囲碁界のオールスターゲーム――「プロ棋士ペア碁選手権2024」が、3月17日(日)に、東京都世田谷区の「二子玉川エクセルホテル東急」と「二子玉川ライズ スタジオ&ホール」にて行われた。囲碁ファンにも棋士たちにも人気の本大会は、今年、30周年を迎えた。30年の歳月を懐かしく振り返るファンも多いことだろう。今年は、一力遼棋聖、藤沢里菜女流本因坊ら男女トップ棋士5ペア10名が一堂に会し真剣勝負を繰り広げた。会場には600人を超える囲碁ファンが朝早くから集まり、熱戦に次ぐ熱戦を見守った。ファンにとって夢のような「特別な一日」となった大会のレポートをお届けしよう。
開会式&大盤解説会場の「二子玉川ライズ スタジオ&ホール」の前は、朝から長蛇の列ができていた。9時開場と共に、300ほど用意された席はあっという間に埋まっていく。ファンがこの日を楽しみに待っていたのがわかる。
対局会場は、隣接する「二子玉川エクセルホテル東急」。控室では4組のペアがそれぞれ和やかに作戦会議をしていた。……改めて、今大会の出場ペアをご紹介しよう。
謝依旻(七段)・一力遼(棋聖・本因坊・天元)ペア
上野愛咲美(女流名人・女流立葵杯)・芝野虎丸(名人・十段)ペア
藤沢里菜(女流本因坊)・井山裕太(王座・碁聖)ペア
牛栄子(扇興杯)・余正麒(八段)ペア
男女それぞれタイトルホルダーと賞金ランキング上位の4名が「本戦」にエントリーされた。ペアと対戦の組み合わせは、昨年12月20日に、小林覚日本棋院理事長、池坊雅史関西棋院理事長の立会いのもと、抽選で決定している。
そして、もう1ペアは、昨年優勝の鈴木歩(七段)・山下敬吾(九段)ペア。
今年は、4ペアがトーナメントで「本戦」を戦い、勝者ペアが昨年優勝ペアと「優勝決定戦」を行うという流れ。なので、昨年優勝ペアの姿はまだなかった。
謝七段と一力棋聖は、意外なことに、ペアを組むのは今回が初めてだという。一力棋聖は「初めてですが、息を合わせてやっていきたいと思います!」、謝七段は「私は一力先生を信じて、ついていくだけ」と、控え目ながら自信をのぞかせていた。
上野女流名人と芝野名人も、「そんなには組んでいません」とのこと。相性を尋ねると、「相性自体はそんなに悪くはないと思うんですけど、単純に二人ともペア碁が下手」と芝野名人。自信のほどを尋ねると「自信はないよね」と上野女流名人が即答。なんでも、過去に二人でペアを組んで勝ったことがないのだそうだ。ただし、今回は打ち合わせを「たくさんしました。ふふふ」と上野女流名人。芝野名人も「ほかのペアが強いので、うーん、自信はないですけど、別に勝てないとも思わない、というか」と、微妙ながら、強そうな返答だった。
牛扇興杯と余八段は、昨年に続き2年連続のペアとなった。昨年の「余先生に誘っていただいて、大会の前に練習できたのがとてもうれしかった」という牛扇興杯の言葉が思い出される。「今年は練習してないですけど、昨年の経験があるので」と余八段。「僕が足を引っ張らなければ、大丈夫と思っています」とはにかみ、牛扇興杯も「同じくです。私が足を引っ張らなければ」。口調もパートナーへの気づかいも優しい微笑ましいペアだ。
もう1ペアは、藤沢女流本因坊と井山王座。これまでに「井山先生とは、イベントマッチとか、(敗れた後の)シャッフルペア碁で何度か組ませていただいたことがあります」と笑顔の藤沢女流本因坊。井山王座も笑顔で「いやもうバッチリというか、何とでもしれくれるので、安心感がすごいです」。作戦も「バッチリ決まりました」(井山)、「もう大丈夫です」(藤沢)と、楽しくてたまらない様子だった。
大盤解説を務めたのは羽根直樹九段。優勝予想ペアを尋ねてみると「どこも有力ですね。どのペアが息が合うのか…。棋風も大事になりますから、そのあたりもみんなどうしてくるか…とにかく、今打てている棋士10名ですから、どんな碁ができるのか、楽しみが一番ですね」とのお返事。聞き手を務める吉原由香里六段も「もう、このメンバーが揃っているだけでいいじゃないですか!」と、始まる前から興奮気味だった。
9時半。開会式がスタートした。棋士たちの入場から、会場はファンの拍手に包まれた。
主催者を代表し、公益財団法人日本ペア碁協会筆頭副理事長、世界ペア碁協会副会長、一般社団法人全日本囲碁連合会長の滝裕子氏がごあいさつに立った。
続いて、2弾目となるペア碁の歌『アイオイ』が流れた。作詞:小山薫堂、作曲:北山陽一、竹本健一、編曲:武部聡志、鳥山雄司、アドバイザー:松任谷正隆、歌唱:ペア碁スペラーズという豪華なメンバーによる楽曲だ。タイトルの「アイ」は、パートナー=相手の「相」、「オイ」は「生きる」という意味と「老い」をかけ、共に年取るまで楽しく頑張りましょうという心がこもっている曲だそうだ。会場の空気が、だんだんと温まっていった。
続いて登壇されたのは、大会審判長の二十四世本因坊秀芳こと、石田芳夫九段だ。
「プロ棋士ペア碁選手権がはじまって30年目ですが、30年前は、今回の出場メンバーの内、6人がまだ生まれてないんですよ」と語りかけたところで、会場からドッと笑いが起こる。「やはり、30年というのは歴史を感じますね……。例年16組からスタートするのですが、今年はベスト4からのスタートです。過去にベスト4にタイトルホルダーが全員揃ったことは一回もないんですよ。タイトル保持者といえども、ペア碁は別の要素がありますし、他の12組も非常に強いですからね。今回は特別なことで、上野梨紗女流棋聖を除いて、日本のタイトル保持者が全員揃っています。組み合わせも非常に面白くて……10日前に激闘の棋聖戦七番勝負を終えた一力さんと井山さんは最初から当てないようになっていて(※抽選なので、たまたまです)、井山さんと虎丸名人は、今十段戦を戦っているんですね。名人リーグでは、一力さんと余さんのお二人が4戦全勝で、7月に直接対決が控えている……それぞれいろんな思惑があると思いますけれども、なんたってこれだけのメンバーが揃うのは初めてですから、今日は存分に楽しんでください」
石田九段の楽しいあいさつに、会場の空気がほぐれたところで、いよいよ選手の紹介だ。本戦準決勝を戦う2ペアずつが登壇した。それぞれの決意表明を抜粋してお伝えしよう。
藤沢「今回は井山先生と組ませていただくことができました。なかなか組むことができないお方ですので、一手一手、井山先生の手を吸収したいと思っているので、一局でも多く打てるようにがんばります」
井山「朝早くから多くの皆様にお集まりいただきありがとうございます。また、この素晴らしい大会に今年も出場させていただけて、非常に光栄に思っております。というのは、もちろん半分本音なんですけれども、今回出場されている男性のメンバーたちには最近ひどい目にあわされっぱなしで、今日はあまり来たくなかった(会場から笑い)。ただ、今回は一人で打つわけじゃなくて、藤沢さんという強力なパートナーがついていますので、今日は僕たちの日にしたいと思います」
上野「今回は虎丸先生とペアということで、虎カラーみたいな感じで、黄色と黒で衣裳を合わせてきました(会場から笑いと拍手)。私はペア碁大好きなんですけれども、まだこの選手権では輝かしい成績は収められてなくて、まだかなぁ? という感じなんですけど、でも今回は虎丸先生と組めましたし、練習も作戦会議もしっかりしてきて、あと、強い人にもペア碁の極意を聞いてきまして、それも生かせるようにがんばります」
芝野「このペアは、一見強そうですが(会場から笑い)、実はペア碁選手権での成績が、(ご自分を指して)一番弱い人と、(パートナーを指して)二番目に低い人ということになっておりまして。ただ、マイナス×マイナスはプラスになりますので、なぜ足し算ではなくて掛け算なのかという問題はありますけれど、今日は一生懸命がんばりたいと思います。」
4ペア8名の選手たちは、ファンの温かい拍手に送られながら、対局場へと向かった。
10時15分。石田審判長の開始コールと共に、熱戦の火蓋が切られ、大盤解説もスタートした。一手30秒、1分の考慮時間が1ペアにつき10回という、いわゆる「NHK杯方式」だ。
大盤解説はもちろん、対局場にも自由に入室できるのが、本大会の人気の趣向。トップ棋士たちの息づかいまで聞こえるほど近くで観戦できるのだ。2局の回りには、熱心なファンたちの大きな輪ができあがった。
大盤解説会場も立見のファンが出るほどの盛況ぶりだった。
さて、はじめにお伝えしてしまうと、今大会の特徴は、とにかく対局の内容が濃かったことだろう。選手はAⅠも取り入れ研究熱心なトップ棋士ぞろい。女性棋士の棋力も飛躍的に向上している。改めて「30年」の歴史を感じる。
そんな中、謝・一力ペア対牛・余ペアの対局は、左上が懐かしい定石になった。「昭和の手ですね!」と吉原六段も思わず声をあげる。羽根九段は「最近はAⅠの研究が進んでいますが、皆さんは知らない100点の手を打つより、知っている90点の手を積み上げていくほうがいい碁が打てますよ」とアドバイス。プロでも然り、だそうだ。
だが実戦はその後、左上は瞬く間に険しくなり、コウ争いが始まる展開に。白がコウを解消し、厚い形となるが、羽根九段は「黒も右上の実利が多いので、いい勝負です」。序盤から見応えたっぷりの応酬だ。
その後も、羽根九段の「頑固な手ですね!」、吉原六段の「すごいですね!すごい!すごい!」などなど、大盤解説のお二人の興奮した声からも、白熱した盤上の様子が伝わってきた。
この対局は、じっくりした展開で、細かいながらも白番の牛・余ペアが優勢の状態でヨセに突入した。
対照的に、藤沢・井山ペア対上野・芝野ペアの一局は、賑やかな展開となった。序盤早々、黒番の藤沢・井山ペアが右下の黒を大胆に捨てる作戦に出る。吉原六段は「捨てるんですか!? 初めて見ました! やらかした(失敗してしまった)と思っちゃいますよね?」と驚きの声をあげたほどだ。ちなみに、局後にこの「捨て石作戦」について尋ねてみると、「いやいや、取られただけかもしれないですけど」と井山王座は笑い、「捨て気味に打つのはあるのかなと思って打ってたんですけど」とのことだった。
その後、黒は厚みを生かして中央の白の弱い石を攻める展開となるのだが……「あれ? 白は何か狙ってるんじゃないですか⁉ 生きようとしてる人の打ち方じゃないですよね?」と吉原六段。その数手後には、羽根九段が「ものすごく巧くサバくものですね。(白が)簡単に治まり、左辺にも侵入しました。狙っていくと、形を作れるものですね。ここまで鮮やかにシノぐとは!」と感嘆しきり。
では形勢は白良しかと思いきや、今度は黒が魅せる。羽根九段は「黒のパンチが入りました。二人の息が合った瞬間ですね。藤沢さんと井山さんは楽しく打っている気がします。最高のペア碁の喜びの瞬間ですね」。盤上では華やかなフリカワリもあり、まだ未解決の箇所もあるものの、「黒がよさそうです」との判定が下された。
ところが、対局室に移動してみると、どちらの対局も、盤上で逆転劇が起きていた! 大勢のギャラリーに見守られる中、謝・一力ペアが黒番1目半勝ち、上野・芝野ペアが白番中押し勝ちという結果となった。まずは、終局直後の声をお届けすると……
謝「序盤でちょっと私が変な手を打ってしまって、苦しくなって……中盤もおそらく苦しい場面が多かったと思います」
余「いや、全然……ずっと細かそうだと思ってました。最後に僕が打った手で……正しく打てば、まだちょっと難しかったかもしれません」
牛「序盤は少し白が楽しそうかなと思ってたんですけど、終盤おそらく私が損にした気がして、そこからずっとわからなかったんですけど、気づいたら負けてました(笑)」
一力「基本的には苦しい時間帯が長かったと思うんですけど、ヨセはけっこう難しかったですし、最後に勝ちが分かったのは、本当に小ヨセの段階でした」
藤沢「いい感じだったんですけど、私が変なところ切ってからおかしくなって、コウの対応も誤ってしまい……実戦は切られまくって、逆転になってしまいました」
芝野「自分はコウ材に対して解消して、そのあとの打ち方に全く気づいてなかったんで、上野さんが切ってくれて、それで見えたというところで……この形になれば少しいけそうかな、と」
上野「何も分からなかったです。気づいたときは、虎丸先生がいい感じに打ってくれたので」
井山「うまくいってるかなと思ってたんですけど、最初は。でも一気に険しくなって……ずっと難しい碁かなと思っていたのですが……」
少し時間をおき、改めて4ペアに準決勝戦を振り返っていただいた。
余「序盤から経験のない進行で、中盤あたりは悪くないかなと思ってたんですけど、ヨセのところで、僕のミスで一気に悪くなってしまって、牛さんに申し訳ない気持ちでいっぱいです」
牛「打ったことのない布石からの進行で、終盤までは楽しく打っていたのですが、少し細かいのかなと思っていて、ヨセに入ってから……余先生は優しいのでそう言っていただいてるんですけど、たぶんその前に私の選択がおかしかった気もしまして、そこから細かくなってしまったのだと思います。でも、ずっとわからなかったので(笑)」
お二人は、それでもすぐ笑顔になり……
余「牛さんは本当に強くて、僕より読めるので」
牛「いえいえ。(笑)」
余「本当に勝負所とか全部お任せというか、打ちやすいというか、楽しかったです」
牛「余先生はとてもやさしいですし、対局前にも布石の作戦とかお話を聞いたりして、昨年もお世話になったんですけど、ふだんとは違って、強い先生がペアですので、自分の打ちたい手、打ってみたい手を堂々と打てて楽しかったです」
一力「一局を通して非常に難しい碁だったのですが、なんとか息を合わせて勝つことができてホッとしました」
謝「序盤の私の変な手で形勢を苦しくしてしまったのですが、途中からは一力先生のオーラを感じながら……」
一力「中盤に関しては、一人で打っているような感覚で打てたので、そのあたりは非常にやりやすさを感じました」
謝「そう言っていただけてすごいうれしいので、次もがんばれそうな気がします!」
井山「ずっと難しい内容で、でも、息はピッタリかなと思って打ってたんですけど(笑)。ただ、相手もやっぱり非常にいいコンビでした。でも、楽しく打てたのでよかったかなと思います」
藤沢「序盤から井山先生の発想に感心させられて勉強になりました。途中はすごい息が合っていて、けっこう勝勢だったと思うんですけど、私が何手か失着を打ってしまって逆転負けして申し訳ないです。でも、もう一局打てますので、また楽しみたいと思います」
ペア碁初勝利(!)をあげた上野・芝野ペアは、終局直後に本当にうれしそうに笑っていたのが印象的だ。お二人には、お揃いの衣裳について尋ねてみた。
――石田芳夫九段が「衣裳は愛咲美ちゃんが選んだのかな?」とおっしゃってましたが?
芝野「ああ、あの、一緒にですかね」
上野「(笑)虎丸先生も探してくれました!」
――その気合も実ったのでしょうか?
虎丸「気合というか、思い出づくりだけしようかなと思ったんですけど(笑)。まさか勝てるとは」
上野「本当に。1ミリも思ってなかったです」
昼食休憩に入ると、熱戦を終えたばかりの選手たちは、和やかな表情で談笑。もちろん、話題は、今打ったばかりの対局についてだ。勝っても負けても笑顔で対局を振り返る時間も、ペア碁ならではの光景だ。
13時30分。本戦決勝戦と本戦3位決定戦がスタートした。上野女流名人は、「準決勝戦では研究が生きました。次の対局も研究していることがあるんでけど、今は秘密です」と話していた。果たして決勝戦でも「研究」は生かせるだろうか。
「愛咲美ちゃんと虎丸名人の二人が『研究してきた』と聞くと、もうそれだけでプレッシャーを感じそうですね」と大盤解説会場の吉原六段。「でも、一力棋聖も悠然とされていて、オーラがあって、一手目で投了したくなります」。こんな盤上以外の「強さ」はトップ棋士ならではのものだろう。
盤上も、両ペアの「強さ」が激突した。羽根九段が「この手は、(力の強い)上野さんじゃなくても怒りますよ……ほら、ノータイムで怒ってますよ」と臨場感たっぷりに解説。白番の上野・芝野ペアがややリードを奪うが、黒番の謝・一力ペアも追い上げる。
終盤に入り、上野女流名人が「すごい手」を打ったようだ。謝七段が「三人ともが『え!』と乗り出した」というほどのすごい手だ。大盤解説会場でも、羽根九段が「黒が明らかに形を崩されましたね」、吉原六段が「このツケはさすがの一手でしたね」と感嘆していた。一力棋聖が「白142のツケです」と教えてくれたので、ぜひ皆さんも棋譜でご鑑賞を。
本戦決勝戦は、242手まで打たれ、白番の上野・芝野ペアの中押し勝ちとなった。
惜敗ペアに振り返っていただくと……
一力「序盤、苦しい立ち上がりだったんですけど、途中はけっこう難しくなって、いけてそうかなと思っていた時期もあったんですけど、うーん、そうですね……僕の方がいろいろもう少しよくする図がありそうだったので、ちょっとそのあたりは申し訳なかったかなというのがあります」
謝「全然そんなことないです。たぶん序盤に私が苦しくしてしまって、途中、私たちから見て右辺のあたりで切ってからちょっと難しくなったのかな。でも後半も難しすぎて、全然わかってなくて。もしかしたらけっこういい勝負になってたかもしれないんですけど…」
いかに難戦だったかは、勝者ペアの感想からも伺えた。
芝野「序盤はけっこう有利な場面が長かったような気がするんですけど、うーん、中盤あたりで白石が切れてしまったあたりから、少し流れが悪かったかなと思います。最後もよくわかってなかったですけど、黒から見て左上でコウになったあたりで、少しいけてるかなという感じでしたね」
上野「序盤はいい感じだったんですけど、私がだんだんやり損なって。中盤のあたりも、はっきり変な手を打って、まずいなと思ったんですけど。最後はずっと細かくて、コウを解消して黒が危なかったので、形勢いいなと思いました」
ところで、芝野名人は、この日の前日に中国の上海から帰国したばかり。さらに、この日の翌日に再び上海に向かうというハードスケジュールだった。「疲れは…大丈夫ですか?」と尋ねると、「大丈夫…ではない(笑)ですけど、一応、思ったよりは耐えてます。このあとが大変で、まだ大変の途中までしかきていない(笑)。でも、このあともしっかりがんばりたいです」とのお返事だった。その言葉どおり、上海での世界戦「春蘭杯」で強豪を次々倒してベスト4に進まれた。年末に予定されている準決勝にもご注目を!
3位決定戦も、熱戦だった。
吉原六段は、井山王座の「強さ」を紹介。「以前に井山先生とペアを組ませていただいたことがあるんですけど、私には『何も手がない』としか見えない隅を一生懸命考えていらっしゃる。見えている世界が全然違うんだなぁということを体感したことがあります」
盤上は二転三転。黒番の牛・余ペアが逆転し、白が苦しい時間が続いたようだ。羽根九段も「白が左上のコウをがんばるのは非常事態。形勢が悪いと見ていそうですね。白はコウに勝って下辺に回りたいのですが……黒が順調な気がします」
だが、この碁も、終盤に逆転劇が待っていた。308手に及んだ熱戦は、白番の藤沢・井山ペアが2目半勝ちを収めた。序盤からの熱戦ぶりを対局者のコメントを通してお伝えしよう。
余「序盤ははっきりダメで、相当苦しかったんですけど、一度形勢が難しくなったかなと思っていました。最後、コウが続いていて、非常に難しい碁でした」
牛「布石ははっきり…もう負けまであるかな、というふうな感じだったんですけど、そこから戦いが続いて、気づいたらいい勝負の戦いになっているのかなと思いまして。実戦はコウが続いたんですけど、途中でそのコウを解消した時点では……少し私が楽観しちゃって、判断に問題があったところがあり、申し訳ないです」
井山「(今の対局は)いろいろあり過ぎて…(笑)」
藤沢「中盤ぐらいに私が本当にひどすぎて」
井山「いやいやとんでもない」
藤沢「一人だったら投了してそうな感じだったんですけど、辛抱強く打っていただいて」
井山「いえいえ。途中までは、かなりうまくいってたんです、この碁も。うまくいきすぎると、そのあとがなかなか難しい。途中はっきりダメにしたと思ってたんですけど、なんとか粘り強く打ててよかったと思います」
さて、本戦決勝戦を、対局場でひそかに見守っている二人組がいた。昨年優勝の鈴木歩七段・山下敬吾九段ペアだ。「形勢が揺れていて、難しそうな碁でしたけど、上野さん芝野さんのペアが勝ち上がりそうですね」と、山下九段は既に勝負を見切っていた。さっそく、優勝決定戦に向けての心境を伺うと……
鈴木「いきなり決定戦ということで、心の準備が、まだ追いついてないんですけれども、でも、本当にすごく華やかな大会で、皆さんも楽しみに来てくださっていて……私がその中で一番楽しめたらいいなと思います」
山下「本当に、いきなり優勝決定戦なので……なんか不思議な感じで、ふわふわしたような状況ではあるんですけど……他のメンバーはタイトルホルダーですから、前回優勝しなかったら出させてもらえなかった。せっかくいいチャンスをいただいたので、がんばりたいです」
お二人は、対局室の隣の棋士控室で徐々に「心の準備」を整え、まずは大勢のファンが待つ大盤解説会場へと向かった。
棋士控室のさらに奥の個室には、スタジオがセッティングされていた。このスタジオで、この日の対局の解説や出場棋士のインタビューを生配信していたのが、「つるりん」こと、鶴山淳志八段と林漢傑八段だ。熱戦4局を振り返っていただくと……
林「どの碁もね、見応えのある碁ばかりで、朝からコースを食べてる感じですね。ひたすらコースを食べてる」
鶴山「前菜から、すごい」
林「メインもすごい」
鶴山「ステーキから」
林「ウニから」
鶴山「天ぷらから」
林「すべてを食べ尽くす」
鶴山「胃もたれ?」
林「これからデザートになりますけど。デザートなのかな」
鶴山「デザートにどんな揚げ物が出てくるか」
林「デザートに?(笑) でも、食べれちゃう、みたいな」
鶴山「本当に、どの碁も面白いから。対局者も出演してくださってるので、観ている方も喜んでくださって」
林「井山さんが解説してくださったときは、上野さんがいい手を打つと『相手が芝野さんだけだったら勝ってた』とかね、いろいろ面白いことを言ってくださいますし」
鶴山「皆さん、楽しんでらっしゃるのが、伝わってきますね」
と、一気のトーク。かく言うお二人も楽しんでいるのが手に取るようだ。
お二人のYouTubeチャンネル「つるりんチャンネル」は、今もご視聴いただける。また、世界最大級の囲碁サロン「パンダネット」の協力で中継された本大会の全対局の棋譜も、「日本ペア碁協会」の特設ページでご覧いただけるので、ぜひ!
お二人には、優勝決定戦の予想もお願いしたのだが、林八段はソワソワ状態。それもそのはず、鈴木歩七段は、愛妻家で知られる林八段の奥様だ。「優勝できるかなぁ? 無理かなぁ? ああ、騒いじゃいそう!」とのお返事だった。
16時。決戦を前に2ペア4名が、大盤解説会場のファンの前でごあいさつと決意表明を行った。
鈴木「皆様こんにちは。ここには初めてきたのですが、とっても素晴らしい場所で、特に対局場の30階をさきほど見学させていただいたのですが、景色が素晴らしすぎて、今日碁盤だけ見てるのがもったいないなと思うくらいでした。本当にこういうところで開催していたき、ありがとうございます。山下先生はプロになる前から一番棋譜を並べてきた憧れの先生ですので、2年連続で組ませていただけることを、本当にこの上なく幸せに思っています。もし優勝したら、もう一回組ませていただけるかもしれないので、それを目指して、全力で楽しみながら打ちたいと思います」
山下「皆様こんにちは。私もこの二子玉川というお洒落な街にあまり来ることがないので、会場を楽しんでおります。我々今日まだ一局も打ってないのですが、今回は、タイトルホルダーのペアばかりの中で、前回優勝ということで決勝にシードさせていただくという幸運にあずかりまして、この幸運を生かしたいと思います。一人だとなかなか虎丸さんとか勝たせてくれないんですけど、ペアなので、勝たせてもらえるんじゃないかと信じて、また来年、歩さんと組めるようにがんばります」
上野「皆様お久しぶりです。まさかここまで来れるとは思ってなかったんですけど、ここに立てていてすごくうれしく思います。いろいろペア碁について考えてきて、ここまでこれで、本当にうれしいです。相手のペアの先生お二人は、すごい安定感で、昨年の碁も見たんですけど強すぎるなぁという印象しかないので、自信はないのですが……でも、ここまできたら、うふふ、がんばりたいですね。よろしくお願いします」
芝野「今回は、あまり勝てると思ってなかったんですけど、形勢が悪い中でも運よく勝ち上がることができて、非常にうれしく思います。お相手のペアは、昨年の優勝ペアということもあり、非常に強いのですけど、まあ、鈴木先生には景色を楽しんでいただいて(会場から笑い)、こちらは碁盤に集中してがんばれたらと思います」
両ペアは対局室に移動し、握って上野・芝野ペアが黒番。優勝決定戦がスタートした。鈴木・山下ペアが優勝すれば、それぞれ3回目、上野・芝野ペアが優勝すれば、それぞれ初優勝となる。
大盤解説会場では、うれしいサプライズが待っていた。
羽根九段と吉原六段コンビの、わかりやすく、楽しく、明快な解説にファンは大満足なのに加えて、藤沢・井山ペア、謝・一力ペアがリレー式で大盤解説を行ったのだ。
井山王座は、皮肉も交えたユーモアたっぷりの解説。
藤沢「白は出なかった。落ち着いてますね」
井山「山下さんなら出てたでしょうね」
藤沢「白はつなぎませんでした。冷静ですね」
井山「山下さんなら、絶対つなぎましたね」
藤沢「バランスが取れているのか、棋風が合ってないのか(笑)」
井山「結局、山下さんが打った手が、全部ひどい手になってる気がするんですけど(笑)」
藤沢「虎丸さんが右辺マゲました」
井山「冷静ですね。上野さんだったら、もっと厳しい手を打ったかもしれない」
と、こんな感じだ。会場は笑いが絶えなかった。
続いて、謝・一力ペアの解説は、圧巻の読みの早さが披露された。次々と複雑な変化図を並べ、「あ。皆さん大丈夫ですか? 少し速かったですか?」と優しい笑顔で語りかける一力棋聖。「もう一度、ゆっくり並べますね」
再び、羽根九段と吉原六段にバトンが渡されると、
吉原「一力棋聖の頭の中の片鱗を見せていただきましたね」
羽根「いろいろな変化を2秒で読み切っていましたね。でも、話しながらでしたから、頭の中では0.5秒くらいで読んでいたのでしょうね。計算も早かったですね」
と、感心しきりだった。
その後、牛・余ペアも壇上にあがり、吉原六段のインタビューに答えた。終始笑顔で穏やかな様子を想像しながらお読みいただきたい。
吉原「2局とも力戦でしたけど、牛さん、余さん、いかがでした?」
牛「結果は少し残念なところもありますが、普段の手合いと違ったペア碁を本当に楽しくやれたかなと思います」
余「あの、今年も牛さんとペアを組ませていただいて、昨年は準決勝で僕が足を引っ張ってしまって、今年は足を引っ張らないようにと思ったんですけど、あの、また足を引っ張っちゃって」
余八段が話している間、牛はにこやかにずっと首を振り続け「とんでもないです」
余「今日の2局とも、よかった場面はあったと思うんですけど、2局とも、本当に僕のミスで逆転されて」
牛「そんなことないです」
吉原「羽根九段が、3位決定戦で黒は右上にうっかりがあったのでは? とおっしゃってましたが?」
牛「私がやっちゃいました。なので、私の責任です」
吉原「やはりそうだったんですね」
牛「はい。実戦は、実は取れたつもりになってしまって」
羽根「なんか、思わぬ形で黒に理想的につながられてしまいましたものね。あそこで逆転されてしまった感じですか?」
牛「少し残っていた碁を、そこで細かくしてしまって。で、そのあとまた、私がおそらくやっちゃったと思うんですけど」
羽根「と、牛さんはおっしゃってますが?」
余「いやいや、完全に僕のせいです」
どこまでも申し訳なさそうな微笑ましい余八段の様子に、客席からは「やさしい!」の声があちらこちらからあがっていた。
吉原「もう少し伺ってもいいですか? 下辺のコウ争いでも、牛さんが時間つなぎを打ったのかなと思ったのですが、あれはやはり余八段の意図が難しかった、ということですか?」
牛「難しかったというよりは、自分が信じられなかったので、余先生に決めていただかないと、と思って。1局目の碁が、一つも『時間つなぎ』(※相手が必ず受けてくれ、かつ、損にならない手。これを打つことで、難しい局面はパートナーに手を渡すことができる)がなかったのですが、2局目はたくさん『時間つなぎ』があったので、打たないと損かなと思って打っちゃいました(笑)」
牛扇興杯が笑うと、思わずこちらも笑顔になる。
さて、盤上はというと、藤沢・井山ペアが大盤解説中の右辺の折衝で、黒番の上野・芝野ペアが優勢を築いていった。羽根九段が「山下さんが仕掛けて、歩さんが『いやいや私は冷静に打ちたいんです』ということが続きましたね。山下さんと歩さんの波長が噛みあわなかった。そんな布石から中盤だったような気がします」とまとめる。
だが、実は、昨年もそうだった。「どの碁も序盤は全く息が合わなくて。でも中盤からピッタリ息が合いました」というお二人の言葉が思い返される。
はたして、この碁も、鈴木・山下ペアは、形勢を一気に挽回する局面に持っていった。このあたりで、謝・一力ペアの大盤解説が始まったのだった。
だが、今年は、勢いにのった上野・芝野ペアに阻まれた。ポイントとなった局面を、振り返っていただくと……
芝野「黒のほうが順調に打てているんじゃないかなと思ってたんですけど、相手の白90のハネ出しが、厳しいところでした。ただ、黒91にノビ切ってから黒97まで、けっこう分かりやすく治まることができたので、そのあたりがよく打てていたんじゃないかなと思っています」
上野「白90を打たれて、よく分からないぞーと思って、ここでよれたら一瞬で形勢が傾いちゃうなと思ったので、ここでなんとかがんばりたいと思って虎丸先生についていったら、なんかうまくいきました。ここは、自分の手が分からなすぎたので、虎丸先生にお任せ!という感じでとりあえずポンと打った感じです」
その後は、黒が冷静に収束させていき、222手まで、上野・芝野ペアの12目半勝ちとなった。
やや、不完全燃焼となった歩・山下ペア。終局後も残念そうな表情だった。お話を伺ってみると……
山下「ちょっと相手の地のほうに適当にツケたりして、手をつけていったんですけど、自分でもわからないまま打っちゃって、打ったのが全部取られちゃって、いいところなくて、歩ちゃんに申し訳なかったという感じですね」
歩「いえ、その前に、ぬるい手を連発しちゃって、布石で苦しくなっちゃったので、完全に私のぬるさが裏目に出ちゃった、というか。手厚く打とうと思ってたのですけど、いろいろひどくて、山下先生にご迷惑をかけてしまいました」
山下「いえいえ、やっぱりちょっと、愛咲美ちゃんのパワーを警戒して、打つ前に『ペア碁として手厚く打ったほうがいいよね』って相談をしちゃったのが、逆に堅くなっちゃったのかもしれないですね」
歩「ずっと苦しかったと思うんですけど、逆に、もうちょっと戦ってくれるかなぁと思ったら、冷静に冷静に収束されてしまいました」
続いて、見事優勝を飾った上野・芝野ペアのインタビューをお届けしよう。報道陣が抱腹絶倒のやり取りだった。
上野「奇跡が起こりました。まだ意味がわかってないのですけど、でも優勝決定戦は、虎丸先生にがんばってついていけて、いい碁が打てたのかなぁと思ってます」
虎丸「そうですね、練習の段階から全く勝っていないペアだったので、優勝できるとは夢にも思ってなかったくらいですけど、でも、決定戦の碁は序盤で少しリードしたのかなとは思うんですけど、全体的によく打てていたんじゃないかと思います」
――事前の作戦・秘策があったそうですが、それを教えていただけますか?
上野「ふふふ。自分の手番の時からも、虎丸先生ならどう打つかというのを考え、虎丸先生が手番で考えているときも、自分ならこう打つではなく、虎丸先生ならこう打ちそうと考える。常にパートナーならどう打つかを考える。って感じです」
芝野「なんか、事前に、上野さんが『気づいたことがある』って言い出して、それが今のことだったんですけど……正直、今のはペア碁の基本というか」
ここで、上野女流名人が「えー!?」
芝野「基本なんじゃないかなぁと思ってたんですけど、まあでも、そう言われてから確かに、今日は、けっこういい感じに進んでいたので、そもそもお互い思いやりが足りなかったのか、と思います」
18時、出場棋士たちのサイン入りの扇子などが当たるお楽しみ抽選会があり、18時15分から表彰式が始まった。
まず、公益財団法人日本ペア碁協会理事長の松浦晃一郎氏があいさつに立った。 続いて、特別協力の公益法人日本棋院の小林覚理事長が登壇された。
小林「皆様おつかれさまでした。僕も朝から見てましたけど、相当疲れます。皆さん本当に好きなんだなあと思って(会場から笑い)。いつまでもこのペア碁を応援していただければと思います。来ていただくだけで応援になりますので、どうぞよろしくお願いいたします。ペア碁は私も第1回から出させていただいてたんですが、見てのとおり、今出る人は、石田先生もずっと出てたんですけど、だんだんメンバーが変わっていきます。これは囲碁界にとってとてもいいことで、どんどん新しい力が育っていくということで、とても微笑ましくてうれしく思っております。最後にもう一回くらい出たいと思ってるんですが。ペア碁のもちろんいいところというのは、いろいろ言われていますけれど、比較的、級位者が伸びると思います。有段者と打って、有段者の打つ手を級位者が本番の中で感じとって、それを続けていきますと、非常に強くなります。有段者の方は自分で打って、自分の失敗、自分の成功、勝てば喜んでいますが、せっかく皆さんペア碁を楽しんでいただいているなら、級位者を誘ってあげて、ぜひ仲間にして打ってあげてください。そうすると、級位者が有段者にかわっていきます。その有段者がまた級位者をペア碁で成長させてあげればいいかと思います。何より滝様ご夫妻がすごいことを発見したのだと思います。発見というのは、たいしたことないのをやるのが発見なんですね。実は、こんなのあったね、だけどこれを実行して、それを面白くするというのは、すごい苦労がいるところで、それを滝様お二人の力がそうさせたのだと思います。感謝しております。あと皆様が帰らずにいたのがとてもうれしいです。抽選会があったからいたんだと思いますが(会場から笑い)、それでも最後までいていただきまして、ありがとうございました。今後ともよろしくお願いいたします。ありがとうございました」
そして、優勝した上野・芝野ペアに松浦理事長より、賞状とトロフィー、賞金が贈られた。優勝ペアの喜びの声をお伝えしよう。
上野「皆様、長い時間ご観戦いただき、ありがとうございます。全く優勝できると思ってなかったので、本当に信じられなくて、今も不思議な気持ちなんですけれども、優勝できたみたいで(会場から笑い)とてもうれしいです。優勝のスピーチなんて、絶対すると思ってなかったので全く考えてなかったんですけれども、今回はいろいろ用意してきて、まず服も虎カラーに合わせてきて、作戦も用意したり、序盤とかも虎丸先生に一緒に研究していただいて、協力していただきました。これまで、決勝はもちろんきたことがなかったですし、一回戦でよく敗退してブツブツ言いながらだいたい控室にいたんですけど、今回は3局もペア碁が打てて、本当にありがとうございました。うふふふふ。ペア碁は本当に大好きで、今回結果がついてきて、またさらに好きになりました。最後になりましたが、本当に、開催していただきました滝様はじめ関係者の皆様本当にありがとうございます。また出れたらうれしいです。よろしくお願いします」
芝野「こんばんは。皆様、最後までお残りいただきましてありがとうございます。今回はずっと言ってるんですけど、まさかの優勝ということで。本当に今まではペア碁に出たら、負けて観戦を楽しむ。負けたら負けたでペア碁を打ったのは楽しかったしという思い出だったんですけど、今回は本当に初めて、とにかく2回以上勝つのがまず初めてだったので、勝ててよかったなと思います。今まで本当に上野さんと僕がペア碁で打って、控室でペアになる、ということだったんですけど、弱い人同士で組んでたまたま結果が出て本当によかったなと思います。今日はありがとうございました」
続いて、東急株式会社名誉顧問の上條清文様より、準優勝ペアに賞状が贈られた。お二人のあいさつは……
鈴木「皆様、今日は最後までご観戦いただき、ありがとうございました。もう本当に子供のころから大好きな山下先生と組ませていただいて、もっと打ちたかったなぁというのが一番の気持ちなんですけど、勝ったとしても今日は一局しか打てなかったので、まあいいかなと思っています。欲を言えば、一日くらい時を戻せたらよかったなあというのはありますけど、普段、なかなか当たるまで山下先生と愛咲美ちゃん、虎丸さんと一度で三回美味しい思いができたので、本当に幸せな時間でした。毎年、このような本当に楽しい大会を開催していただいている滝ご夫妻、日本ペア碁協会の皆様、スタッフの皆様、関係者の皆様、本当に楽しい機会をありがとうございます。また出られるように、欲を言えば、山下先生と抽選で引けるように、運を鍛えておきたいと思いますので、そのときはまた会場にいらしてください。本日は本当にありがとうございました」
山下「皆様、本日は朝から長い時間おつかれさまでございました。皆さんは朝から来られてるかもしれませんが、私は、3時ころに重役出勤をさせていただきまして、準優勝といっても、今日は一局しか打ってないし、一回も勝ってないので、うーんなんかあんまり達成感がないのですけれども、何はともあれ『準優勝』ということで『優勝』がついていますので、めでたいはめでたいということで、とりあえず喜びたいと思います。でも本当に、他のメンバーを見ても、タイトルホルダーばかりの素晴らしいメンバーで、その中で自分が、前回優勝ということで運よく参加することができて、非常にラッキーだなあと思って今回こさせていただきました。会場も今までとは違う場所でやらせていただいて、また新鮮な気持ちで対局できました。本当にペア碁は楽しくて、負けたのですけれど、普段一人で負けたときのようなダメージは感じず、楽しめましたので、このペア碁はずっとこれからも続けていっていただいて、またプロだけではなくアマチュアの皆様も本当にいいものですので、続けていろんな場所でペア碁をやって、ペア碁の輪を広げていっていただけたらと思います。本日は本当にありがとうございました」
会場は暖かい拍手に包まれ、大会が閉会した。
最後に、参加棋士たちの感想をお伝えしてレポートを終えようと思う。
謝「2局も一力さんと一緒に戦えたのは、すごくいい経験になりました」 一力「(隣でにこにこ顔)」
余「2局とも、はっきりよかった局面はあったと思うんですけど、ちょっとまた足を引っ張ってしまって、本当に申し訳ない気持ちでいっぱいです」
牛「(首を横に振り)同じ気持ちです。でも、2局ともチャンスがあったということで。またペアを組む機会がありましたら、そのときもよろしくお願いいたします」
余「こちらこそよろしくお願いします」
牛「私は毎回、ペア碁を打つときは、男性棋士の先生はどこに打ちたいのかなと考えて打つように心がけてはいるのですが、なかなか打っているうちに(笑)、その心を忘れて、ちょっとおかしくなっちゃいます(笑)」
余「ペア碁自体がすごく楽しいので、ペア碁大好きなんですけど、ただあまり成績はよくなかった。また機会があればがんばりたいと思います」
井山「楽しく打たせていただいたので。勝って終われてよかったです」
藤沢「そうですね…1局目も2局目も、ちょっと自分のミスがあったのですが、また組ませていただけるときは、もっといい碁が打てるようにと思います」
鈴木「いや、本当にすごく楽しみにしていて、なんか…ちょっと不完全燃焼というか、一局打って一局目で負けちゃったので、もしまた機会があったら山下先生と。抽選で当てたいなと思いました」
山下「そうですね。本当に一局だけだったので、普段の今までのトーナメントのペア碁でも、一回戦で負けちゃうと相当不完全燃焼な感じがあったので、ちょっと残念でしたけど、でも、こういう機会をいただけただけで本当にありがたくて、いい場所で打てましたし、楽しかったです」
芝野「今まではペア碁選手権ではいい成績は出せなかったですし、負けたら負けたで楽しいのがペア碁のいいところではあるんですけど、今回勝つことができて、本当にうれしいですし、また来年もたぶん同じペアで行けることになるかと思うので、またがんばれたらいいなと思います」
上野「3局も打てて、素直にうれしいです。ペア碁は大好きで院生のときから打ってたので、練習がやっと実って、本当にうれしいです。またたぶん同じペアで出られるので、またさらに強くなっちゃおうかな、うふふ、と思ってます。伸びしろは、最初が底辺だったので、今成長段階。いい感じかなと思います。ペア碁は、パートナーと相手のペアでいろいろな考え方があって、それを検討で答え合わせみたいに聞くのも楽しいですね」
そして、最後の最後に、上野女流名人の「虎丸名人がどこに打ちたいかを常に考える」という「秘策」(芝野名人いわく「それはペア碁の基本中の基本」)を、具体的にどの手で感じたかを伺ってみた。すると……!
芝野「どちらかというと、なんだかんだいって合わない部分が多いので、なかなか……。そっちに打つんだ、と意外に思うことのほうが多かったですね(笑)」
上野「ええ!そうなんだ!」
芝野「例えば、優勝決定戦の碁でいうと、普通の手なんですけど、黒49とか」
上野「ええ!?」
芝野「まあ、自分の発想では思いつかないところだったので」
上野「私は普通だと思った!」
芝野「ああ、そこに打つんだなぁというのがちょいちょいあって。別に悪い手というわけではないんですけど、ちょっと感覚が違うかなぁというところで。ただ、形勢が全然ダメになるという手を打つわけではもちろんないので、そういう碁になったなぁというだけで。あとをしっかり打てればというところです。ただ、なんでしょう、全体的に、読みの部分でやっぱり上野さんのほうが、特に最初の碁とかですけど、自分が読めてない部分もあったりしたので、お互い助け合いながらできていたんじゃないかなと思います」
優勝ペア一流の「強さ」を感じ取っていただけただろうか。「またさらに強くなっちゃおうかな」とのこと。皆さん、来年も楽しみにしましょう。