ここからは、二十四世本因坊秀芳(以下、石田)と小川誠子六段(以下、小川)の、こちらも名ペアによる大盤解説を中心に、熱戦の模様をお伝えしていこう。
小川「謝さんと井山さんは19歳。かわいいですね。私たちにも、そんなときがあったんですけど(場内笑)」石田「・・・ありましたね(場内笑)」
黒番は、謝&井山ペア。先に仕掛けていったのは、白番の羽根本因坊だった。早い段階で「けっこう難しい手」(石田)が打たれ、序盤早々、右上隅で戦いが始まると「(接近戦が続いていく展開のため)布石はない碁になりましたね」(石田)。その戦いは、白の甘い手をすかさず黒がとがめて、黒がややよしの分かれとなった。
さて、大盤解説会場でファンに大好評の趣向がある。それは、対局者4名がアップで映し出される大スクリーンだ。対局会場が離れていても、表情が手にとるようにわかる。昨年は、ポーカーフェイスの河野臨天元(当時)と、対照的に困ったり驚いたりハンカチを加えたり盤面を見ておれずに遠くを見たり・・・忙しく移り変わる二十五世本因坊治勲の表情に場内は大いに沸いたものだった。今年はというと・・・加藤&羽根ペアも、謝&井山ペアも冷静そのもの。難しい局面で羽根本因坊が考慮中、石田解説者が「ご覧ください、これが羽根さんが悩んでいるときの顔です」と、全く表情を変えていないスクリーンを指して、場内を沸かせていた。
ところで、謝&井山ペアは、決勝までの対局のほとんどが戦いの碁。ファンの期待に応えて、何局も相手の大石を仕留めてきた。本局でも下辺の白石が危なくなってきた。「さて、白はどう守るか難しいですね」(石田)という場面で、羽根本因坊が選択したのは、なんと手抜き。守るどころか、全く違う場所で地を増やす手を打ったのだ。 小川「手抜きですか!羽根さんは、加藤さんを信頼してらっしゃるんですよ(場内笑)」 石田「う〜む。この居直りが、本因坊戦(七番勝負)で三連敗四連勝した秘訣ですね(場内笑)」
手を抜かれては黒も怒るとしたもの。次の手から、黒は猛然と白への攻めに向かった。が、途中、「これは疑問ですね」(石田)という黒の手が打たれる。 石田「謝さんが打ったのでしょうね。でも、皆さん見てください。井山さんは全く怒っていません。冷静ですね」 小川「石田先生。今の手を打ったのは、井山さんですよ」 石田「あ、本当だ。謝さんが『なんでそんなとこに打つのよ』という顔をしてますね」 たしかに、謝女流本因坊がちょっとムッとしている。場内は大爆笑だった。
下辺の戦いは加藤女流最強位の「勇気ある手」(石田)により、コウが始まった。コウ争いの末、下辺の白は生き、その代償として左上の白が取られるという振り換わりに。この結末を、石田解説者は「白としては命拾い。これぐらいで許してもらえれば白は十分です」。形勢不明のまま中盤戦が進む中、井山八段が狙いすました鋭い一手を放った。先まで読んだ黒の思惑に石田解説者も思わず「なるほど!」と感嘆の声をあげる。その結果、黒は、大きな白地になりそうだった左辺を荒らすことに成功。ここで、黒がリードを奪った。
さらに、ここで「ニュース」が飛び込んでくる。羽根本因坊が誤順(手順を誤ること)をし、ペナルティ3目を取られてしまったのだ。局後に羽根本因坊は「動揺しましたよ!」と話していたが、スクリーンに映るクールな表情からは、動揺は全く感じとれなかった。
石田解説者は「黒が勝ちになりましたね」といったんは断言したが、ここから加藤&羽根ペアがしぶとさを発揮。白に決め手を与えず、ぴったり追走していく。そして、黒の挑発を的確にかわしながら、逆に中央の黒数を取り込んでしまった。 石田「黒は優勢を意識して、乱れてきました。3目のペナルティが吹き飛んで、細かい勝負です!」 小川「相手の一瞬のスキを捉えられる人が勝てるんですね〜」 石田「小川さんなんか、スキを見せないじゃないですか(場内笑)」
かくして、終盤は、半目を争う熾烈な寄せ合い。しかも、互いに考慮時間を使い果たして一手30秒以内に打たなければならない。互いに手筋を放ちながら、神経をすり減らす細かい攻防が展開され、石田解説者も「やはり名局ですね〜」とうなり声をあげた。そして「この碁はもう、運がいい方が勝ちます」。
はたして、運がよかったのは、加藤&羽根ペアだった。白の半目勝ちを確認した瞬間、勝者ペアは思わず顔をほころばせて顔を見合わせ、敗者ペアはそれぞれに唇をかみしめた。初めて4名の表情がこぼれ出た瞬間でもあった。