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大会レポート

プロ棋士ペア碁選手権2025

 日本のトップ棋士たちが万博会場で、高揚感いっぱいに、華やかに戦った--「プロ棋士ペア碁選手権2025」が8月9日(土)、10日(日)、世界各地からの来場者でにぎわう大阪・関西万博会場で開かれた。スター棋士のペア8組16人が真っ赤なカーペットの敷かれた対局場で華麗に競い合う。万博を舞台に7つものペア碁競技を1会場で同時進行させるビッグイベント「ペア碁ワールドフェスティバル2025」のなかでもひときわ注目を浴びる競技となった。他のペア碁競技に出場する世界各地のペア碁愛好家や日本の囲碁ファンはもちろんのこと、万博会場を訪れた囲碁を知らない一般の来場客が、真剣に戦う棋士たちの姿に魅せられた。文字通りの“フェスティバル”というにぎわいに、出場棋士たちの気持ちも高ぶった。前日の開会式なども含め、盛大に開かれた3日間の大会の模様をレポートする。

 競技方式は8ペアによるトーナメント(1回戦、準決勝、決勝)。出場選手はトーナメントの左側から順に、上野愛咲美(女流名人・女流立葵杯)・芝野虎丸十段ペア、鈴木歩七段・井山裕太(王座・碁聖)ペア、上野梨紗(女流棋聖・扇興杯)・佐田篤史七段ペア、岩田紗絵加二段・富士田明彦八段ペア、藤沢里菜女流本因坊・張栩九段ペア、謝依旻七段・一力遼(棋聖・名人・天元・本因坊)ペア、牛栄子四段・余世麒八段ペア、向井千瑛六段・許家元九段ペア(タイトル、段位は大会時のもの。タイトルを複数保持する棋士については、以降は序列の高いタイトルのみを表記する)。

 現地での大盤解説会はないが、ユーチューブ動画配信で熱戦の模様を伝えた(9日は解説・山田規三生九段、聞き手・大森らん二段、10日は解説・村川大介九段、聞き手・高山邊楓実初段)。10日は横浜でサテライト解説会も開かれた。

〈 万博一一夢の舞台での開催 〉開会式

 プロ棋士ペア碁選手権に出場する棋士たちは8日午後、大阪市内のホテルからマイクロバスに乗り込み、途中、一度バスを降りて手荷物検査を済ませた後、ペア碁大会開催の会場であるEXPOメッセ「WASSE」に向かった(数人の大阪在住選手は直接自宅から)。大阪・関西万博のひとつの象徴ともいえる壮大な木造建築「大屋根リング」が近づくにつれ、棋士から歓喜の声があがる。そして「WASSE」に到着すると、会場はすでに世界各国・地域から訪れたアマチュア選手たちでにぎわっていた。「WASSE」は大屋根リングの外周に隣接する位置にあり、リング内のパビリオンでは大人気のイタリア館に近い。万博の一般来場客の目に留まりやすく、暑さや風雨(期間中は悪天候の時間帯もあった)をしのぐために立ち寄りやすい場所でもあるため、囲碁を知らないひとたちにアピールする意味でも格好の場所だった。

 開会式はプロ棋士ペア碁選手権単独のものではなく、ペア碁ワールドフェスティバル全体のもの。冒頭、大会実行委員長である滝裕子・日本ペア碁協会筆頭副理事長が「このような華やかなすばらしい場所でペア碁の大会ができることは、夢にも見たことがございません。ペア碁の歴史に残る大会にしたい」と語った。6月に就任したばかりのJOC(日本オリンピック委員会)の橋本聖子・新会長からは重大発表があった。来年、愛知・名古屋で開催されるスポーツの「第20回アジア競技大会」においてペア碁が公認文化プログラムとして認定され、名古屋で大会を開くという。もしかしたら今回のフェスのために用意していたサプライズだったかもしれない。具体的にペア碁のどの競技が行われるかまでの言及はなかったが、メダルが授与されることも決まっているという。

 出場棋士たちはそれぞれ、壇上で紹介され、その後、アマチュア大会出場の選手たちと記念撮影した。総勢で200人近かっただろうか。プロもアマも全員が主役。この一体感は、これまでのプロ棋士ペア碁選手権にない雰囲気だった。記念撮影のあとはペア碁国際親善対局が行われ、プロ棋士たちは海外のアマチュアプレーヤーらとペアを組んで対局を楽しんだ。

〈 ハンマーは持ち込めない?/ 江戸のかたきは大阪で 〉選手コメント

 親善対局が終わると、棋士たちは大阪市内のホテルへ移動して、関係者のみの宴席に参加した。翌日の1回戦で対局するペア2組4人ごとに紹介され、出場への思いや抱負を語ったが、特別な会場での開催にすでに高揚感いっぱいだったのだろう。選手たちの口はとてもなめらかだった。大阪・関西万博を初めて訪れるという選手がほとんどで、6月の本因坊戦のときに来てこれが2回目という一力棋聖も「きょうの開会式は非常に熱気があった。海外からもたくさん訪れていて以前よりもさらに熱気を感じた。こういった場所で大会に出場できるのはうれしい」と語る。

 1回戦への意気込みで特に秀逸だったのは鈴木七段と富士田八段だ。鈴木七段は井山王座と組んで前回優勝の上野(愛)・芝野ペアと対戦する。上野(愛)女流名人の代名詞ともいえる「ハンマー」に言及した鈴木七段は「恐ろしいイメージしかないが、万博会場は手荷物検査があって凶器は持ち込めない。明日はハンマーをおいてきてくれるんじゃないかと思う。井山さんと力を合わせてやっつけたい」。富士田八段は前日の7日、東京で佐田七段との公式戦で敗れた。ペア碁の1回戦の相手が佐田七段のペアである。「昨日負けて、いま失意のどん底にいる。でもまさかこんなに早くリベンジの機会が訪れるとは。私のために用意された舞台かなと思ってるので、江戸のかたきは大阪で。明日はがんばりたい」。

〈 勝因と敗因 / 歴史的迷局 〉1回戦

 9日午前、プロ棋士8組16人による1回戦全4局が始まった。この日の衣装はベストドレッサー賞(審査委員長は世界的デザイナーのコシノジュンコさん)の対象になるとあって、みなおしゃれに着飾っている。対局前の写真撮影タイムでひときわ大きな歓声があがったのが謝・一力ペア。おそろいの麦わら色のカンカン帽が黄色で合わせた洋服にとてもマッチしていた。一力棋聖が大会のために購入したそうだが、帽子まで用意していたのはこのペアだけだった。

 1回戦を派手な碁で勝ち上がったのが、その謝・一力ペアと戦った藤沢・張ペアだった。A図、▲(最終手)とツイで右辺一帯の巨大な白石を見事に召し取った(黒中押し勝ち)。張九段と息を合わせての豪快な勝利に、藤沢女流本因坊は「たまたまうまくいきました」と笑顔。本気で取り掛けに行ったのは藤沢女流本因坊のほうだったらしく、張九段は「もしかしたら行くかなと。私は取りに行くのはこわかったけど、(藤沢)里菜さんが行くならそれに付き合うしかない」。藤沢女流本因坊は読みの訓練のために張九段の創作詰碁を何問も解いてきたそうで「その成果が出ました」と勝因を語った。一方の謝・一力ペアは好局を落とす残念な結果になったが、残念と言えば、せっかくのカンカン帽をかぶらず対局していた。「かぶろうかと、ちょっと思ったんですけど」と一力棋聖。フェスティバルとはいえ、相手に失礼になるという考え方もないわけではないから踏み切れなかったのかもしれない。「かぶっていたら、もっとテンション高く戦えたかも」と謝七段。なるほど、これが敗因に違いない。

A 図

 ペア碁ワールドフェスティバルは「世界遊び・学びサミット」というイベントのひとつとして開催された。広いEXPOメッセ「WASSE」のほぼ半分のスペースでペア碁の各大会が開かれ、残りのスペースでは別のイベントで音楽が鳴り響くこともある。常日頃、静寂のなかで勝負するプロ棋士たちにとっては異次元の対局環境だ。そんな慣れない環境と、対局時のちょっとしたハプニングに冷静さを欠いたまま対局に臨んだのが岩田・富士田ペアだった。ニギリで先番となったため岩田二段が初手を打つことになったが、誰が打つ番かをライトの光で教えてくれる「手番くん」が不調だったという。しかも対局開始時の会場は音楽が響いていた。岩田・富士田ペアの感想を聞きながら序盤の着手を追うと(本人たちには失礼だが)最高におもしろい。B図、対戦相手は上野(梨)・佐田ペア。

 岩田「動揺してしまって、私がまず初手で。黒番ならaの星に打つ作戦を決めていたのに黒1の小目に打ってしまった」

 富士田「思わず『えっ』って声が出そうになった。あの作戦会議はなんだったのかと(笑)。もし白2を右下に打たれていたら、準備していた布陣にならない」

 岩田「構えとしては黒1、3、5になったのでよかったけど(予定していたのは黒a、13、9の向きの構え)、白2で右下に打たれたらすべてが台無し(笑)」

 富士田「そのあと僕がひどかった」

 岩田「(富士田八段の打った)黒15のハネに動揺しました」

 富士田「相手が2連星の布石でくる想定で練習していたので、僕の脳内では白2がbの位置にあった。2連星だとシチョウが悪いので黒17に切れないんです。ふわふわした状態で始まっちゃって、シチョウも読めなかった。岩田さんが黒17に切って、初めて白2の位置をちゃんと確認したんです。あれっ、シチョウいいじゃんって」

 プロ棋士ペア碁選手権の長い歴史でも指折りの“迷局”に違いない。結果的に序盤は大過なく乗り越えたが1回戦突破はならなかった。結果は上野(梨)・佐田ペアの白番2目半勝ち。

B 図

 ほか2局の結果は、鈴木・井山ペアが上野(愛)・芝野ペアに白番中押し勝ち、向井・許ペアが牛・余ペアに白番中押し勝ち。敗れた2ペアに話を聞いた。

 上野(愛)・芝野ペアからはパートナー間のスタイルの違いに関する深い話が聞けた。比較的早い段階で打ちづらい形勢となって、流れを取り戻せず終わった一局。「まず2人とも序盤があんまり得意じゃない。形勢は悪くなるから、そこでいかに一番難しく打つかっていうのを話し合っておかないといけなかった」と上野(愛)女流名人。不思議な敗因分析だが、芝野十段が「形勢が悪い時の戦略がちょっと違うんです」と解説してくれた。芝野十段は形勢が悪くなっても焦らず、じっと追走しながらチャンスを待つタイプで、一方の上野(愛)女流名人は積極的に逆転を狙うタイプ。たしかにこれは事前にすり合わせが必要だったかもしれない。対局前に縄跳びを777回跳ぶのをルーチンにしている上野(愛)女流名人は今回、縄跳びではなく、詰碁を777問解いてこの1回戦に臨んでいた。「詰碁の成果って2週間後ぐらいに出るので、とりあえず気持ちの問題だったんですけど」と上野(愛)女流名人。連覇を逃す悔しい初戦敗退だった。

 この鈴木・井山ペアと上野愛・芝野ペアの対戦は、局後の4人による検討の様子もファンの目を大いに引きつけた。まさに『ペア碁は勝つと嬉しさ二倍、負けても悔しさ半分』の言葉そのままの光景で、敗れた上野(愛)・芝野ペアの表情も明るい。上野(愛)女流名人の明るい性格が多分に関係していそうだが、負けて悔しがっているひとなどいないかのように、4人は楽し気に検討を続けていた。

 牛四段と余八段は3大会連続のペア。パートナーを指名できるわけではなく、抽選で決まるのですごい偶然があるものだ。前日には「嫌われないよう頑張りたい」(牛四段)、「足を引っ張らないように頑張りたい」(余八段)と語っていた。対局後も「僕が手順を間違えて3目のペナルティを受けた。申し訳ない」(余八段)、「私が重大なミスをしてしまって。申し訳ないです」(牛四段)。負けはしたものの好勝負を続けていたようで、「ずっと熱戦だったので打っていて楽しかった」と牛四段。余八段も「ペアを組むのが3回目なので、ある程度は牛さんの打ち筋をわかるようになった。けっこう打ちやすかった」と語っていたから、これはもう4大会連続を期待したくなる。

〈 毒舌はやさしさ? 〉準決勝

 9日午後の準決勝の結果は、上野(梨)・佐田ペアが鈴木・井山ペアを激闘のすえに破り(白番半目勝ち)、向井・許ペアは藤沢・張ペアに競り勝って(黒番中押し勝ち)それぞれ10日午後の決勝に進出した。

 4ペアの局後の感想でもっとも印象深かったのが敗退した鈴木・井山ペアだ。同年代や後輩たちに毒舌をはくことで知られる井山王座が言葉のパフォーマンスで取材陣を笑わせた。

 鈴木・井山ペアの対戦相手には、井山王座へのあこがれを公言してやまない佐田七段がいた。だからこそ井山王座は手厳しい。「途中、佐田さんがちょっと少し隙を見せた手を打ってきたとき、(鈴木)歩さんの返しがすごく厳しくて、相手はもうぜんぜん形になってなかったですね。でもこちらは流れがよすぎて、逆にどう打っていくかが難しくなってしまった」。この「ぜんぜん形になってなかった」のコメントを上野(梨)・佐田ペアに伝えると上野(梨)女流棋聖は悲鳴をあげたが、佐田七段は「大丈夫。それは僕に対して言ってるだけだから」。

 井山王座の毒舌は続き、四冠王の一力棋聖にも向けられた。準決勝の対局中、一力棋聖がユーチューブにゲスト出演して、鈴木・井山ペアの疑問手を指摘していた。その指摘は鈴木七段の着手についてのものだった。それを伝え聞いた鈴木七段が「やばい! 言われたくない!」と声をあげると、井山王座がすかさず「まあ別に、早々と(1回戦で)負けたひとが言ってることやから、気にしなくていい」とフォローを入れる。ペア碁における井山王座の毒舌は、パートナーへのやさしさの裏返しに思えてならないのだが、どうだろうか。

 井山王座は、負けは負けとして受け入れながらも大会を心から楽しんでいるようだった。このとき井山王座は芝野十段を挑戦者に迎えた碁聖防衛戦のさなかにあった。その芝野十段のペアに勝ったことも気分をよくした要因だったかもしれない。

 勝ち上がった2ペアに決勝戦に向けた意気込みなどを聞いた。上野(梨)女流棋聖は「(佐田七段と)ペアを組んで次が3戦目になる。だいぶ慣れてきたので安定感はある」と控えめながら自信をのぞかせ、佐田七段は「せっかくここまでこれましたし、大会に向けての準備からなにから、ほんとに楽しかった。大阪での開催なので(東京からきた上野梨紗さんに)優勝を持ち帰ってもらえるように全力をつくしたい」と語った。向井・許ペアは「のびのび打ちたい。許さんについていけば大丈夫」(向井六段)、「1回戦は息の合わないところもあったが、2回戦はすごくいい感じに打てた。明日も同じように力を出し切りたい」(許九段)と話した。

〈 パートナーを入れ替え 〉シャッフル対局

 10日午前は「シャッフルペア碁対局」があった。決勝に進出できなかった6組12人がペアを解消して、再抽選でパートナーを入れ替えて対戦した。鈴木七段が「きのうまでパートナーだった方(井山王座)と敵になりました」と話していたように、このシャッフル対局は、大会に備えて事前に一緒に練習したり、練習ができなくても布石や衣装の色合わせなどで連絡を取り合ったりした2人が敵同士になることもあるのがおもしろさのひとつだ。新しいペアの構成と対戦カード、結果は以下の通り。

 藤沢・一力ペア-岩田・余ペア(岩田・余ペアの白番中押し勝ち)

 牛・井山ペア-鈴木・富士田ペア(牛・井山ペアの黒番中押し勝ち)

 謝・芝野ペア-上野(愛)・張ペア(上野(愛)・張ペアの黒番中押し勝ち)

 対局前から気合を前面に出していたのが上野(愛)・張ペアだった。張九段が「ハンマーを振り回して大石を取りたい気分」と話すと、上野(愛)女流名人が「狙っていきましょう!」と応じる。対局も序盤から意欲満々で変則的な布石から常に相手の謝・芝野ペアの石を狙い続ける“魅せる碁”を展開。形勢的には苦しい時間帯もあったが、相手にプレッシャーをかけ続けて大熱戦を制した。局後、上野(愛)女流名人は「息が合いすぎててびっくり。楽しい。めっちゃよかったです。(張九段は)合わせるのがうますぎるのかな」と興奮気味。張九段は上野(愛)女流名人の考えている構想や読み筋と合っているか不安を抱えながら打っていたそうだが、「パートナーが選ぶ手が仮にいい手でも、自分の構想と違うことってあるじゃないですか。でもぜんぶ合ってた。のびのび楽しく打てました」と上野(愛)女流名人。

 上野(愛)・張ペアが勝利してしばらくした頃、シャッフルペア碁の対局場に大阪府の吉村洋文知事が法被姿で現れた。「(吉村知事に)ペア碁は楽しいって力説しました」と張九段。「1人で打ってる何倍も楽しい。ちょうどめちゃくちゃ楽しんだあとだったので、ほんとに楽しんですよって伝えられたかな」と上野(愛)女流名人。

 関西棋院所属同士が組んだ岩田・余ペアにとってはうれしい勝利になったに違いない。対戦相手の藤沢・一力ペアは、ただの日本棋院東京本院所属同士ではなく、現在の日本プロ碁界の男女の序列ナンバーワン同士が組んだ最強タッグだ。余八段も屈指のトップ棋士だが、公式戦の対戦成績を見ると、一力棋聖を大の苦手にしている。余八段は対局前に「相手ペアは強敵」とかなり意識していた。苦しい形勢から優勢に転じたあと、藤沢・一力ペアの勝負手をなんとかはね返して勝利をつかんだ。岩田二段はこの勝利をとても喜んでいた。1人で戦う囲碁とペア碁は同じではないが、こういった経験が棋士としての自信につながることはあるかもしれない。

〈 上野(梨)・佐田ペアが優勝 〉決勝

 決勝進出ペアの2組4人の共通点について紹介する。上野(梨)・佐田ペア-向井・許ペアのうち上野(梨)女流棋聖以外の3人が12月24日のクリスマスイブ生まれだった。その情報を教えてくれた上野(梨)女流棋聖は「私も24日生まれですが、月は半分の6月なんです」。誕生日が同じだとペア碁で息を合わせやすいのか、あるいは今大会のラッキーナンバーが「24」なのか。そんな興味もそそられながらの大一番が、10日午後始まった。対局者4人の感想を中心に勝負のポイントを振り返る。

 1図、上野(梨)・佐田ペアの先番。相手ペアの腕力を警戒していたはずなのに佐田七段は黒1へ。おとなしく上辺に受けてもらえるはずもなく、白2の反発から早くも力勝負の碁になりそうな雰囲気だ。「攻めをくらわないように穏やかに打つ方針だったのに、つい挑発的なことをしてしまった」と佐田七段。白10に対して黒11とハネ、白12の切りには黒13といったん撤退するしかない。向井六段は白14、16の時点で「白がペースを握れそう」と感じていた。黒13と打っても完璧に連絡しているわけではなく、白は薄みを狙っている。

1図

 2図、白1と生きて最初の攻防が一段落した。白の生き方がややつらいとの評判で、黒は白を封鎖しながら厚みを築くことに成功。左辺に取り残された▲二子がどうなるかに焦点が移っている。

 黒2とノゾキを利かした上野(梨)女流名人が驚いたのが佐田七段の黒4だった。▲二子を捨ててしまおうという方針で、動画配信では村川九段が黒4を「優雅」と表現していた。佐田七段は「形勢に自信があったので捨てる判断をしたが、ちょっと気前がよすぎたかも」と語る。上野(梨)女流棋聖は「黒4のケイマはさすがに予想外。でも打たれてみたら、たしかに▲二子にこだわらなくてもいいんだと思いました」。白11で左辺の黒に生きはないが、佐田七段はさらに黒12とケイマして様々な味を見る。なるほど、捨てるのと攻められるのは違うわけで、当初の方針通り打っていると言えなくもない。

2図

 3図、白1のサガリに黒2とトンだ手が薄く、向井・許ペアにチャンスが訪れたが、向井六段は堅実な白7のハネを後悔した。白8とハザマを突き、黒aに白b、黒7、白cと出て戦えたという。局後の4人による検討では、黒はあまり抵抗できないという結論だった。「反撃が心配になってしまって選べなかった。あー、でも白8と打てたのか」と向井六段。

3図

 4図、黒4とコスんで黒の優勢がはっきりした。許九段は「白1とトンだ判断がよくなかった」と悔やんだ。右辺でシノギ勝負に出るか、最低でも白aと黒地を削りにいくべきだった。白9まで黒数子を取り込んだ利益も小さくないが、右下から右辺にわたる黒地が巨大すぎる。佐田七段は「黒12のオサエにまわって、形勢に自信を持ちました」。

4図

 5図、本来黒1は先手。しかし負けが確定的な向井・許ペアは、どうぞ手にしてくださいと首を差し出すように白2へ。上野(梨)・佐田ペアにしてみれば、なにもしなくても勝ちとはいえ棋士のプライドが許さない。黒3から13できっちり手にして勝ちきった。黒aの差し込みがあるため、白が左辺の黒を取りにいくことはできない。黒中押し勝ち。許九段は「4図の白1とトンでしまって、向井さんに申し訳ない」。向井六段は「その前に私も後悔する手をたくさん打ってしまった。でもこういうすてきな舞台で決勝まで戦えた。これからの人生のなかでもないことだと思う」。

5図

〈 優勝&ベストドレッサー賞、ダブルの喜び 〉

 上野(梨)女流棋聖は初出場で優勝、佐田七段は2022年大会で奥田あや四段と組んで優勝しており、出場3回で2度も優勝したことになる。動画配信で語った2人のコメントはユーモアあふれるものだった。

 佐田七段は「1回戦から決勝までの3局、正直順調だった碁はなくて、2人がかりで難しく転げ落ちてみたりとか、自分たちなりに頑張って粘ってみたりとか、いろんな碁があったんですけど、決勝は3局のなかでは一番のびのびと打てて、いい結果になってよかった。僕は個人戦での優勝経験がない。ペア碁できょう結果を出させていただいたので、シングルスからペア碁に変更したいぐらい。でもそれは叶わなそうなので、また出場できるようがんばっていきたい」。上野(梨)女流棋聖は「決勝に進むまではとても険しい道のりで、準決勝は半目勝ち、すごい大変な碁でした。きょうは決勝の前からすごいワクワク。楽しみにしていました。佐田七段は冷静な棋風で私が攻めの棋風なので、練習のときに正直ちょっと大丈夫かなと思っていました。なかなか(打ち筋が)合わないところもあったので、それを合わせていくのがちょっと難しくて……。でも打っていってだんだん感じをつかめました」。その後の報道各社からの取材には「佐田先生を信じて最後までがんばることができました」と話していた。

 上野(梨)・佐田ペアの今大会にかける意気込みは服装からも伝わってきた。ベストドレッサー賞の選考対象となる大会1日目だけでなく、決勝のある2日目も色調をそろえていた。1日目で負ければペアは解消されるため、絶対に1日目を勝ち抜くぞとの決意表明だった。

 決意を実らせただけではない。上野(梨)・佐田ペアはプロ棋士ペア碁選手権の優勝だけでなく、ベストドレッサー賞にも選ばれダブルの喜びとなった。閉会式・表彰式に登場したときには、決勝を戦った水色を基調としたおしゃれから、1日目に身に着けていた黒と白を基調にしたおしゃれに着替えていた。

 「ペア碁ワールドフェスティバル2025」の閉会式・表彰式に続いて「世界遊び・学びサミット」のクロージングイベントが開かれると、佐田七段はプロ棋士代表としてひとり舞台に駆け上がり、囲碁と関係のない他ジャンルのひとたちへ向けて「ペア碁、最高でした!」といまの気持ちを伝えた。


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主催

日本ペア碁協会 / ペア碁ワールドフェスティバル2025 大会実行委員会