第34回 国際アマチュア・ペア碁選手権大会 及びその他アマチュア大会レポート

8月8日から10日にかけて、大阪・関西万博を舞台に、夢のようなペア碁の祭典、「ペア碁ワールドフェスティバル2025」が開催された。1990年に日本で生まれた「ペア碁」は、35年の時を経て、現在、世界78カ国・地域で親しまれている。今年は、「プロ棋士ペア碁選手権2025」(第31回)も初めて同時開催され、一力遼棋聖、井山裕太王座、芝野虎丸十段、藤沢里菜女流本因坊、上野愛咲美女流名人、上野梨紗女流棋聖らトップ棋士16名が一堂に会する贅沢な環境の中、アマチュア大会は、世界からも35カ国・地域の選手が集まり、6つの大会が併催された。盛りだくさんに企画されたイベントと共に、選手たちの3日間をお伝えしていこう。
会場は、大阪・関西万博会場内のEXPOメッセ「WASSE」。西ゲートに近くに位置し、会場の入口からは「大屋根リング」越しに「イタリア館」、「シンガポール館」、「ブルガリア館」が垣間見える。「WASSE」(ワッセ)とは、お祭りの賑やかな掛け声「わっしょい」と、「World」のイメージを重ね合わせた造語だそうだ。最大3000人を収容できる広大なスペースに一歩足を踏み入れると、約150名の海外選手、それを上回る全国から集った日本選手を待ちわびるように、碁盤がずらりと並んで圧巻だ。
さらに、会場では、里中満智子氏、ちばてつや氏、大友克洋氏をはじめとする大御所、若手の漫画家たちによる「ペア碁漫画展」、今大会までに海外から出場した海外選手の民族衣裳を映像で紹介していく「ペア碁民族衣裳展」が併催されおり、「囲碁入門教室」、「プロ棋士指導碁」、「上野愛咲美・上野梨紗 写真展」、「公文囲碁×認知機能低下抑制効果の研究紹介」のブースも並んでいる。囲碁ファンはもちろん、囲碁を知らない方にも興味を持っていただこうという趣向が満載に詰まっていた。


8日(金)の15時15分に、メインステージにて開会式がスタートした。今大会は、通訳にAIも活用。同時通訳が前方のスクリーンに映し出され、式進行もスムーズだ。
司会の方が「今回、ここ大阪・関西万博の会場で開催されるペア碁の祭典『ペア碁ワールドフェスティバル』を通じて、日本が育て世界各地に普及させてきました囲碁と、日本で生まれたペア碁を、世界に向けて力強く発進する機会にしてまいりたいと考えております」と力強い言葉で開会宣言し、今大会実現のためにご協力、ご支援いただいたご協賛・ご協力各社、ご来賓各氏と役員の皆さんが紹介された。
続いて、主催者を代表して滝裕子、ご来賓の橋本聖子氏、海外からのご来賓、常昊氏がマイクの前に立たれた。各氏のごあいさつを、抜粋してご紹介しよう。

滝裕子のごあいさつ
(大会実行委員長 / 公益財団法人 日本ペア碁協会 筆頭副理事長 / 世界ペア碁協会 副会長 / 一般社団法人 全日本囲碁連合 会長)
このような華やかな素晴らしい場所で、ペア碁の大会をできるということは夢にもみたことがございませんでした。この機会を与えてくださいましたスポンサーの皆様、お世話になった皆様、本当にありがとうございます。ぜひこの大会を成功裏におさめ、ペア碁の歴史に残る大会にしていきたいと思います。
アマチュアのペア碁大会は今年で35周年になります。どのような記念行事をしようかと考えあぐんでおりましたが、神様が与えてくださったこの場所、記念に残る大会でございます。1990年頃は、囲碁人口が減少しまして、女性が少なくて、どうしようかといろいろ考えていたときでございますが、心から囲碁を愛している滝久雄が、女性を引き込み、家庭でもでき、年齢を問わず、楽しく華やかでコミュニケーション能力を持った交流の場ともなるような囲碁を作りたいと草案しました。それが今日に至りまして、78カ国・地域の皆さんが、世界ペア碁協会の加盟国・地域になっていただいております。
今回の大会、フェスティバルには、35カ国・地域から72のペア、144名の方たちが参加してくださっています。今回は、31回目になりましたプロ棋士選手権をこの場でいたします。アマチュアの皆さんも、トッププロがどのように戦われるのかというのをご覧いただけたら嬉しいです。この万博での3日間は、30年あまりの間、一年間通して続けてきたものを、3日で、凝縮して披露して、皆さんに楽しんでいただこうという目論見でございます。それが成功して、皆さんの記憶に残ってくださったらいいなと思います。会場には、ペア碁漫画展、民族衣裳展もご覧いただけます。それぞれの国の衣裳をまとって楽しく戦うというのも私たちの計画でございます。また、選手の皆さんが着ていらっしゃる素敵な衣裳を、コシノジュンコ先生が審査してベストドレッサー賞を審査して決めてくださいます。
松田杯第9回世界学生ペア碁選手権大会も16ペアの参加で行われます。また、第2回世界ペア碁公式ハンデ戦も行われます。15歳以下のU-15世界ジュニアペア碁選手権大会、大変な人気の荒木杯ハンデ戦には70ペア、関西ジュニアペア碁大会も59ペアが参加されて行います。このような山盛りのご馳走ですけれども、どれも楽しい面白い大会にしていきたいと思います。
それから、一つご報告させていただきます。2026年に愛知・名古屋でアジア競技大会が開催されます。これに、日本棋院・関西棋院・日本ペア碁協会でつくりました全日本囲碁連合から参加したいとお願いしていました。残念ながら、マインドスポーツは正式種目には至らなかったのですが、ペア碁がAichi-Nagoya2026公認文化プログラムの認証をいただき大会を開催できることになりました。これは大きな一歩だと思っております。もっともっとこういう実績を作りながら世界にアピールしていきたいと思います。
どうぞ、この三日間、ペア碁とはなんたるや、海外がどういうふうに楽しんでいらっしゃるのか、その真髄を見極めて、楽しんでいただきたいと思います。どうぞよろしくお願いいたします。

橋本聖子氏のごあいさつ
(公益財団法人 日本オリンピック委員会 会長 / 参議院議員)
皆様こんにちは。参議院議員の橋本聖子でございます。あわせまして、日本オリンピック委員会の会長という立場で、今日はこのペア碁の応援団の一人としてごあいさつの機会をいただきました。本当にありがとうございます。世界各国・地域から、ペア碁を愛して、そして素晴らしい大会にするためにお集まりをいただき、そして万博のこの会場でプロとアマが一堂に会して、大会を開催していただいたことを、心から深く御礼を申し上げたいと思います。世界の皆さんがこの万博の会場で一緒になって戦っていくことによって、また国と国、人と人との友情の絆が深まり、素晴らしい平和の祭典になるということ、私自身深く願っているところであります。
そして、来年行われます愛知・名古屋で行われますアジア大会・アジアパラ大会で、ペア碁が公認文化プログラムとして認定をいただいて、名古屋で開催をさせていただくということが決定いたしまして、大変うれしく思っているところであります。公認文化プログラムではありますけれど、しっかりと、アジアオリンピック評議会からメダルを出していただくようにも準備が整いましたので、来年は素晴らしい大会になることを、あわせて心から願っているところであります。結びになりますけれども、ペア碁がさらに世界の多くの方々が参加をしていただいて、素晴らしい友情の輪になり、平和の灯をともしていただく、そういう大会になりますことを心からご祈念申し上げまして、ご挨拶にかえさせていただきます。本日のご開催、誠におめでとうございます。

常昊氏のごあいさつ
(中国囲棋協会 主席 / 世界ペア碁協会 理事)
中国囲棋協会を代表して、この大会の開催に心よりお祝い申し上げますとともに、世界ペア碁協会および、ペア碁の繁栄にご尽力されているすべての皆様に心からの敬意を表したいと思います。囲碁には4300年以上の歴史があります。これほど長く存続してきた理由は、発展の過程で、継続的な革新と発展を遂げてきたからです。ペア碁もその一つです。革新的な囲碁の遊び方として、30年以上の発展を経て、世界各国・地域の囲碁大会において、非常に重要な競技形式となり、ますます多くの囲碁プレイヤーに支持され愛されています。
近年、中国でもペア碁は人気が高まり急成長を遂げており、毎年全国および地域の大会は増加し、参加者や組み合わせ形式も徐々に多様化しています。プロ棋士から囲碁愛好家まで、男女ペアだけではなく、親子ペアなど、柔軟で多様性があり、興味深く斬新な競技形式は、囲碁愛好家の熱意を刺激し、中国における囲碁の普及を大きく促進しました。
このペア碁ワールドフェスティバルは、世界文明復興の最高峰のプラットフォームである万博で開催されます。これは、囲碁の国際普及に新たな局面を切り拓くだけでなく、世界における囲碁の発展にも貢献します。異文化交流の素晴らしい舞台を築きます。異文化交流のすぐれた舞台を確立するために、中国囲棋協会は、今後も、世界ペア碁協会や各国の仲間たちとの協力を深め、マインドスポーツの発展に共同で貢献していくことを目指しています。最後に、ペア碁ワールドフェスティバルの大成功をお祈りいたします。
最後に、「プロ棋士ペア碁選手権」に参加の16名の棋士が登壇し、ペアと1回戦の組み合わせが紹介されて開会式が終了。その後は、全員がサブステージに移動し、華やかな記念写真が撮影された。

16時30分からは、毎年恒例の「ペア碁国際親善対局」がスタートした。
まず4名が自己紹介をしてから対局をはじめ、持ち時間はなし。民族衣裳に身を包んだ選手たちは気分も高揚するのだろう、あちこちから笑い声が響く。
まず、目を引いたのは、メキシコのジュヌエン ビタル ・ニコラス クシンスキペアの衣裳とメイクだ。どういうときに着る衣裳か尋ねると「先祖を敬うお祭りの日に着ます。このようなメイクもします」とビタルさん。クシンスキペアは「メキシコではとても大切なお祭りです」と、お二人とも陽気に教えてくれた。親善対局では、本来のペアと分かれ、4名の棋力のバランスを考慮して主催者が新たなペアと組み合わせを決めている。というわけで、お二人は分かれて席についたのだが、並んで座ったらかなりのインパクトだろう。
同じくメキシコのホルヘ エミリオ ヌニェス カンポス さんは、向井千瑛六段とペアが組まれた。「日本のアニメが大好き」と日本語で語り、手作りの折り畳み式19路盤を取り出した。広げると裏面にはサインがビッシリ。「とてもうれしい」と、さっそく向井六段にサインを求めていた。
糸井庚代子さんは、中華台北の海峰棋院院長の林敏浩さんとペアを組み、話がはずまれていた。「父(林海峰名誉天元)の姉弟子だと伺って」と敏浩さん。「京都の藤田塾(故藤田梧郎八段主宰)で1年先輩なんです。林先生には、ものすごくかわいがっていただきました」と糸井さんは懐かしそうに話され「ご縁ですねぇ」としみじみされていた。

色とりどりの華やかな選手たちは、対局が始まるや碁盤に集中。子供たちは、知らない人に囲まれて緊張した様子なのだが、対局が進むにつれ普段の勝負師の表情になっていく。大人たちは、どこか「楽しくてたまらない」という表情をたたえていて、会場の空気を温めている。ときおり、どこかから聞こえる小さな悲鳴が、周囲の選手たちの優しい笑い声を誘い、会場は真剣勝負でありながら和やか。改めて、「奇跡的な光景だな」と思わされた。
対局が終わると、流暢な英語や片言の英語で検討が始まった。
松田杯に出場する西尾結菜さんは、「ペアを組んだクロアチアのスチェパン メダックさんが、まだ中学生か高校生だと思うのですが、ものすごく強くてびっくりしました。ヨーロッパに囲碁文化がこんなに浸透しているとは思っていませんでした」と感嘆しきりだった。
プロ棋士が加わった対局は、棋士による勝負所の解説会が行われ、ペアも対戦相手も熱心に聞き入っていた。
富士田明彦八段は「僕たちのペアは白でした。白が模様を張る進行で、中央の白地がどのくらいまとまるかが勝負だったのですが、巧く突破されてしまいました」と敗戦を振り返る。ペアを組んだイタリアのソフィア マラテスタさんは、「とても楽しみました。彼はとても強かったけれど、私がうまく合わせられませんでした」と残念そう。「彼はプロ棋士です」と紹介すると「まあ、何段ですか? 八段? ワオ! こんなに若いのに!」という反応。隣では富士田八段が嬉しそうに苦笑していた。

スロバキアのクリスティナ ヴァチュリコヴァさんは、佐田篤史七段とペアを組んだ。対戦相手の男性も棋士のアンティ トルマネン初段。勝負は大熱戦だった。佐田七段は「相手が地を稼ぎ、こちらの攻めにもきれいにシノがれたのですが、途中から私たちの息がどんどんピッタリ合ってきて、取り返すことができました」とご満悦。クリスティナさんも「とてもスムーズ! 何をしてもうまくいって成功する、みたいな感じでした! 普段は父とペアを組んでいるのですが、父と打つといつも厳しい碁になるので。ほら、あそこで父が打っているけれど、ペアの子が退屈そう(笑)。彼には時計が必要ね。長考だから」と興奮気味。そして、可愛らしい衣裳を、「元々は毎日着る服で、今ももしかしたら田舎に行くと着ているおばあさんたちがいるかもしれません」と紹介してくれた。今はフォークダンスや結婚式の時に着ることもあり、今回は「フォーク音楽の方から借りてきた」そうだ。

井山裕太王座とペアを組んだスウェーデンのローヴァ ヴォーリンさん(ヨーロッパペア碁チャンピオン2025)は「ベリーベリーナイス。緊張感がありました。私は序盤の定石のところでミスをしたのですが、井山さんのおかげで、どんどんよくなり、私たちが勝ちました」とにこやかだった。「心が通じ合いましたか?」の問いに、井山王座は「もうバッチリで、本当にお強くて、まずそれに驚きました。自分自身も楽しんで打てました」。そして「こんな素敵な方と組めてうれしかったです」といたずらっぽい笑顔で加えた。
どの対局も「国際親善」の名の通り。握手やプレゼント交換や記念撮影が続き、笑顔に包まれて1日目のプログラムが終了。選手たちは、送迎バスに乗ってそれぞれのホテルへと向かった。

8月9日(土)の9時からは、サブステージで、改めて「第34回 国際アマチュア・ペア碁選手権大会」と「松田杯 第9回 世界学生ペア碁選手権大会」の開会式がとり行われた。
この日は、上記2つの1回戦が10時スタート。11時からは「第2回 世界ペア碁公式ハンデ戦」、「U-15 世界ジュニア ペア碁選手権大会」もスタートし、時間が前後するが、「プロ棋士ペア碁選手権2025」は9時30分に1回戦が開始され、「第17回関西ジュニアペア碁大会」も10時から開会式が行われた。とにかく、盛りだくさんだ。
はじめに、審判長の二十四世本因坊秀芳―石田芳夫九段と、審判のマイケル レドモンド九段。同じく審判の吉田美香八段、前田亮六段、アンティ トルマネン初段が紹介された。
石田審判長は「この大会が、東京以外で開催されるのは初めてですし、プロ棋士の大会と併催されるのも初めて。ぜひプロの対戦も観戦してください。打っていて、わからないときがある。迷ったときは、第一感を信じて打つのがよいと思います。その隣がいい手のときもあるので、参考にしてください。できれば、3回勝って明日の2局を楽しめるようにがんばってください。皆さんの健闘をお祈りしております」とエールを贈られた。
続いてマイケル レドモンド九段が日本語と英語で競技説明し、「二日間、楽しんでいただければと思います。楽しいときもそうでないときもありますが、楽しむ気持ちを中心に対局に臨んでいただけたらと思います」とペア碁の心得を加えられていた。
選手宣誓は、日本からは四国ブロック代表の行松美樹・木原俊輔ペア、海外代表としてルーマニアのラウラ アウグスティナ アヴラム・デニス ドブラニシュペアがつとめた。行松さんは、「今日も浴衣を着ていきますとお伝えして、ノミネートしていただきました」、木原さんは「僕は滑舌が悪いので緊張しました」と笑顔。浴衣に、おそろいの「ミャクミャク」のマスコットも身につけ、気合い十分の様子だった。
10時。いよいよ1回戦がスタートした。

第34回国際アマチュア・ペア碁選手権は、海外から18ペア、国内からは全国の予選を勝ち上がった14ペアが出場した。オール互先でコミは6目半の日本ルール。持ち時間は30分で、使い切ると一手打つごとに10秒が加算される「フィッシャー方式」が採用された。
黒白を決める「ニギリ」から、前日の「ペア碁国際親善対局」とは違った緊張感が高まっていった。
ニュージーランドのエマ レイノルズ・ケビン ホー ペアは、アメリカ ペア碁チャンピオンのティナ リ ・ティンユアン ツァンペアに敗れた後も、熱心に検討を続けていた。レイノルズさんは13年前から、ホー ペアさんは10年前から囲碁をはじめ、棋力は「私が6級、彼が1級。今回代表に選ばれてとても驚きました」とレイノルズさん。「ニュージーランドは、碁を打つ人は、まだそれほど多くないと思います。でも、オークランドは中国人が多く、囲碁を打つ人が大勢います。私と彼もオークランドの囲碁センターで知り合いました」とにこやかに教えてくれた。
メキシコのシャロン デニース ゲレーロ サンチェス・ホルヘ エミリオ ヌニェス カンポスペアは、東北代表の牧野 朱莉・江村 棋弘と対戦した。サンチェスさんは10級、カンポスペアさんは16級と自己紹介されていたが、「いやいやその級よりもずっと強かった」と江村さん。この対戦も石を並べ直しながら勝負所の検討が行われ、石を片付けるやサンチェスさんが満面の笑みで牧野さん、江村さんに握手を求めていた。
関東甲信越代表の大沢摩耶・土棟喜行ペアは、フランスのニョシ カオ・アントワーヌ フネックペアと対戦した。カオさんは「ヨーロッパの二段です」とのこと。ヨーロッパの段位は「日本より二~四段ほどからい」という声も耳にするので、日本でいえば四段から六段の実力者だ。局後は「いい碁でしたが、お相手が勝ちました」と少し残念そうだった。フランスペアが席を立った後、土棟さんは「摩耶さんが、必殺のツケコシを打ってくれて。けっこう読みの要る手で、私は全然見ていなかったんです。そこからガーっといけました。その手がないと、難しくなりそうだったので、助けてもらいました。素晴らしい」と大喜び。ペア碁は「勝てば喜び二倍」と言われるが、もしかしたら二倍以上なのかもしれない。
1回戦を終え、日本の14ペアは10勝4敗(内2敗は、日本ペア同士の対戦)と好成績だった。ここで昼食休憩。すぐ隣で開催中の「プロ棋士ペア碁選手権」を観戦したり、終局したプロ棋士と記念写真を撮るペアもいれば、万博会場の散策に出かけるペアも。勝ったペアも負けたペアも大会の雰囲気を楽しんでいる。
2回戦は13時45分にスタートした。
優勝候補と目される中国ペアと韓国ペアは、やはり強かった。韓国の徐 秀京(ソ スギョン)・金 正善(キム ジョンソン)ペアは、近畿代表の中川 万脩・赤木 志鴻ペアに隙のない内容で勝利した。中川さんと赤木さんは京都大学の先輩後輩で、赤木さんは学生の大会で準優勝した実績もある強豪だ。中川さんは「1回戦のメキシコ戦は勝ったのですが、男性がとても強かったです」と振り返り、赤木さんは「2回戦の韓国ペアは、めちゃくちゃ強かったです」と脱帽した様子だった。
中国の陳 思(チェン シー)・胡 煜清(フー ユーチン)ペアは、1回戦で北海道代表の中村泰子・道川 伊織ペアを、2回戦では関東甲信越代表の藤原 彰子・津田 裕生 ペアを降した。敗れはしたものの、藤原さんは「日本ペアの1位を目指して、残りの試合もがんばりたいと思います」、津田さんは「なんといっても世界の強豪と戦えるので、一戦一戦楽しみながら打っています」と笑顔だった。
第33回大会で日本最上位ペア(JAPG CUP優勝)となった倉科 夏奈子・杉田俊太朗ペアは、今回は杉田夏奈子・杉田俊太朗ペアという名前での出場。「1年半くらい前に」ご結婚されたそうだ。「ペア碁がご縁ですか?」と尋ねると「そんな感じもありますか」(夏奈子さん)、「その関わりもないことはない」(俊太朗さん)とのはにかみながらのお返事。夫婦になってからもペア碁の呼吸は変わらずピッタリ合っており「喧嘩することはありません」と俊太朗さんが加えた。ただ、2回戦は大沢・土棟ペアに惜敗してしまった。大沢さんは「お互いに自由に打てたらいいなと思います」と穏やかな笑顔。土棟さんは「今日もう一局勝てるようにがんばります」と抱負を語った。
2回戦を終え、2連勝は8ペア。そのうち日本勢は5ペアだ。
3回戦は16時30分にスタートした。すぐ隣のエリアでは、併催の「世界ペア碁公式ハンデ戦」と「U-15世界ジュニアペア碁選手権大会」の決勝戦もスタート。会場は熱気に包まれている。
2連勝の日本ペア同士の対戦は、2局組まれた。四国代表の行松 美樹・木原 俊輔ペアVS近畿代表の金子 もと子・佐藤 洸矢 ペアの一戦は、金子・佐藤ペアの勝利。和やかに検討しながら、金子さんは「寒さのせいか緊張のせいか、震えが止まらなかった」と笑顔で話されていた。
もう一局は、関東甲信越代表の内田 祐里・村上 裕貴 ペアVS大沢・土棟ペア。こちらは内田・村上ペアの勝利。土棟さんは「相手が強かったです」とサバサバした様子だった。
牧野・江村ペアは、韓国の徐・金ペアに敗れ、連勝が止まった。江村さんは「韓国の金さんは、個人でも世界戦で活躍していて、強さはよく知っていましたが……ペア碁も強かった。安定して強かったです」と無念そうだった。
中国の陳・胡ペアと中華台北の許 霓霓(シュー ニーニー)・楊 孚德(ヤン フテ)も2連勝同士の組み合わせだ。 結果は中国ペアの勝利。敗れた楊さんは「序盤は五分五分くらいで、そのあと一瞬ちょっとよくなったのですが、 私がミスをしてしまい、そのあと悪くなってしまいました。でも、お相手のペアはとても強かったです」と振り返っていた。
かくして、中国ペア、韓国ペア、日本ペア2組が3連勝し、大会2日目が終了した。
3日目は、10時15分から「荒木杯ハンデ戦」がスタート、10時30分からはプロ棋士による「シャッフルペア碁」の対局もスタート。会場は朝から大いに賑わっていた。
国際アマチュア・ペア碁選手権の4回戦は、11時にスタートした。優勝戦線に残っているのは、3連勝の4ペア。日本の金子・佐藤ペアは中国の陳・胡ペアと、内田・村上ペアは韓国の徐・金ペアとの対戦が組まれた。
内田さんと村上さんは、共に院生経験がある強豪だ。「村上さんとは、大会とかでときどき会っていて面識はあったのですが、ペアを組ませていただいたのは今年が初めて」と内田さん。ここまでの戦いを振り返っていただくと「棋風が全然違って」と笑い、「迷惑をかけてばっかりです」とのお返事。「村上さんは計算が強くて、戦いが強い。私は計算ができないので闇雲にやっちゃう。でも、地が好きなとことは似ているかもしれないです」とのこと。4回戦への意気込みを伺うと、内田さんは「相手が強いので、自分なりに悔いの残らないようにがんばります」、村上さんは「必ず優勝します」と力強いコメントが返ってきた。
優勝争いからはずれているペアも一戦一戦真剣勝負を繰り広げている。
マレーシアのチン ヨン・ショウウェイ イーペアは、4回戦で行松・木原ペアを降し、「ここまで2勝2敗です」と満足の笑顔だった。マレーシアの囲碁人口は「全国で1000人くらい」とイーさん。「棋院があって、そこに行って勉強しています。彼とは試合で何回も会っていて、今回初めてペアを組みました」とヨンさん。大会の感想を伺うと、ヨンさんは「万博という会場での大会ですし、プロの棋士も隣で打っていて、特別な体験になっています」、イーさんは「世界各地の選手と対局でき、強い方がたくさんいますので、彼らと勉強しながら、自分の碁の力を鍛えています」とにこやかに答えてくださった。
さて、優勝争いの行方を追うと……残念ながら日本ペアは2組とも黒星。優勝決定戦には、中国ペアと韓国ペアが進むこととなった。
13時30分からプロ棋士ペア碁選手権の決勝戦が始まると、4回戦を終えた選手たちも観戦に加わっていた。
そして、優勝決定戦を含む5回戦は、昼食休憩をはさみ、14時にスタート。日本勢も、日本最上位ペアを目指し、気合いを入れ直しての勝負だ。
優勝決定戦は、形勢が何度も入れ替わる大熱戦だった。結果は中国ペアの勝利。検討も真剣な表情で熱心に行われていた。検討が終わるころ、韓国の徐さんがカバンを手に取った。それを合図にしていたかのように、徐さんと金さんが、同時に、テーブルの上にプレゼントを差し出した。すると、待ち構えていたように、中国の陳さんと胡さんも二人同時にプレゼントをテーブルに。そのタイミングに金さんは一瞬驚いた表情を見せ、本当にうれしそうな優しい笑顔が満面に広がった。皆の笑顔が続く。4名が互いに健闘を讃え合う感動的なシーンだった。

優勝は中国の陳・胡ペア。4勝1敗の好成績だった5ペアの内、スイス方式で、韓国の徐・金ペアが準優勝に、日本の金子・佐藤ペアが3位に入った。
3位と日本最上位賞の報告を受けた金子さんは、「ええ⁉」と驚きの声をあげ、椅子から飛び上がるほどの喜びようだった。改めてインタビューを求められたときも、金子さんは「うれしさのあまり言葉がないという感じです」。佐藤さんは「1回負けてしまっているのですが、1局1局精一杯打つということを決めてきたので、結果につながってとてもうれしいです」と喜びを語った。少し時間を置き、金子さんは「この環境に圧倒されて、1局目は酷い手ばかり打ってしまったのですが、その碁を拾えたので、もう開き直ってがんばるしかないなと思って打っていました。自分のミスをそのあとプラスにかえられたのでよかったと思います」、佐藤さんは「自分たちの碁が、1局目はかなりちぐはぐになってしまったのは感じていて、2局目以降は1局打つごとによくなっていくことに、喜びを感じたというか。悪い碁も結果的にうれしいと思える形なったかなと思います」と、健闘の2日間を満足した様子で振り返っていた。

4位に入った中華台北の楊さんは、ペア碁は初めてだったという。「すごく面白い大会で、普段の囲碁は自分のことだけ考えていればよいですが、ペア碁はパートナーのことも考えなければいけない。それが面白いです。お互いに助け合って、お互いに許し合って」とペア碁の魅力を語り、「初めてでしたので、4勝1敗という結果は、満足できる成績だと思います。でも、やっぱり、またチャンスがあれば、優勝したいと思います」と加えた。
5位は藤原・津田ペアだった。藤原さんは「2局目に中国ペアに当たってしまったので、(スイス方式では不利になり)入賞できなかったのは残念ではあるんですけど、ただ、中国ペアに勝つことを目標にしてはいたので、結果は仕方ないなと思っています。今回の大会は、海外の方ともいつもより多く打つことができ、スケジュール的にも3日間で余裕があってよかったです」と語り、津田さんは「言いたいことは藤原さんがすべて言ってくれました」と笑った。
大沢・土棟ペアは、3勝2敗でゴール。土棟さんは「僕が足を引っ張ってしまいまして、申し訳なかったです。4勝したかったんですけど、残念でした」と反省しきり。大沢さんは「最後、中華台北ペアとの対戦に勝ちたかったんですけど、すごい強かったです。また来年も出られるようにがんばります」と笑顔だった。
海外の選手たちも、皆、戦い終えて和やかな笑顔だった。
ウクライナのヴィクトリーア シモネンコ・ドミトロ ヤツェンコペアは、対局中は堅い表情に見えたのだが、大会の感想を伺うと、「とても素晴らしい大会で、世界からたくさんの人が集まって、しかも強いプレイヤーが大勢いて、さらにはプロの棋士もきている。非常に感激してとにかくすばらしい大会でした」とヤツェンコペアさん。シモネンコさんも「とても素晴らしい大会で、美しい大会でした。運営も素晴らしくて、美しい環境で碁が打てて嬉しかったです」と大絶賛だった。
インタビューの後、ヤツェンコペアさんは一力遼棋聖を見つけて、記念写真の撮影。その写真をうれしそうに同行スタッフに見せていた。
最後に優勝した中国の陳・胡ペアのインタビューをご紹介しよう。
まず、大会の感想を伺うと……陳さんは「このような盛大な大会に参加できて、とても嬉しかったです。世界各地のとても強い選手と対局できたことも光栄でしたし、友だちを作る機会にもなりました」。胡さんは「万博会場で、この大会に参加できたこともとてもうれしいです。実は、私が初めて世界戦で優勝(第26回世界アマチュア囲碁選手権戦)したのは、ちょうど20年前の2005年だったのですが、そのときも愛知県の万博が会場でした。万博には縁がある気がしています。今回も記念になりました」とにこやか。
続いて、陳さんは優勝決定戦の対局を「非常に厳しい戦いでした。でもペアの絆がしっかりありましたので、最後は勝つことができました」と振り返り、「この大会は2023年にも優勝し、今回が2度目の優勝ですが、今回もパートナーがとても強く感謝しています」と語ると、胡さんも「まず、パートナーに大感謝しています。彼女はアマチュアの大会は全て優勝しているとても強い方。おかげで、私もこの大会で優勝することができました」。お互いにパートナーを讃え合い、喜びを分かち合っていた。

松田杯 第9回世界学生ペア碁選手権は、海外から13カ国11ペア、国内からは5ペアが出場し、大会2日目に1回戦から3回戦、3日目に優勝決定戦を含む4回戦が打たれた。オール互先でコミは6目半の日本ルール。持ち時間は30分で、使いきると一手打つごとに10秒が加算される「フィッシャー方式」だ。
学生は、初めて参加する選手が多いせいか、1回戦が始まるまでは、彼らの対局エリアは緊張した空気が張り詰め、静まり返っていた。だが、一局打ち終わり、検討が始まると、会話がはずみ、あちらこちらから笑い声が聞こえてきた。
カナダのジュリア ツァン・ケヴィン ワン ペアとメキシコのレベカ ペニャ・アイバン バスケスペアも、記念品を交換し合い、何枚も記念写真を撮り、4名はすっかりうちとけていた。カナダのワンさんは「とても素晴らしい大会。スタッフの皆さんがとても親切だし、すぐ後ろでトッププロの選手たちも打っているのが、すごい光栄」と興奮気味。メキシコのペニャさんは「世界中のたくさんの人と会えるのが素晴らしい。知り合いも何人かいて、再会できたのもうれしかった」、バスケスさんも「会場が面白くて気に入っています。世界中の人がいるのが楽しいです」と満喫している様子だ。
ミルタ メダック・レオン ドゥフェールペアと鈴木 時・内田 勝仁ペアの一戦は、激しい攻防の末、日本ペアの勝利。クロアチアのメダックさんは「難しい戦いの碁になって、相手を攻めようとしたけれど、うまくいきませんでした」、チェコのドゥフェールさんも「非常にタフな対局でした。最初から自分たちの形勢が悪く、相手が強く、自分たちの間の交流もうまくいかず、手があるかなと思ったのですが、相手にうまく対応されてしまいました」と肩を落としていた。鈴木さん(秋田・御所野学院高)と内田さん(兵庫雲雀丘学園高)は高校生ペア。「高校の大会で知り合い、ペアを組むのは初めて」だという。ペア碁の練習は、「ちょっとしました」と鈴木さん。その成果が出たようだ。「息は合っていたと思います」と語り、内田さんも「意志疎通できて、ちゃんとうまく打てたと思います」と振り返った。
ポーランドのマリアンナ シホヴィアックさんとドイツのティム バルツ ツェヒさんのペアは、日本の羽瀬 真綾・大島 悟 ペアと対戦後、検討が盛り上がっていた。こちらも「戦いの碁」だったのかと伺うと、さにあらず、「とても穏やかな対局でした」とシホヴィアックさん。羽瀬さんも「めっちゃ穏やかでした」と続ける。「ただ、切られそうな瞬間があって、ここを切られたらどうなるんだ⁉ってものすごく焦ってた」とツェヒさん手振り身振り豊かに笑いながら振り返り、これに羽瀬さんが続けて「そうなんです! 私たちのペアが取れてたんですけど、そしたら絶対に終わってたみたいな状況があったんですけど、私が読めてなくて、生かしちゃったんです」。「で、結局、大人しい碁になりました」と大島さん。4名は勝ち負けに関係なく、いつまでも検討を楽しんでいた。
2回戦では、ちょっとしたハプニングが起きた。中国の李 清揚(リー チンヤン)・李 錦澎(リー ジンペン)ペアと韓国の張 花源(ジャン ハウォン)・趙 珉奎(ジョ ミンギュ)ペアの一戦で、黒番の中国の錦澎さんが、アゲハマ(黒が取った白石)を、ふたに入れずに、相手の碁笥(白石を入れる器)に戻してしまっていたのだ。中国ルールでは、盤上に残った石の数を数えるため、アゲハマは勝敗に関係ない。錦澎さんは、この大会は日本ルールだと分かっていながらも、勝負に熱中するあまり、無意識に普段の習慣で相手の碁笥に戻していたようだ。終局が近い頃に気がつき、審判のアンティ トルマネン初段が呼ばれた。トルマネン初段は盤上の全ての石を数え、黒が取ったアゲハマは「7子」と確認。結果は黒の6目半勝ちで、「7子」が認められなければ白の半目勝ちというきわどい勝負だったが、韓国ペアは、「問題ありません」と大きくうなずいて納得していた。
シンガポールのセリーヌ ホー・イーリン チェンペアは、1回戦は敗れたものの2回戦は勝利してにこにこ顔だった。「自分の予想外の展開になってしまったので、分からないところはパートナーに手を回しながら打っていました。それがうまくいきました」とホーさん。隣でチェンさんは「そんなことはないよ」という表情で首を振っていた。
原岡紗良・乙部正成ペアも、1回戦で敗れたが、2回戦は勝利。原岡さんは順天堂大学3年生で、乙部さんは京都大学医学部の5年生。「小さな大会で知り合って、今回は関西代表で出場しました」と原岡さん。「クロアチア/チェコのペアと打ったのですが、男性も女性も強かったです」と振り返り、乙部さんは「1回戦で打った韓国ペアも強かったです」。どちらも笑顔で、勝敗より大会の雰囲気を楽しんでいる様子だった。
2回戦を終えて、中国ペアと中国香港ペア、日本の羽瀬・大島ペアと西尾 結菜・深澤幸人ペアが2連勝。羽瀬・大島ペアは中国ペアと、西尾・深澤ペアは中国香港の黄 綽晞(ウォン チュクヘイ ユージェニー)・甄 浩智(ヤン ホーチー ジャッキー)ペアとの対戦が組まれた。
西尾さんと深澤さんは、共に元院生の強豪だ。知り合いではあったがペアを組むのは初めてだという。「棋風は似てますか?」と尋ねると二人は笑い、深澤さんから「お互いに、これという棋風はなくて、よく言えば二人ともオールマイティーです」という返答が返ってきた。
さて、中国香港ペアとの対戦は、苦しい形勢が続いた。だが、見事に逆転を果たした。西尾さんは「中盤でけっこう離されてしまって、ひやひやしながら打っていました」と振り返る。「そのあと、相手の弱そうなところを狙って、なんとか」。深澤さんも「終盤のほうまで形勢があまりよくなくて、その中で、うまいこと勝ち筋を見つけられたかな、という対局だったので印象に残っています」と話してくれた。
中国香港ペアにとっては、つらい負けだったのだろう。甄さんは、終局後、しばらく動けずに、碁盤をじっと見つめ続けていた。
羽瀬・大島ペアは中国ペアに惜敗。翌日の優勝決定戦には、中国の李 清揚・李 錦澎ペアVS日本の西尾・深澤ペアが勝ち上がった。
大会3日目、優勝決定戦を前に、西尾さんは「いつも通りに。あまり緊張しないように打てたらいいなと思います」、深澤さんは「ここまで囲碁の内容は完璧では全然なかったですけど、3連勝という結果が出たのはよかったです。楽しめたらいいかなというマインドでいるので、今日もそんな感じでがんばりたいと思います」とそれぞれ抱負を語った。
中国の李 清揚・李 錦澎ペアは、清揚さんが大学院1年生で五段、錦澎さんが大学2年生で六段。「中国でアマチュアの学生の大会に参加して、優勝した同士」が選ばれペアを組んだという。錦澎さんは、ここまでを「2局目の韓国ペアとの対局が一番印象深かった。具体的には時間が厳しく、パートナーが手を渡してきて、戦いもけっこう厳しくて。無事に終わってよかったと思っています」と振り返っていた。
優勝決定戦と4回戦は、11時にスタートした。どのペアも、大会最後の一局に向け、集中した表情だ。
李 清揚・李 錦澎ペアVS西尾・深澤ペア戦は、中国ペアがリードを奪い、中盤で日本ペアが追い上げる展開に。ただ、逆転には至らず、中国ペアが逃げ切って勝利を収めた。
惜しくも優勝を逃した深澤さんは「序盤から苦しい展開になってしまって、中盤にワンチャンス作れたかなというタイミングはあったのですが、結果的には残念でした」、西尾さんも「同じくなんですけれど、序盤にかなり悪くなってしまったけど、途中でチャンスが出てきそうな面白い場面もあったので、一局通してとても楽しめたと思います」と決定戦を振り返り、深澤さんは「中国は強いなと思いましたけど、次もし当たったら絶対負けないという気持ちでいます」と加えた。
また、国際大会が初めてだったという深澤さんは「ヨーロッパの方ともっと打ってみたかったという気持ちはあります。今回は3日間の日程で、体力的に疲れもあったのですが、非常に新鮮な体験でした。内容的にも、苦しい中でチャンスを見い出せた場面もありましたし、とても楽しめました」と大会の感想を語った。
改めてペア碁の面白さも尋ねると、深澤さんは「4人で戦う状況なので、何が起こるか、どういう展開になっていくか全く読めないところが面白さの一つだと思います。もう一つは、一人で打つ場合は、難しい手を繰り出して難しい盤面で勝っていくことを求められることが多いと思うのですが、ペア碁の場合は、自分だけがわかる難しい手を打っていくだけではだめで、いい手だけれど簡明な手を選ぶのが大事なんだなというのが、感じたことでもありますし、ペア碁ならではの面白いところかなと思いました」、西尾さんは「自分一人だと思いつかない手をパートナーが打ってくれて、いつも見えている景色とはまた違った景色が見えるのが一番の魅力かなと思います」とのこと。お二人のにこやかな表情と言葉には、3日間を戦い抜いた充実感があふれていた。


見事優勝に輝いた中国の李 清揚・李 錦澎ペアもにこやかだった。錦澎さんは「序盤はうまく打て、パートナーとも息が合っていましたが、中盤に自分の小さなミスがあって、そこから戦いになってしまいました。でも無事に終わり、優勝することができてとてもうれしいです」、清揚さんは「非常に厳しい戦いでした。終盤のあたりでは、自分の計算では間に合わない気がしていましたが、パートナーのおかげで、無事に勝つことができました」と決定戦を振り返った。
さらに、清揚さんは「ペア碁というゲームはとても面白く、パートナーと自分とは考えている戦術が少し違うかもしれないんですけど、お互いが戦い合って、最後は心の距離が近くなるという効果があると思います」とペア碁の魅力を語り、錦澎さんは「今回の大会に参加できて、とてもうれしかったです。雰囲気もとてもよく、強い相手との対局も楽しむことができました。自分にとっては視野を広げるための貴重な機会でした」と3日間をかみしめていた。

大会2日目は、併催イベントも11時からスタートした。
「世界ペア碁公式ハンデ戦」は、インターネット囲碁サロン「パンダネット」で確定した段級位によってペアの実力(ペアポイント)を決め、そのポイント差によりハンデを決めて対局を行う。
皆さんもよくご存じのように、「どんなに棋力が離れていても、ハンデをつけることで、対等に戦うことができる」というのは、囲碁の優れた特徴の一つ。ペア碁も同様で、例えば、五段と5級のペアが、1級と1級のペアと対等の勝負を繰り広げられる面白さがある。
ただ、元々の「棋力」の基準が、国や地域によって若干違っているため、その棋力を「パンダネット」で統一・確定させて、本当に対等な勝負を楽しもうという趣旨の大会だ。
第2回の今回は、海外から12ペア、国内から4ペアが出場し、参加ペアの実力別に2クラスに分かれてスイス方式の3回戦が行われた。
Aクラスの、北田 璃帆・甲田 惇人ペアは、北田さんが四段で甲田さんが初段。1回戦は、ベトナムペアに勝利したものの、2回戦はオーストリアのチェリー フー・ビン フー親子ペアに敗れた。チェリーさんは2級、ビンさんは1級との申請。「なので、オーストリアペアに3子置かれたのですが、3子局は難しかったです」と北田さん。確かに、置碁の白番は、ペア碁では打つ機会も少ないかもしれない。
Bクラスのキルギスは、今回が初参加となる。アデリーナ アブディベコヴァさんは、「ヨーロッパでは5級、日本だと初段くらい」、エリム ラザポフさんは「ヨーロッパの3級」の棋力。アブディベコヴァさんは「日本語学校で、友だちに囲碁を教えてもらい、面白いので続けてきました。今回、エリムさんと初めてペアを組んで大会に出場しました」とのこと。初戦はトルコペアに敗れたが、2回戦はインドペアに勝利し、二人でうれしそうに喜び合っていた。
インドのナンディタ デイヴ・カシヴェル クマールペアは、「二人とも15級ですけど、初めて国際大会に出場しました」と負けても笑顔だった。デイヴさんは日本語を話せるお父様に囲碁を習い、クマールさんは「チェスを習っていたのですが、チェスの先生が、囲碁もやってみたらと進めてくれた」そうだ。「マインドスポーツ」としての囲碁が、世界に認識されつつある証だろう。そのチェスの先生に囲碁も習ったのかと思えばそうではなく、「囲碁が向いている気がする」と言われたので、インターネットで調べて独学で学んだという。でイヴさんは、「皆さんによくしていただいて、素晴らしい大会で、感謝しています」と終始笑顔だった。
2連勝同士の対戦は、Aクラスはオーストリアペアとスロバキアペアの組み合わせとなった。局後、ヴァチュリコヴァさんは、「難しかった。とてもタフでした。お相手のペアとは、ヨーロッパで何回も打ったことがあり、よく知っています。強いことも」と首を振り、「でも、大会はとても楽しみました」と笑顔。3連勝で優勝したビンさんは「グレイト! 娘と二人で打てて、友だちもたくさんでき、とても楽しかった。優勝は幸運でした」と喜びを語った。
Bクラスは、中森美幸・有田伊織ペアと藤川小春・髙橋慎ペアの日本勢同士の優勝決定戦となった。中森さんは6級、有田さんは二段、藤川さんは10級、髙橋さんは六段。こちらはいい勝負の互先で、勝負は伯仲し、終盤まで大いに盛り上がった。黒番の中森・有田ペアが優勢のまま進んでいたのだが、「死んでいた白が、コウで生き残る道が見つかって、生き返ってしまい、盤面がひっくり返りました。なんとかヨセまで持ってこれたのがよかったです」と髙橋さん。「いい勝負でした」と有田さん。「私がやらかしました」と嘆き続ける中森さん。いつまでも興奮さめやらぬ4名の検討はしばらく続き、髙橋さんが「チャンスを待ちながら粘り強く打てたのがよかったね」とパートナーの藤川さんに語りかけていたのが印象的だった。

15歳以下の大会「U-15 世界ジュニアペア碁選手権大会」は今回初めて開催された。海外から5ペア、日本から3ペアが出場し、大会2日目に1回戦から3回戦が打たれた。
15歳以下といっても強豪ぞろい。日本の小泉 里彩子 ・桑原多喜ペア、三戸 柊子・杉浦 倫太郎ペア、山田 葵・古川 晴大ペアは、三戸さんが四段、残り5名の選手は全員六段の腕前だ。
ところが、世界の選手も強かった。日本勢は、3ペアともに1回戦で黒星。オーストリア/クロアチアのリリー フー・スチェパン メダックペアに敗れた杉浦君に「相手は強かった?」と聞くと「普通くらい」との回答。「勝ちそうな局面もあった」と悔しそうだった。
山田・古川ペアは、中国ペアに、小泉・桑原ペアは、中華台北ペアに惜敗。桑原君も悔しさを隠せず、局後はノーコメントだった。ただ、その後は2連勝し、全体で4位に入った。
中華台北の呉 沁璇(ウー チンシュアン)・鐘 蕓伸(チュン ユンシェン)ペアは、どちらも14歳。中華台北の海峰棋院院長の林敏浩さんに伺うと、選抜大会を行ったという。「ペア碁の大会は一年に一回代表ペアを決める大会をやっているのですが、15歳以下の選抜大会を開いたのは今回が初めてで、40名くらい集まりました。ペア碁はやはりみんな楽しそうで、経験がない人たちも『やりたい』と言っています」とのこと。代表となった呉さんは六段、鐘さんは七段の強豪ペアだ。
中華台北ペアは、2回戦で韓国ペアに敗れ、優勝決定戦は、中国ペアと韓国ペアの顔合わせ。実力伯仲の大熱戦を制したのは韓国の鄭 智燏(ジョン チユル)・崔 海權(チェ ヘグォン)ペアだった。崔君は、優しい笑顔で「優勝できてとてもうれしいです」と語り、応援にきていたご両親もにこにこ顔。お父様は「私は囲碁を知らないのですが、息子たちが優勝できて本当にうれしい」と語ってくださった。
敗れた中国の徐 亦辰(シュ イーチェン)・劉一帆(リュウ イーファン)ペアは、どちらも12歳。徐さんは敗戦にもサバサバと「普通のこと」とコメント。劉君はこみあげる悔し涙をこらえつつ「序盤はそんなに悪くないと思って打っていたのですが、途中で、守らなければいけないところを守らなくて、ちょっと薄くなってしまいました。(結果は)やっぱり1番を取りたかったので、そんなに喜べないです」と正直に話してくれた。
優勝は韓国ペア。スイス方式の結果、二位には中華台北ペアが入り、中国ペアは三位となった。

大会2日目は、関西のこどもたちを主な対象とした「第17回 関西ジュニアペア碁大会」が、関西棋院が主管して開催された。出口万里子二段が司会をつとめられた他、今村俊也九段、洪爽義五段、星川拓海五段、影山敏之五段、西山静佳二段、大谷健介初段と、7名もの関西棋院の棋士が出席し、審判の他に、指導碁対局や、入門者指導に当たられていた。「囲碁入門教室」、「プロ棋士指導碁」のブースも、開催期間中、賑わい続けていた。
10時に開会式がスタートした。
公益財団法人日本ペア碁協会の森脇誠事務局長が「ペア碁には勝つと嬉しさ二倍、負けても悔しさ半分という格言があります。これは、パートナーと二人で協力して勝てると、一人で勝ったときよりうれしい。そして負けたときも、責任は半分だから悔しさも少ないという意味です。パートナーと一手ずつ交代で打ち進めるので、普通の碁以上に予想がつかない展開にもなることが多く、そこが面白いところではないかなと思っています。最後に、ペア碁のコツをご紹介させていただこうと思います。それは、自分のパートナーを信じて打ち進めること、そして思いやることです。一局打ち進めると、自分の思っている手と違う手をパートナーが打たれることがあると思います。そのようなときでも、焦らず落ち着いて、パートナーが打った手の意味、思いをくみ取って打ち進めますと、よい結果が出るのではないかなと思います。本日はパートナーと心を一つにして楽しんでいただければと思います」とあいさつし、参加棋士が紹介され、いよいよ1回戦が始まった。
棋力別にAクラスEクラスに分かれ、「本戦」と負けたペアによる「サブトーナメント戦」が組まれ、15時40分までに4局打つスケジュールだ。地元の、それも「万博会場」での大会とあって、59ペア118名が参加。広い会場もたちまち熱気に包まれた。こちらの大会は、ペアのうち1名以上が中学生以下であれば出場でき、同性ペアやプロ棋士とのペアも参加できる。なるほど、家族ペアが多いなぁと会場を見回すと、倉橋正行九段と瀬戸大樹八段の姿を発見。倉橋九段は姪御さんと、瀬戸八段はお嬢さんとペアを組み、Aクラスに参戦されていた。
「おじさんとペアを組むのは初めて。強いと思った」と倉橋九段の姪御さん。でもペアはなんと2連敗スタート。倉橋九段は「相手の子が強かったです。3子局だったんですけど、なかなか厳しかった」とはにかみながら話してくださった。
瀬戸八段のペアは、お嬢さんのあかりちゃんが、一手一手打つごとに、自分が碁盤のセンターにくるように身を乗り出しており、夢中になっている様子がうかがえる。お父さんはやや後方から娘越しに碁盤を見ている状況だ。「お家ではお父さんに打ってもらうの?」と聞くと「うぅぅん」と首を横に振るあかりちゃん。「子ども囲碁教室にお任せしていて、私は全く打ってないんです」と瀬戸八段。「なので、どれくらい打てるかわからなかったんですけど、思ったより打てて、ビックリしました」。普段から温和な瀬戸八段が、さらに優しいお父さんの表情になっていた。
15時50分からは、全対局が終了したクラスから、サブステージで順次表彰式が行われていった。Aクラスは、準優勝が田中拓翔・田中伸拓ペア。お父さんの伸拓さんは元アマチュア本因坊の強豪。息子の拓翔君は三段の腕前だ。「惜しかったですね」と声をかけると、伸拓さんからは「上出来です」と笑顔のお返事が返ってきた。
見事、優勝に輝いたのは、北川貴敏・北川貴浩ペア。こちらも父子だ。貴浩さんはアマ八段の強豪。貴敏君も、今年の日本棋院主催の全国少年少女囲碁大会で4位に入賞した実力者。「どちらが強いの?」と尋ねると「お父さんです!」と貴敏君が即答。お父さんがパートナーだったので、安心感があったそうだ。にこにこと息子を見つめる貴浩さんの隣で、貴敏君は、「少年少女の大会のときのほうが緊張したけど、今日もとてもビクビクして打ってました。そんなにうまく打てなかったけど、優勝できてとてもうれしいです」と、本当にうれしそうな笑顔だった。



大会最終日は、「国際アマチュア・ペア碁選手権大会」の4回戦、優勝決定戦を含む5回戦、「松田杯 世界学生ペア碁選手権大会」の優勝決定戦を含む4回戦、プロ棋士による「シャッフルペア碁対局」と「プロ棋士ペア碁選手権2025」の決勝戦が行われた。
改めて紹介すると、会場は大阪・関西万博内のEXPOメッセ「WASSE」。この大会場の主に半分を使って、今回の「ペア碁ワールドフェスティバル2025」が進行され、隣のスペースでは「世界遊び・学びサミット」という大きなイベントの様々な催しが進行していた。世界各国の音楽や踊りが披露される場面もあり、一力遼棋聖は「対局の空き時間に鑑賞していた」という。太鼓の演奏など、隣のスペースが大音響の時間帯は、「ペア碁ワールドフェスティバル」は休憩になるよう、スケジュールは緻密に計画されていた。
普段の囲碁の大会は、静寂の中で行われる。今回の賑わいの中の対局は、経験の少ない選手も多かったかもしれない。ただ、「ちょっとうるさかった」と笑いながら話していた選手はいたものの、「相手ペアも同じ条件ですから」という選手や、「対局が始まれば、周囲の音は全く気にならなかった」という選手がほとんど。「逆に、お祭り感があって、気分が高揚しました」という声も多く聞かれた。
さて、三大会の優勝が決まる高揚した雰囲気の中、大人気の大会「荒木杯ハンデ戦」も併催された。一般公募による自由参加で、70ペア140名が参加。世界最大のアマチュアを対象としたペア碁ハンデ戦でもある。今回は、前日に行われた「世界ペア碁公式ハンデ戦」、「U-15 世界ジュニアペア碁選手権大会」に出場した16ペアも参加し、国際色にもあふれていた。
今年も、ペアの実力(ペアポイント)別に、A・B・Cブロックに分かれ、4回戦まで打ち、スイス方式で順位が決定された。毎年恒例の、世界的デザイナー、コシノジュンコ氏を審査委員長にお招きした「ベストドレッサー賞」を意識して、衣裳も鮮やか。会場は、前日とはまた違った華やいだ熱気に包まれた。

9時45分に開会式がスタート。まず、主催者を代表して、公益財団法人日本ペア碁協会筆頭副理事長の滝裕子が登壇した。
「ペア碁は1990年に囲碁普及のために、もっと多くの皆さんに世界中の方に楽しんでいただきたいと創案されましたが、その中でも、ハンデ戦はより身近な存在として親しまれてきました。弱くても強い人と組めば勝てる。こんな素晴らしいことはないと思います。また、パートナーと喜び合える醍醐味を感じることができるのもハンデ戦だと思います。もっともっと多くの世界中の人たちに親しんでいただいて、囲碁という人間の叡智が考え出した最高のゲームをもっとポピュラーな身近なものにしていきたいと、これからもがんばりたいと思います」とあいさつし、ベストドレッサー賞の審査委員長であるコシノジュンコ氏が紹介された。
初日に続き、改めて審判長の24世本因坊秀芳―石田芳夫九段、審判のマイケル レドモンド九段、吉田美香八段、アンティ トルマネン初段が紹介され、レドモンド九段から日本語と英語で競技説明があった後、改めてコシノジュンコ氏が紹介された。

コシノ氏は、2012年に行われた第23回国際アマチュア・ペア碁選手権大会からベストドレッサー賞の審査委員長をつとめていただいている。2017年には文化功労者に選ばれ、2021年5月にはフランスと日本の文化交流に大きく貢献された功績により、フランスで最も権威のある国家勲章、シュバリエを受章された。今回の万博のシニアアドバイザーも務められていた。そして、囲碁ファンにとって興味深く何よりうれしいのは、数年前から囲碁を始められ、すっかり囲碁の虜になられているということだ。「NHK囲碁フォーカス」では、藤沢一就八段をはじめ、藤沢一就一門の皆さんから囲碁を習っている様子が特集されたこともある。
黒と白の2色でデザインされた衣裳のコシノ氏が登壇され「皆様おはようございます。コシノジュンコでございます。私は万博のシニアアドバイザーをやっておりまして、万博を日本に誘致するときからの委員でございます。今回、初めて囲碁の大会が万博会場で行われるということは意義深く、この世界的な競技が行われますことは大変万博にふさわしいことだと思います。また、この大会は、ただ打つだけでなく、ペアがどれだけ美しいかということも一つのスタイルだと思います。今回もベストドレッサー賞の審査委員長をやらせていただきますけれども、思い切って、この万博で楽しくペア碁を打ってください。今日は楽しみましょう」とあいさつされた。

10時15分、1回戦がスタートした。
10時30分からは「プロ棋士ペア碁選手権」で敗れたペアたちによる、贅沢なシャッフルペア碁がスタートし、11時からは「国際アマチュア・ペア碁選手権大会」と「松田杯 世界学生ペア碁選手権大会」の4回戦もスタート。会場は、4大会の出場選手たちで埋め尽くされた。
前日「世界ペア碁公式ハンデ戦」に出場した、セルビアのイヴァナ ストヤノヴィッチ・ルカ ストヤノヴィッチペアは、荒木杯のBクラスに参戦していた。お二人は兄妹で、共に初段。「セルビアには1960年から囲碁協会があり、そこに集まったり、ネットで打ったりしています」とお兄さんのルカさん。囲碁は盛んですか?と尋ねると「セルビアで囲碁を打つ人は、数百人程度です」とのお返事だった。兄妹なので気が合いますか?と尋ねると、「いえ、棋風は違う」とお二人は大笑い。イヴァナさんが「私は平和。兄は戦いが好き」と笑いながら教えてくれた。
ハンガリーのソーニャ エヴァ ミシュコルツィ・ドモンコス アルブレヒトペアも、「世界ペア碁公式ハンデ戦」出場に次いでの参戦だった。「昨日は2勝1敗でした」とアルブレヒトさん。「とても楽しみました。結果に関係なく」とミシュコルツィさん。この日も、アルブレヒトさんは、対局中に手書きの棋譜をつけたり、ミシュコルツィさんは終局図を写真に撮ったりと熱心な様子。終局するや、アルブレヒトさんはオーバーアクションで頭を抱えていたが、負けたことも楽しんでいるように見受けられた。「棋譜をつけていたのは、ただ、思い出のためにです」とアルブレヒトさん。ミシュコルツィさんは「私が終局図を撮っていたのも思い出のため。それと、ハンガリーに帰ったあと、記事を書くので、そのために記録しました」とのことだ。「私は若いころはたくさん打っていました。しばらく打たなかったのですが、子供たちが大人になったので、また楽しむようになりました。この大会はソーワンダフル。とても素晴らしいイベントで、参加するだけで、とても楽しい。ペア碁は普段の囲碁とも違って、それも楽しい。運営する人たちに感謝しています」と終始笑顔で話してくださり、取材を終えると、相手ペアと記念写真を何枚も撮影していた。

昼食休憩の頃、会場には大阪府の吉村洋文知事が訪れた。4つの大会が併催され、世界中から選手が集まり、300名以上がお洒落をして碁盤に向かって真剣勝負を繰り広げている光景に目をみはられ、「囲碁の万博のようですね」と話されたそうだ。その後、一力遼棋聖、井山裕太王座、芝野虎丸十段、張栩九段、藤沢里菜女流本因坊らと和やかに歓談し、登壇して次のように挨拶をいただいた。
吉村洋文氏のごあいさつ
(大阪府知事)
大阪府知事の吉村です。
ペア碁、初めて観させてもらいました。いろいろ話をお聞きしていたんですけれども、いや本当に面白いな、そして万博のテーマとすごく合うなと思いました。
先ほどプロ棋士のペアの皆さんとお話をしていたんですけど、「ペア碁の魅力って何ですか、一人で打つ時との違いって何ですか?」ということを伺うと、まず相談できないですから、不確実性があって自分の選択と思っていたところが違うこともあったりする。でもそこから新しいことを作り上げて、いろんな戦略を見ていって、助け合って進めていく。これはまさに万博のテーマそのものだなという風に思います。
多くの皆さんがこうやってペア碁を万博会場で楽しんでくれていることを本当に嬉しいなと思います。
ペア碁は今、世界中に広がっていると聞いています。また、いろんな民族衣装コンテストもあるということですから、今回の万博を通じて、ペア碁を通じて、世界の皆さん、色々な国の皆さん、囲碁という世界の中で、より輪が広がればいいなと思います。
この大屋根リングぐらい大きな輪がこのペア碁に広がればいいなと思います。
今日は皆さんありがとうございます。また、万博を楽しんでいってください。


決勝戦に残らなかった棋士は、アマチュアファンにサインや記念写真を求められていた。
「松田杯 世界学生ペア碁選手権大会」で優勝した李 錦澎さんも、井山裕太王座を見かけると駆け寄り記念写真。優勝時とはまた違うあどけない笑顔で井山王座の横に並んでいた。
荒木杯は、14時から3回戦がスタートした。Aクラスは、「U—15 世界ジュニアペア碁選手権大会」出場の、小泉里彩子・桑原多喜ペア、中国代表の徐 亦辰・刘一帆ペアが、前日の疲れも見せず活躍していた。小泉・桑原ペアは、この大会に向けて「少し練習した」と桑原君。「相性はまあまあです」と小泉さん。その成果が一局打つごとに強くなっていったのだろう。3回戦も白星だった。
Cクラスには、トルコのメルヴェ ギュルジャン・アフメト ケレム エルチェティンペアが参戦していた。お二人はともに10級だ。ギュルジャンさんは、「囲碁をはじめたのは13年くらい前ですけれど、ときどき休んでいて」とはにかみ、エルチェティンさんは「だいたい4年前から囲碁をはじめた」そうだ。トルコの囲碁事情と普段の勉強方法を伺うと、「私はそんなにたくさんは対局していないです。イスタンブールは囲碁がさかんで、月に2回大会があって、たまに参加しています」とエルチェティンさん。ギュルジャンさんは「イスタンブールに、囲碁を打てるカフェが二つあって、そこにときどき行ってます」とのこと。お二人は、「4カ月前にトルコの囲碁大会で知り合い、ペア碁の大会に出場したら代表に選ばれて、とても驚いています」。お二人とも日本に来るのは初めてで、エルチェティンさんは「私はトルコを出たのも初めて。初めて飛行機に乗りました」と笑った。そして二人そろって「すばらしい大会。参加できて本当にとてもうれしい」と話してくださった。
3大会の優勝ペアが決まり、全対局を打ち終えたペアは、万博に散策に出かけたり、声を掛け合って練習対局を楽しんだり。また、プロ棋士と記念撮影をするペアも、他の大会の選手に声をかけて、記念撮影を取る光景も数えきれないほどあちらこちらで見られ、盤外の交流も賑やか。「ワールドフェスティバル」ならではの温かい交流が広がっていた。
最後まで残った荒木杯の4回戦の中、サブステージでは、16時からお楽しみ抽選会に続いて、「第34回国際アマチュア・ペア碁選手権大会」と「松田杯 第9回世界学生ペア碁選手権大会」の2位と3位の表彰式も行われた。
荒木杯のAクラスは、4回戦で、3連勝ペア同士の対戦が2局組まれた。
一局は、小泉・桑原ペア対徐・刘ペアの「U-15」同士の対決となった。小泉・桑原ペアは、「昨日の大会では当たらなかったので楽しみ」と臨んだが、無念の惜敗。局後、言葉が出ず、「悔しい?」と尋ねるとゆっくり頷いていた。
もう一局は、マイケル・レドモンド九段が見守る中、神戸 弥帆・石村 竜青ペアが相手の時間切れで勝利した。形勢も神戸・石村ペアがリードしていたようだ。レドモンド九段は「相手ペアが投了した雰囲気もある」と感想を口にされていた。神戸さんは鳥取県の碁会所で囲碁を覚え、「学生時代は4年間大阪に住んでいました。石村さんとは学生時代からの顔見知りです。石村さんと大会に参加するのは初めてだったので、初めて優勝することができたのは、非常にうれしく思います。今は二人とも東京に住んでいますが、今回、二人で大阪に来られたのもよかったです」と満面の笑み。石村さんも「ペア碁の練習は、二人でけっこう月に何回かしていたので、結果が出てうれしいです」と笑顔だった。月に何回も練習……ということは、当然作戦も立てられてきたのかなと思いきや、「打ち合わせしてるつもりなんですけど、いつもそんなにうまくいってなくて」と神戸さん。「布石も全然決めてないです」と石村さん。では、心を通じ合わせる練習だった?と尋ねると「そんな感じ」と笑っていた。4連勝できると思っていましたか?の問いに、神戸さんは「はい。思ってました」と即答。すると石村さんが「え? 思ってたの? いや僕は3勝くらいできたらいいなと思ってました」。ここでも二人は楽しそうに笑い合っていた。そして、お二人は、「今回は、プロ棋士の大会もありましたし、ふだん囲碁を知らない方も会場に見にこられていて、そういうところもすごくよかったと思います」と大会の感想を話してくださった。
Aクラスは、スイス方式の結果、神戸・石村ペアが優勝となった。4連勝しながら優勝できなかった不運の中国ペアの劉君は、隠れるように壁際に行きこっそり泣いていた。

17時からはサブステージにて、再びお楽しみ抽選会。続いて、「荒木杯ハンデ戦」、「U-15 世界ジュニアペア碁選手権大会」、「第2回 世界ペア碁公式ハンデ戦」の2位と3位の表彰式が行われた。
そして、熱い熱い3日間の幕を下ろすときがやってきた。
18時15分から、メインステージにて表彰式と閉会式がスタートした。まず、大会主催者を代表し、大会実行委員長の日本ペア碁協会筆頭副理事長の滝裕子、理事長の松浦晃一郎が登壇。あいさつを抜粋してご紹介しよう。
滝「皆様おつかれさまでした。でも、楽しいペア碁を何回も何回も打たれて、きっと今はすっきりとなさっておられるのではないかと思います。このように素晴らしい会場…万博会場で様々なトーナメントができたことを、私は本当にうれしく存じます。1990年に滝久雄が創案しましたペア碁でございますが、今78カ国・地域の皆様がペア碁を愛してくださって、世界ペア碁協会に加盟してくださっています。そして今日は35カ国・地域のペア碁フェローが集まってくださっています。これは本当に夢のようなうれしいうれしいことでございます。まず、「世界遊び・学びサミット」をプロデュースしてくださった中島さち子様、それから、スポンサーの皆様、そしてここに携わってくださった参加してくださっているのプロ棋士の皆様、世界からお越しいただいた皆様、本当にありがとうございました。今回はプロ棋士ペア碁選手権を初めてアマチュアの大会と一緒に行いました。第一線のプロの皆さんが真剣にペア碁を打ってくださっている姿を見て、皆さん一人一人がいろいろな感慨をお持ちになったと思います。本当にありがとうござました。ペア碁は、進化します。昨年日本棋院が100周年を迎えましたが、囲碁という真髄、精神を決してはずすことなく、ペア碁も進化して、これからも囲碁ファンの皆さんに応えていき、そして囲碁ファンを一人でも多く世界中に広めようと思いました。どうぞ進化するペア碁を見てください。今日は本当にありがとうございました」
松浦「まず今日までの滝ご夫妻のご努力に感謝したいと思います。ただ、世界的にはまだペア碁が広がる余地があると思います。日本国内で広めると共に、世界に広まり、いろいろな国から参加していただけることを期待しています。来年は名古屋でアジアの競技大会が開かれますが、ここで公認文化プログラムとして、ペア碁も参加させていただきます。是非ご参加いただきたいと思います。本当に大勢の方にご参加いただき、ありがとうございました」



続いて、ご来賓の衆議院議員、公益財団法人日本スポーツ協会会長の遠藤利明氏のごあいさつもご紹介する。
「まずは、『ペア碁ワールドフェスティバル2025』のご盛会、お祝い申し上げます。こんなに素晴らしい選手が出ているのかと改めて敬服いたしました。1990年から35年の歴史、そして、世界78カ国・地域に普及しているということでありますから、素晴らしい広がりを持ったこのペア碁を、滝ご夫妻をはじめ皆様方が努力されて、素晴らしい成果をえられたということに改めて敬意を表したいと思います。さきほど、民族衣裳でくるんだよ、コシノジュンコさんが審査するんだよと伺いまして、カラフルで楽しい大会にもなっているかなあと思っています。以前、広州で開催したアジア競技大会にペア碁が採用されました。来年の名古屋の大会ではペア碁が公認文化プログラムになったのですが、改めてお祝い申し上げたいと思います。スポーツというとこれまでは汗をかくものでしたが、頭を使うマインドスポーツ……実は世界にスポーツアコードという大会があります。その中には例えばチェスがあります。そういう大会があります。マインドスポーツ。これをどうやってこれから育てていくか。これが私たちスポーツ界の一つのテーマだと思っています。国体……今は国民スポーツ大会といいますが、この大会にもっと大勢の方にご参加いただいて楽しくするためには、こうしたマインドスポーツをぜひ採用したいなあと、そんな気持ちになっております。このような大勢の皆様の努力によって素晴らしい大会ができたわけであります。これからもなお一層、78カ国・地域をさらに100カ国、200カ国と素晴らしい広がりのもとに、発展されますことを祈念いたしまして、お祝いの言葉とさせていただきます。どうもおめでとうございました」

続いて、ご協賛いただいた各社と文部科学大臣のあべ俊子氏からの祝辞が紹介され、各国際大会の優勝ペアとプロ棋士ペア碁選手権の優勝ペアの表彰式がとり行われた。それぞれの優勝ペアが壇上に上がるたびに、会場からは暖かい万雷の拍手が贈られた。
続いて、コシノジュンコ氏から「ベストドレッサー賞」が発表。一組ずつ名前を呼ばれるたびに歓声や笑い声があがり、会場は暖かい空気でいっぱいになった。
最後に司会の方の言葉を紹介して、レポートを締めくくることにする。
「これからも、ペア碁の精神を力強く発進し、ペア碁を通じた国際親善を続けていきたいと思います。また皆様とお会いできることを楽しみに、ペア碁ワールドフェスティバル2025を終了させていただきます」
