロ制度のある強豪国の選手たちと肩を並べる強さだということだ。なぜ、タイの選手がここまで強くなったのかというと、「タイのセブンイレブンの会長さんが大の囲碁好きで、スポンサーになって囲碁の強い青少年を育て続けている」と世界の囲碁事情に詳しい審判の皆さんが教えてくれた。成績のよい学生は就職が優遇されるということもあり、囲碁を始める若者が激増し、裾野が広がったのだという。お二人に、どんな囲碁の勉強をして強くなったのかを伺うと、ウィチリッチさんは「僕は詰碁を解くのが好きなので、毎日やっています」、ナタニッチさんは「私は実際に打ちながら、特に大会で打って強くなったと思います」とのことだった。
ただ、準決勝は相手が強すぎたようだ。決勝に駒を進めたのは韓国代表ペアだった。ウィチリッチさんは「欧州代表ペアに勝った時点では、韓国ペアにも勝つつもりですごく頑張ったのですが、結果的には非常に大変で、チャンスもなかなかないゲームでした」と完敗を振り返っていた。
もう一局の準決勝は、中国代表ペアが9目半勝ちを収め、残念ながら、日本代表ペアの決勝進出はならなかった。「難しくするチャンスはあったけれど、よくなるかどうかは……完敗に近かった。ヨセは自分にミスが多かった」と趙さん。岩井さんは「弱いなりに、普段どおりに打てたのですが…戦わない棋風が裏目に出てしまいました」と振り返った。白に弱い石があったので、楽をさせないように裂いて打っていけば、趙さんの言うように「難しく」なっていたという。趙さんは、中国代表ペアの「ペア碁ならではの技」にも驚かされたそうだ。それはどんな技かというと、局面が落ち着くと、男性のほうが、意味のないところを切ったりして、手のない所に手をつけてくるのだという。「何をしているのかな? コウザイ作り? 温子ちゃんを試してるの? とその時は思った」と趙さん。元々手はないので、何事もないのだが、その場所に絶対の利き(必ず相手が受ける手)を作るのが相手ペアの目的だった。「難しい局面になると、女性が、その用意していた『絶対の利き』に打ってくるので、なるほどと思った」と感心しきりだった。ペア碁では、「手を回す」、「順番を回す」と言われるように、難しい場所やピンチの場所をペアに打ってもらうために、自分は別の場所に打つことがある。「この順番を回す手が、悪い手になることが案外多いから、その手を用意しておいた」と趙さんは中国ペアの技術の高度ぶりを解説してくれた。ともあれ、「相手が強かった。男性は自分より強く、女性もミスがなかった」と爽やかに完敗宣言をしていた。
中国代表ペアは、宋怡雯さんが「ヨセでだいぶ得をしたと思います。それが大きかった」、魏笑林さんは「前半に時間を使わないように気をつけました。時間の使い方がうまくいったと思います」と、それぞれ勝因を話していた。
いよいよ迎えた決勝戦と3位決定戦は、少し時間をおき、日本時間の20時にスタートした。
3位決定戦は、日本代表の岩井温子・趙錫彬ペア対タイ代表のナタニッチ チャンチャロウォン・ウィチリッチ カルエハワニットペア。レドモンド九段や大橋七段は「序盤は拮抗していた」と評したが、ウィチリッチさんは「はじめに新しい定石を打ったがそれがうまくいかなかった」と感じ、「そのあとは、一方的な流れになってしまいました」と振り返る。岩井さん、趙さんによると、相手の「順番を回す手」に疑問な手が続き、次第に流れが黒番の日本ペアに向いてきたとのこと。趙さんは「相手に頼りすぎず、やはり自分で打つことが大事だから」と話した。最後は相手の弱い石が二つでき、タイ代表ペアが投了を告げた。ナタニッチさんも「難しい、大変なゲームでした」と振り返った。
対局を終えたウィチリッチさんは「韓国ペアとの準決勝もこの碁も残念でしたが、ベスト4という結果には満足しています。最善を尽くせたと思います」と笑顔。また大会を振り返り、「当初は世界のトップと打てると聞いており楽しみにしていました。コロナ禍で変わってしまって残念でしたが、実際にこうして開かれて、記憶に残る大会になりました」と話してくれた。ナタニッチさんも「私は、もちろん対面式のほうが好きですが、こういう状況なのでリモートは仕方ありませんし、この大会をとても楽しみました」とやはり笑顔だった。
見事3位となった趙さんは「中国に負けたのは残念ですが、1回戦の中華台北ペアも強かったですし、2回戦の北米代表のカナダの二人もプロでしたので、結果にはかなり満足しています」、岩井さんも「中国ペアは本当に強かったです。一局目で負けてしまいそうだったので、4局打てて、私も満足です」と充実した表情だった。また、最初は違和感のあったネットでのペア碁対局も「だんだん慣れて、4局目にはすっかり慣れました」と声を揃えていた。
決勝戦は、中国代表の宋怡雯・魏笑林ペアと韓国代表のリ ルビ・許榮珞二段ペアとの一戦となった。序盤は拮抗した決勝戦ならではの好勝負に見えたが、審判団からは「韓国ペアは決勝戦で一段階ギアを上げてきたのではないか」の声が聞こえてくる。リさんと許さんは「お互いに忙しくて、ペア碁の練習は一度もできなかった」と話していたが、この大会で、局数をこなすうちにだんだんと二人の呼吸が合ってきたのかもしれない。局面は優勢を築いた韓国ペアが盤石に寄り切って勝利を収めた。
敗れた宋さんは「相手が後半からよくなってきたように思います」、魏さんは「相手ペアが一枚上手で、ずっと少しよくなかったなと感じています」と振り返ったが、準優勝という結果には「とてもうれしい。ペアの相性がよく、うまく打てたと思います」と宋さん。魏さんも「この大会のために何局か練習をしたのですが、本番のほうが相性よくいい碁が打て、僕自身は大変満足しています」と語った。また、宋さんは「このコロナ禍の中、大会を開いてくださり、すばらしい機会をいただけうれしいです。私にとっては、対面式もオンラインも大きな差はありません」と感謝の言葉を続けた。魏さんは「ネット対局自体は普段打っていますので、問題はありませんでしたが、せっかくのペア碁でしたので、棋院などで一緒に打ちたかったなという思いはありました」と、少しだけ寂しそうだった。
優勝した韓国代表ペアからは、穏やかな笑顔から、自信にあふれたコメントが聞かれた。「決勝戦は、序盤から相手ペアのチャンスはほぼなかったと思います」と許榮珞二段。ただ、やはり一回戦は危なかったようだ。「序盤からまずくしてしまいました。なんとか逆転できた一局目が一番印象に残っています。その碁に比べたら、あとは順調でした」。優勝できたことについては、「全然二人で練習ができなかったのですが、お互い、囲碁の勉強は一生懸命やっていますので、よい結果が出たのだと思います」と振り返った。そして、「ペア碁は普通の対局より楽しいのですが、ネット対局はちょっと楽しくなくて残念でした。来年からは、日本に直接行って打ちたいと思います」と、対面式の大会を懐かしむ言葉も聞かれた。ただ、許さんはプロになったため、このアマチュア大会には今後は出場できない。「プロの大会にぜひ出場してください」と声をかけると、「大変だあ」という含みを大いに持たせながら、「ありがとうございます」と笑い、最後にもう一度日本語で「ありがとう」と応えてくれた。
リ ルビさんは「このコロナ禍の中、意義の大きな大会を開いていただいて誠にありがとうございます。この大会で優勝できて、本当にうれしいです。ありがとうございました」と感謝の言葉と喜びを語っていた。