公益財団法人日本ペア碁協会は、12月5、6の両日に、今年5月にご逝去された松田昌士前理事長に感謝の意を込め、「松田昌士メモリアル 第31回国際アマチュア・ペア碁選手権大会」を開催しました。新型コロナウイルスの感染拡大の状況を鑑み、今年は海外からの選手の参加は見送られ、毎年恒例の「荒木杯ハンデ戦」や「親善対局」、「前夜祭」も中止となりましたが、代わりに日本在住の外国選手の本戦参加が認められ、その他特別併催イベントとして「ペア碁俊英トーナメント戦」が企画されました。主催者、そして会場となった東京・飯田橋のホテルメトロポリタンエドモントの徹底した感染予防対策の中、参加した棋士、選手たちからは、逆に「こんなときだからこそ体験できた喜び」を伝える声が多く聞かれました。いつもとは違う、けれども充実した和やかで前途洋々の2日間の模様をレポートします。
●「松田昌士理事長ありがとうの会」
「松田昌士メモリアル」の記念大会の開会に先立ち、松田前理事長に感謝を伝える「ありがとうの会」が行われました。同会場には、松田前理事長とペア碁、囲碁を通じてご縁の深かった方々50名が集まり、思い出を語り合う時間が過ごされました。
はじめに、司会をつとめた吉原由香里六段から、松田昌士前理事長の経歴が改めて紹介されました。
1936年1月に北海道で生まれ、囲碁はおじい様から習われたこと。北海道大学、大学院法学研究科を修了され、1961年に国鉄に入社。その後、国鉄の分割・民営化の立役者としてご活躍されたこと。(90年に東日本旅客鉄道株式会社の代表取締役副社長、93年に代表取締役社長、2000年には代表取締役会長に就任されました。)
また、日本ペア碁協会では、1994年に財団法人が設立された際に副会長、2005年からは会長、2010年に公益財団法人に移行してからは理事長として、長年にわたり運営にご尽力されてきたこと。若い世代への囲碁普及にも大変熱心で、全日本学生囲碁連盟会長をつとめられたほか、関東と関西で行うジュニアペア碁大会の応援もいただいていたことなどが紹介されました。
「国鉄民営化の折、2年半ホテルオークラで生活をされていたことがあり、昨年11月に亡くなられた小川誠子先生と数多く対局され、囲碁の実力を磨かれたと伺っております」という、あまり知られていないエピソードも披露されました。
続いて、松田氏の後任として就任された松浦晃一郎理事長のご挨拶がありました。
「安全な形でこの会を開くことができ、皆さんとご一緒できることを嬉しく思います」と話された松浦理事長は、JR東日本を引退された後の松田氏について、ペア碁協会、ユネスコ協会、日本の伝統を守る会、という三本柱で活動されていたことをご紹介されました。ぜひ皆さんにお伝えしたいこととして、「日本ユネスコ協会、アジアユネスコ協会の会長を歴任され国際的な民間運動の推進者として表彰も受けておられますし、広く記憶されている方です」と話され、松田氏の数々のご功績に「心から感謝しています」と伝えられました。
ご出席者の中からは、公益財団法人日本棋院の小林覚理事長と、一般財団法人関西棋院の正岡徹理事長がご挨拶されました。
小林覚理事長は、松田氏と対局されたときの思い出を「(打ち方が)早いの何のって。ぼーっとしていると二手打ちされてしまうのではないかと思うほど」と、有名な早打ちぶりを語られ、囲碁は感覚派、人柄は「豪快な方。笑顔が似合う方」と懐かしまれていました。そして、「松田さんに、日本棋院としては、何で恩をお返しするかと考えますと……ペア碁に全面協力して応援していかなければいけないと思っています」というお言葉を贈られていました。
正岡徹理事長は、昨年とある会でテーブルが一緒になって「国鉄に限らず、いろいろなお話をした」と思い出され、松田氏の意思をつなぎ、ペア碁の可能性を生かしながら、全世界に広めていきたいと話されていました。
ご挨拶のあとは、代表して日本ペア碁協会の滝久雄名誉会長と、滝裕子筆頭副理事長により、献花が行われました。会場の一面に設けられた献花台に、お二人でリースを献花され、参加された皆様もそれぞれの思いを届けていたように思います。
続いて滝久雄名誉会長が、ご挨拶にかえ、「松田昌士さんに感謝を込めて」という「お手紙」を読み上げられました。ペア碁を創案したときから財団を立ち上げ、さらに「プロ棋士ペア碁選手権の創設、世界ペア碁協会の創設、ワールドカップの開催など、ペア碁は目覚ましい発展を続けてきたわけです。そうしたペア碁の歩みを改めて振り返るときに、どの場面にもいつも松田さんがいてくださったことを思い出します」と振り返られ、「今では世界ペア碁協会の加盟が75か国・地域を数えるまでに普及している」ことにも触れ、「スタート当初から力強く支えてくれた松田さんのおかげであると感謝しています」と話されました。
そして、「今年の大会は、新型コロナによるパンデミックの影響を受けましたが、皆様のおかげで、松田昌士メモリアルとして開催できることを誇りに思います。来年はペア碁ワールドカップ2020ジャパンの開催も予定されています。いずれの大会も素晴らしい結果を松田さんに報告できるよう、全力で取り組みます。最後になりましたが、選手の皆様方の活躍を心からお祈り申しあげると共に、今大会開催にあたりご支援ご協力を賜りました関係各位に心より御礼申し上げます」と締めくくられました。
ここで、松田前理事長のご長女で、名誉理事でもいらっしゃる齊藤美詠子さんがご登壇され、滝名誉会長、滝筆頭副理事長のお二人から、会場に集まった方々の寄せ書きと、先の滝名誉会長「お手紙」が贈呈されました。
続いて、大竹英雄名誉碁聖がご登壇され、献杯に移りました。
大竹碁聖は「本当に寂しい」と絞り出すように語られ、「たぶん、誠ちゃん(故、小川誠子六段)が、あちらで寂しいので、来てくださいと呼ばれたのではないか」と、お二人が笑顔で対局している姿を想像されていました。「心から人を愛して、松田流の言葉で深く接していただきました。本当に長い間…感謝しています」と話された後、大竹名誉碁聖の、「『献杯』ではなく「ありがとうございました」と声をそろえたい」とのご提案の元、献杯が行われました。
東日本旅客鉄道株式会社 取締役会長の冨田哲郎様からはビデオメッセージをいただき、会場前方のスクリーンに映されました。この会の開催への感謝のお言葉のあと、「自主自立」を信条とされ、「激動の時代に鉄道の再生と復権」にご尽力されたこと、そして、「囲碁の対局の中で、松田さんの勇猛果敢な進取のエンタープライジングな人柄が培われたのではないかと思います」と偲ばれておられました。
また、新型コロナウイルス感染拡大のため、来日がかなわかった多くの海外の方からのビデオメッセージも映されました。
中国囲棋協会 元主席の王汝南様からは「松田さんは今も我々と共にいます。多くの人を魅了する方でした。先見の明がある方でもありました。ペア碁を見守る一員として、棋士として感謝しています」。
韓国棋院 事務総長の梁宰豪様からは「ペア碁の発展にご協力されていたことが印象に残っています。安らかにお眠りください」。
欧州囲碁連盟会長のマーチン・スティアッシニー様からは「松田さんは、いつもあたたかいことばをかけてくださり励ましてくださる、ペア碁には欠かせない存在でした。感謝し、忘れないでしょう」。
アメリカ囲碁協会副会長のトーマス・シャン様からは「ユーモアにあふれる方でした」
タイ囲碁協会会長のコルサック・チェイラスミサック様からは「タイの囲碁界にも多大な貢献をしてくださいました」
などなど、皆様、松田前理事長を懐かしみ、心のこもった謝意を語られていました。
最後に松田前理事長のご長女、齊藤美詠子名誉理事のご挨拶をご紹介します。
「このような会を開いていただき、今日来られませんでした弟たち2人もとても感謝しております。
私は、父が囲碁を打つことは存じていたのですが、家で囲碁を打っている父は、何かを決める時、何かを思索している時、悩んでいるときに、おそらく打っておりました。それを幼い私たち姉弟は黙って、こわいからそばに寄らないように見ていた、そういう囲碁でありました。晩年近く、80歳を超えまして、急にやっぱり子供や孫に囲碁を教えるべきだったと突然言い始めまして、もう手遅れでしたので(笑)、その分、若い人たちに普及をつとめたのかと思います。また、世界に、オリンピックの競技にということも申しておりました。それを楽しみに、どういうところまでできるのか、自分がどこまでご協力できるのか、夢を語っていました。突然の病気と突然の死でしたので、家族もびっくりしたのですが、皆様も驚かれたと思います。けれども、このように、父が外で影響を及ぼしていたというのは、今日とてもとても感じることができ嬉しく思います。本当に皆様ありがとうございます」
創案から31年目を迎え、世界ペア碁協会に75か国・地域が加盟するまでとなったペア碁。その発展を力強く支え、サポートしてくださった松田昌士前理事長に、改めて感謝の思いを深める会となりました。
司会の吉原由香里六段からは、最後にペア碁協会の意思が読み上げられました。
「昨年10月には、日本棋院・関西棋院・日本ペア碁協会の三者を中心に、国際的に日本の囲碁界を代表する唯一の団体として『一般社団法人 全日本囲碁連合』が発足いたしました。国際囲碁連盟や、世界ペア碁協会と協力し、オリンピック・パラリンピック競技大会への正式採用を目指し、活動を開始しております。松田前理事長によいご報告ができるよう、囲碁界全体で団結して運動を進めてまいりたいと考えております。松田前理事長、ありがとうございました。見守っていてください」
●開会式
さて、13時を回ったあたりから、会場には選手の皆さんが集まってきました。今年は海外からの選手がいないものの、本戦には全国から集まったペアたちが再会を喜び合う光景も見られました。もちろん、マスクは着用、大きな声は出さず、距離もとって……という感染予防対策はしっかりとられていました。それでも、コロナ禍の中、対面して囲碁を打つ機会が減っていることもあり、この日の再会は格別なものだったようです。
13時30分、開会式がスタートしました。本戦出場の選手の皆さんは対局席に、「ペア碁俊英トーナメント戦」参加の若い棋士の皆さんは会場の前方の椅子につき、会場の雰囲気も静かに高揚してきました。
はじめに、日本ペア碁協会の松浦晃一郎理事長からご挨拶がありました。
「長年ペア碁の発展にご尽力いただいた松田昌士前理事長が、今年5月、急にお亡くなりになりまして、そのあとを継いで日本ペア碁協会の理事長に就任いたしました。滝ご夫妻とは親しくさせていただいており、この大会の第1回のときからご協力させていただき、毎回参加していますが、主催者を代表してご挨拶するのは今回が初めてです。松田さんのご努力、ご協力のおかげで、今では75か国・地域にペア碁は広まっています。今年は感染予防のため国内の予選のみですが、日本在住の外国人も参加していただき、嬉しく思います。また、今年はペア碁を創案された滝さんが、文化功労者に選ばれました。長年ペア碁を推進され、ペア碁の大きな柱である滝さんの受賞を私どもとしては嬉しく思っております。
この大会は31回目となりますが、全国からお集まりいただき、若い方もいる。これからもぜひペア碁を国内、世界中に広める努力をしていただきたい。松田さんのご期待にも添えると思いますので、皆さんに、引き続きお願いしたいと思います。では、今回の大会、がんばってください」
続いて、松浦理事長のご挨拶にもあったように、司会の方より、日本ペア碁協会名誉会長の滝久雄氏の受賞のご報告がありました。こちらでも、改めてご紹介しましょう。
新聞などですでにご存じの方も多いと思いますが、滝名誉会長は、長年に渡るパブリックアートの普及、食文化の振興、ペア碁の普及など、文化芸術活動に多大な貢献を果たしたとして、令和2年度の文化功労者に選ばれました。昭和26年度に制定されて以来、囲碁界では1992年の23世本因坊坂田栄寿以来、二人目となります。
滝氏は、日本交通文化協会理事長として、駅、空港、公共施設などの公共空間に一流芸術家の原画のステンドグラス、塗板レリーフ、彫刻などを設置するパブリックアートの普及・振興につとめ、現在までに545作品が展示されています。また、若手芸術家の育成を目的とした「国際瀧冨士美術賞」創設にも力を注ぎ、国内外の26の美術大学生に40年以上に渡り奨学金を贈呈。また、文化的活動を通じて駅を親しみのある交流の場とする目的で、「交通総合文化展」を67年間開催されています。食文化の振興では、1996年に日本初の飲食店情報サイト「ぐるなび」を開設。日本の食文化の継承・発展のため、若手料理人の育成を目的とした「RED U-35」、「今年の一皿」など、さまざまな食文化振興事業に力を注いでいます。囲碁の分野では、1990年にペア碁を創案。国際アマチュア・ペア碁選手権大会をスタートし郎老若男女問わず楽しめるペア碁は、瞬く間に国内外で人気となりました。1994年には、財団法人、現在の公益財団法人「ペア囲碁協会」を立ち上げ、世界のトッププロ棋士が集う「ペア碁ワールドカップ」などの世界大会を開催し、オリンピック正式競技採用を目指すとともに、世界各国で多くの人に親しまれるマインドスポーツとしてのペア碁をすすめ、国際交流の場を広げています。
受賞された滝名誉会長に、吉田美香八段より、花束の贈呈がありました。
そして、このときだけ、マスクをはずしての記念撮影が行われました。
また、日本棋院、関西棋院からは碁盤の贈呈がありました。特別にあしらえたミニ碁盤で、このあと棋士たちの揮毫を加えて改めて贈呈されるとのことでした。
続いて、滝名誉会長から、おことばがありました。
「皆様方にご一緒していただいたおかげで、自分としてもまさかと思いましたが、最も嬉しい賞をいただきました。まだ元気にしておりますので、この賞を生かして、囲碁を通しての世界平和、コミュニケーションにつながることをしていきたいと思っています。また、ペア碁を新しいゲームとして頭の中で描いていましたが……ペア碁の要素も含めてですが、囲碁が本当に強い人が勝てないと、本当の意味でのゲームとしては独立しないなと思って見守ってきました。今は、強い人が、そしてペア碁に対して真摯に向き合って練習をした人が優勝する。よかったなと思っています。そして、ということは、ペア碁で勝った業績もプロ棋士の業績に加えられたら、というようなことも考えています。
囲碁は本当に面白いゲーム。私も寝る前に必ずネットで1局か2局打っています。もっともっと裾野を広げられればなと思います。ここにいらっしゃる皆さんは、みな碁が好きな方たちですね。ご一緒して、多くの人に広めるように一緒にがんばりましょう」
そして、これからの日本囲碁界への応援の気持ちを込めて、滝名誉会長より、日本棋院・関西棋院によるナショナルチーム「GO・碁・ジャパン」に、200万円の寄付が発表されました。
ナショナルチームを代表して、日本棋院の仲邑菫初段と関西棋院の渡辺寛大初段が壇上へ。
滝名誉会長から目録の贈呈がありましたが、仲邑初段が遠慮して渡辺初段に受け取ってほしいという仕草を見せ、会場の一堂からは思わず笑いが。その後も、若い二人が微笑ましく見守られていました。
続いて、仲邑菫初段、渡辺寛大初段をはじめとする、「ペア碁俊英トーナメント戦」への出場ペア8組が紹介されました。日本棋院、関西棋院から若い順に選出され、10月16日、東京本院でのペアと1回戦の組み合わせが、抽選会で決定されたとのことです。名前が呼ばれ、棋士たちが次々と壇上で紹介されていきました。8組のメンバーと組み合わせは、別表のとおりです。
表は横にスクロールできます
タイトル、段位は2020年11月26日現在とする |
公の場でステージの上に立って紹介される経験が少ない棋士がほとんど。拍手を浴びて緊張した様子が初々しく感じられました。
いよいよ、大会開始のときが近づいてきました。
選手宣誓は、「関東ジュニア」から本戦入りした、李香澄さん・伊藤裕介さんペアがつとめました。李さんは碁会所で伊藤さんに囲碁を習っているそうです。そして、先生に負けないくらい大きな声ではきはきと宣誓文を読み上げていました。
ここで、「ペア碁俊英トーナメント戦」出場棋士は、審判の山田規三生九段と共に別室に移動。
本戦の審判、マイケル・レドモンド九段が壇上にのぼられました。
選手の皆さんは、手合い時計の針が「50分」になっているかどうかを確認。レドモンド九段の競技説明と、「持ち時間は50分。切れ負け(持ち時間が切れたら、その時点で負け)ですので、時計だけは気をつけて。そうすれば気持ちよく打てるのではないかと思います」とアドバイスがあり、
「それでは、一局目をはじめてください」と開始コールがありました。
●本戦・1日目(1回戦・2回戦)
本戦には、全国から21組、パンダネット予選で選ばれた2組、学生から5組、ジュニア(ペアのどちらかが中学生以下)が4組の計32組がエントリー。その中の3組が欠場され、29ペアが5回戦を戦いました。順位がスイス方式で決められるのは例年どおりです。
大会最年少は、「東海・北陸」の高﨑美乃さん。幼稚園年長から囲碁をはじめて、現在は小学校3年生の8歳。「三段を目指しているところ」だそうです。お父様の高﨑博之さんとペアを組んでの出場でした。お住まいの岐阜から名古屋の子供教室に父娘で一緒に通っていらっしゃるとのこと。家でも「たまに打ちますが、いつも娘が勝ちます」という優しいお父様。ペア碁の経験はあまりなく、「練習で2局くらい打ったかな」。初戦は惜しくも敗れてしまいました。「ペア碁を打っていて、お父さん強いなあと思いましたか?」と尋ねると美乃さんは、はにかみながら首を傾げていました。博之さんは「お相手の強い方に、娘の打った手はいい手ですねと褒められたのですが、僕が打った手はあまりよくなかったと」。そう話されながら、やはり優しい笑顔が絶えませんでした。
一人ではなく、ペアの年齢が最年少だったのは、関西ジュニアの井上葉月さん・井上慶也さんの姉弟ペア。中学生の葉月さんが五段、小学生の慶也さんが三段の腕前です。「囲碁はお父さんに習い、今は二人とも大阪子供囲碁道場に通っています」と葉月さんが教えてくれました。「1回戦は負け。2回戦は不戦勝」と慶也さんは複雑な表情。会場の雰囲気に圧倒されている様子でしたが、翌日は見事に白星をあげていました。
関東ジュニアの佐藤美空さんは小学生で、囲碁歴はまだ2年ながら、「今年の11月に初段になりました」とペアの曽我部敏行さん。「彼女は目が少し悪くてそういう学校に通っているのですが、私の囲碁教室でみるみる強くなって、今が一番碁が楽しい時期かな」と話してくださいました。「2局目は、勝ち碁を私が負けにしちゃって」と美空さんに申し訳なさそう。美空さんに「先生とペアを組むのはどんな気持ちですか?」と尋ねると、一気に頬をゆるめて「うれしいです」とのお返事でした。1日目は2連敗でしたが、2日目は見事に2勝していました。
関東・甲信越から参戦した6ペアは、学生タイトルやアマタイトル経験者がズラリ。どのペアが優勝してもおかしくない強豪ぞろいでした。1回戦から、この関東・甲信越ペア同士がぶつかり合いました。「優勝するつもりでやってきたので、1局目で負けてしまい」と肩を落としていたのは、辻萌夏さん・山田真生さんペア。倉科夏奈子さん・杉田俊太朗さんペアに敗れました。
昨年準優勝、JAPG(日本国籍の選手)で優勝した藤原彰子さん・津田裕生さんペアも、2回戦で大沢摩耶さん・土棟喜行さんペアに敗退。津田さんは「戦いが終わった仕上がりが、相手の白がいい形になって、それで苦しくしたかな」と振り返り、藤原さんは「黒にところどころチャンスはあったのですが、私が全部台無しにしたみたいな感じで、大変申し訳ないです」。お二人は、関東予選の直前には作戦をネットで話し合ったりしたそう。「でも、結局、中盤勝負なので、あまり作戦を立てても…」とやや気落ちした様子でした。大沢・土棟ペアは二人でも四人でも会って練習をしたとのこと。土棟さんは、「この碁は頑張れたかな。苦しい局面がかなりあったと思うのですが、助けてもらって」とペアの大沢さんに感謝しながら満足したご様子でした。
学生最強位の大垣美奈さん・松本直太さんペアは、1勝した後、2回戦で谷結衣子さん・大関稔さんペアに黒星でしたが、「二人の相性はよさそう…だと僕は思うんだけど」と松本さん。力は出し切れたという満足感が伝わってきました。
東北の強豪、平岡由里子さん・平岡聡さん夫婦ペアも、1勝した後、選手宣誓をした李さん・伊藤さんペアに黒星。「戦いが多い碁で、男の子はしっかりしていた」と聡さん。「打ち過ぎちゃった感じかな」と由里子さん。常連の貫禄でペア碁そのものを楽しんでいる雰囲気でした。
1日目、2回戦を終え、2連勝ペアが7組、1勝1敗ペアが16組、2連敗ペアが6組。という結果。2連敗すると、気落ちしてしまいそうですが、今年は「連敗ペアへの特別なプレゼント」が用意されていました。それは、翌日の開会式で、審判長の24世本因坊秀芳(石田芳夫九段)から発表されることになります。
●ペア碁俊英トーナメント戦・1日目(1回戦・準決勝戦)
コロナ禍で、海外からの選手の来日がかなわない今年、「何かできないかしらと、スタッフ一同で考えました」と語られるのは、日本ペア碁協会の滝裕子筆頭副理事長。そして、今回の特別併催イベント、「ペア碁俊英トーナメント戦」が企画されました。
改めまして、日本棋院、関西棋院から若い順に選出された出場棋士は、こちらの皆さんです。
羽根彩夏
初段
(18歳)
大竹優
四段
(19歳)
大須賀聖良
初段
(16歳)
辻󠄀篤仁
二段
(18歳)
横田日菜乃
初段
(17歳)
酒井佑規
二段
(16歳)
張心澄
初段
(14歳)
渡辺寛大
初段
(18歳)
稲葉かりん
初段
(21歳)
池本遼太
初段
(19歳)
上野梨紗
初段
(14歳)
福岡航太朗
初段
(14歳)
岩田紗絵加
初段
(23歳)
藤井浩貴
初段
(18歳)
仲邑菫
初段
(11歳)
三浦太郎
初段
(16歳)
棋士の年齢は大会開催時のものです。
今年10月16日に、日本棋院の東京本院で、ペアと1回戦の組み合わせの抽選会が行われました。
対局条件は、持ち時間なし、1手30秒の秒読みで、考慮時間1分が10回許される「NHK杯方式」です。また、「密」を避けるため、対局開始5分以降から終局までは、対局室への入室は禁止されました。対局の模様は、大会特設ページで配信され、鶴山淳志八段による棋譜解説も行われました。棋士の先生方や関係者も別室でのモニター観戦となりました。
また、小林覚日本棋院理事長のお言葉もご紹介したように、今年から、日本棋院、関西棋院も「ペア碁」を応援していくとのこと。普段あまり紹介される機会の少ない若手棋士を、「ぜひ皆さんに知ってほしい」という思いも込め、日本棋院囲碁チャンネルでの動画の生配信も行われました。
さっそく、動画撮影の特設スタジオを覗いてみると……
1日目は、このために駆け付けた星合志保二段、柳時熏九段がメインで担当。お二人はそれぞれ人気YouTubeチャンネルもお持ちというだけあって、楽しいおしゃべりも交えながら、4局を解説していかれました。柳九段によれば「16名は皆有望で、タイトルを獲ってもおかしくない子ばかり」とのこと。どのペアが優勝するかは、全く予想ができないとのことでした。
鶴山八段による大会特設ページでの棋譜解説は、1回戦の中からは、仲邑菫初段・三浦太郎初段ペアと上野梨紗初段・福岡航太朗初段ペアの対局が選ばれました。
序盤は、黒番の仲邑・三浦ペアのペースでした。碁盤右半分の白の大石を攻めながら、各所で得をし、必勝かと思われたのですが…上野・福岡ペアが決定打を与えず粘り強く打ち、流れを変えていき、大逆転勝利となりました。4局の中で、最も早い終局でした。
仲邑初段は「けっこううまく打てていて、いけるのかなと思っていたのですが、最後はちょっと残念でした」と振り返り、三浦初段も「序盤からいい感じの展開になっていたのですが、途中から少し流れが悪くなってしまって、そこから流れをかえられなかったので残念です」とコメント。二人がペアを組むのは初めてだったそうで、ペアの印象を尋ねると「打ちやすかった」と仲邑初段。「結果は残念でしたけど、相性は悪くないと思いました」と互いの信頼関係は出来上がっていた様子でした。
勝者の上野初段は「ずっと悪くて苦しい時間が長かったです。運がよかったと思う。勝ててよかったです」とホッとした表情。福岡初段は「勝ててよかったというのが正直なところ」と局後の感想を話されました。勝因を尋ねると、福岡初段から「最後まで粘り強く打てたこと」と返ってきました。
この大逆転で、上野・福岡ペアは勢いに乗ったようです。
次に終局したのは、張心澄初段・渡辺寛大初段ペアと、羽根彩夏初段・大竹優四段ペアの一戦でした。ご存じのように、張初段のご両親は張栩九段と小林泉美六段、羽根初段のご両親は羽根直樹九段としげ子初段。2世対決となりました。
石田芳夫審判長は観戦しながら「細かいなあ。半目勝負かも」と見守っていましたが、もう少しだけ差が開いて、黒番の張・渡辺ペアの2目半勝ちとなりました。
羽根・大竹ペアはいずれも日本棋院関西総本部の所属。大会前にペア碁の練習を積んだそうです。
羽根初段が「大竹先生が合わせてくれるので自由に打てました。でも私が足を引っ張ってしまったので、申し訳ない気持ちが大きいです」と謝ると、すかさず大竹四段が「僕の棋風っぽくなってしまって申し訳なかった」とこちらも反省のコメント。大竹四段は「自分は、戦うより我慢するタイプ。羽根さんは」と言いかけたところで、羽根初段が「真逆で」と笑っていました。大竹四段は「練習のときは、けっこう勝率もよかったのですが」とやはり少し残念そうでした。
かたや、張・渡辺ペアは、張初段が日本棋院東京本院、渡辺初段が関西棋院の所属。以前二人はネットをしたことはあるそうですが、この日が「初対面」でした。
張初段が「こういう大会でのペア碁は初めてだったので、難しかったです。すごく足を引っ張ってしまったのですが、助けてもらってありがたかったです」と話すと、渡辺初段もすかさず「いやいや、もうこっちが引っ張ってもらって。そんなあんまり疑問手もなく。大きなミスなく最後まで打ち切れたのがよかったと思います」と謙虚なコメントでした。
岩田紗絵加初段・藤井浩貴初段ペアと、稲葉かりん初段・池本遼太初段ペアの一戦は、「トラブル」が起こったようです。
藤井初段は「自分が時計を押す係になると、ぼーっとしちゃって、28秒と言われたときに、押してしまった」のだそうです。岩田初段は「前に押し忘れたことがあって、そのときもそう思ってしまったみたいで」と優しくフォローしようとしていましたが、対局相手の稲葉初段は「相手の番のはずなのに、なんか、時計を押し返されたなと思って(笑)。これはどういうことだろうと、初めての経験すぎたので」と容赦なく突っ込みを入れていました。
つまり、岩田・藤井ペアが「パス」をしたことになってしまったわけですが、審判長の山田規三生九段の裁定により、「パスではなく、打ってよい。その代わりにペナルティ3目を払う」という形で収拾したそうです。
碁の内容は……
「何回もよくなったり悪くなったりという碁だったと思うのですが、最後に私が余計なことをして細かくしてしまい……計算したらなんとか残っていたのでホッとしています」と岩田初段。
藤井初段は「そういったトラブルがあり、僕、ちょっと精神的動揺が抑えられず、岩田さんがかわしてくれて…たぶん、パートナーが大人だったから、うまくカバーできたのかなと思います」と、終局後も動揺が収まっていない様子でした。
とはいえ、お二人は、関西棋院と日本棋院東京本院と所属が違いながらも「洪道場でペア碁の練習をしてきました」とのこと。また「お互いにAIを信じすぎないタイプなので、そういう面では相性もよかったのかなと思います」と岩田初段。練習も分析もちゃんとしてきた成果が出たのでしょう。
敗れた稲葉初段は「ペナルティの3目もらったのは嬉しかったのですが、逆にプレッシャーが」ともう一度「トラブル」に触れた後、「私が足を引っ張って、勝負所であきらめかけていたのですが、そこをなんとか粘って打って、パートナーが挽回してくれた部分もあるので、すごく楽しかったです」。
池本初段も「お互いに戦いが好きで、棋風が似ていたので打ちやすかったです。勝ちたかったという思いはありますが、二人で楽しもうと思っていたので、とりあえず楽しめたことは何よりです」と、ペア碁ならではの波乱万丈の進行を存分に楽しみ味わったようでした。
最後に残った一局、大須賀聖良初段・辻篤仁二段ペアと横田日菜乃初段・酒井佑規二段の対戦は、大須賀・辻ペアの黒番中押し勝ちという結果になりました。
横田初段は「私が足を引っ張ってしまったので、申し訳ないという気持ちでいっぱいです」と話したあと、「本当に申し訳ない!」と深々と一礼。思わず取材陣からは笑みがこぼれていました。この丁寧なお詫びに、ペアの酒井二段は「僕も勝負所で何回か時間つなぎを打ってしまいました。そこでしっかり時間を使って読み切ることができなかった実力不足を感じています」と反省しきりでした。
また、お二人は、横田さんが「自分の考えていることがわかるように打たなければと思ったのですが、わかりやすく打てなかった」、酒井二段は「横田さんの考えていることが完全には理解できてなくて…僕ももう少しわかりやすく打てば…」と互いにうまく呼吸を合わせられなかったことを反省し、敗因にあげていました。
対照的に、大須賀初段は「ペアの方が、すごくうまく打ってくれて、私はずっと時間つなぎばかり打って。本当に私が打ちやすいように打ってくださって…相性はよいと思います」と笑顔。褒められ続けた辻二段も「そんなことないです。僕も時間つなぎが多くて申し訳ないです。お互いにミスも多かったのですが、がんばってくれたから勝てたと思います。打ちやすかったですし、大須賀さんは強いです」。
お二人は、「東京と関西なので、ペア碁の練習をすることはなかったのですが、合宿でたまたま練習碁を打ったことがある」そうです。お二人の棋風は、大須賀初段が「どちらかといえば早碁が得意。厚く打って取りにいくのが好きです。ですから『遅い』と言われています」。辻二段が「『穏やか』と言われることもあります。厚みをつくって攻めていくのも好きです」とのこと。辻二段が「厚みをつくる」方針を採択すれば、二人の息はピッタリ合うようです。
この結果、準決勝戦には、以下の4組が勝ち進みました。
日本棋院囲碁チャンネルでの動画の生配信では、聞き手が星合志保二段に、上野愛咲美女流最強位が加わり、さらに藤沢里菜女流本因坊も飛び入り参加という豪華キャスト。解説を担当していた柳時熏九段の頬も自然と緩んでいたように感じられました。
1回戦を終え、若手棋士の、とりわけ男性棋士のコメントから、ペアを信頼し思いやる言葉が多く聞かれたのが印象的でした。「生配信」の中でも、柳九段が「僕たちが若いころとは違って(笑)、今の若い子たちは人間ができているからビックリします」と話されていました。
会場には、小林泉美六段が心澄初段の応援にいらしていました。「やっぱり、対面だといいですね。終局後に検討したり」と大会そのものに感謝しているご様子。そして、「渡辺君が優しいので、心澄も伸び伸び打ってますね」と見守っていました。
さて、準決勝の大須賀初段・辻二段ペアと張初段・渡辺初段ペアの一戦は、白番の大須賀・辻ペアが優勢に進めていましたが、大須賀初段の痛恨のミスがあり、そこから流れがかわったようです。結果は黒番2目半勝ちとなりました。
大須賀初段は「簡単なところを凡ミスしてしまって、それが敗着になってしまったと思います。残念です」と肩を落としていました。
辻二段は、大須賀初段のミスをとがめることなく、「けっこう序盤からいい感じに打てました。いろいろミスもあったのですが、最終盤にちょっと気づかない手があったので、それを打てていたら、もしかしたら細かかったかもしれないので、そこが悔やまれます」と自分の反省をするコメント。そして「今日の反省を生かして、明日の三位決定戦もがんばりたいと思います」
この言葉に元気を取り戻した大須賀初段も「明日の三位決定戦は、考慮時間をちゃんと使って、手筋とかを間違えないようにがんばります」。これに辻二段がまたまた「たしかに、僕のほうが考慮時間を使うことが多かった」と自分の反省をしていました。
決勝戦に駒を進めた張初段は「序盤悪くなっちゃったんですけど、勝てたのは運がよかったです。明日も精一杯がんばります」の爽やかな笑顔。渡辺初段は「準決勝はあまり内容がよくなかったので、決勝は満足がいくような碁が打てるようにがんばりたいです。相手のことは考えずに、自分たちの碁が打てるようにがんばりたい」。この言葉に、隣で張初段が何度もうなづいていました。
「明日までに時間はありますが、練習されますか?」という取材陣の質問には、張初段が「しません」と即答。渡辺初段も「時計も神経を使いましたし、疲れたので今日はゆっくり休みます」とのこと。でも、疲れたはしたものの、「ペア碁は、普段一人で打つより気楽に打てる気がします」。張初段も「ペア碁はあまり打ったことがなかったのですが、楽しかったです」と、ペア碁は存分に楽しんだ様子だった。
もう一局、岩田初段・藤井初段ペアと上野初段・福岡初段ペアの一戦は、岩田初段の言葉で振り返ると、「序盤、ちょっとずつよくなったのですが、動きが堅くなってしまって、どんどん相手に詰められて、最後にミスが出て負けてしまったので、ちょっと悔しい気持ち」。藤井初段も「途中ではちょっと難しいか、面白い形勢かなと思っていたのですが、後半、自分の中でも堅い手が目立って、最終的には形勢が離れてしまったので」と悔しさを口にしていました。また、「もう勝敗には影響しないほど差が開いてしまっていた終盤ではあったのですが…」と岩田初段。「こんどは私が手順ミスして、また3目のペナルティを払ってしまいました」そして、肩を落としている藤井初段にハッパをかけるように「でも、まだ明日、3位決定戦が! 気持ちを切り替えていきます」と前を向きました。すると藤井初段も「そうですね。明日は3目払わないように」と取材陣を笑わせていました。
決勝に勝ち上がった上野初段は、「序盤うまくいったかなと思ったんですけど、中盤で流れが悪くなってしまって、全然だめかなと思ったのですが…」とパッとしない表情。福岡初段も「序盤左上で少し打ちやすくなって、中盤ちょっとペアの考えてることが違って、少し悪くなったのですが、なんとか粘って打って、相手のミスが最後に出て勝てました」。どうやら、お二人とも、内容に少し不満が残っている様子でした。でも、「決勝にいけたのはよかったと思います」と上野初段。福岡初段も「決勝に勝てば、来年の世界のペア碁の大会の代表権をもらえ、強い人に打ってもらえるので、がんばりたい」と気合いを入れ直していました。
お二人は、満足していないようでしたが、妹の対局を途中から柳九段と共に生配信していた上野愛咲美女流最強位に短評をお願いすると「序盤はあまり見ていなかったのですが、中盤は、けっこう黒が打ちやすいなあと思って見てました。黒93あたりから、ちょっとよくわからなくなって、福岡君が打った白112がいい手に見えました。そこからコウが始まって、まだ黒がいいと思いますけど、白128、130あたりから、白の息が合ってる感じで、けっこう内容は、まあまあよかったんじゃないかなと思います」と高評価でした。
さて、この「ペア碁俊英トーナメント戦」は、優勝ペアに、上野愛咲美女流最強位・芝野虎丸王座・十段ペアとの記念対局を打てるというご褒美があります。「姉妹対決」が実現する可能性が高まってきたわけですが、上野愛咲美女流最強位は、「もしそうなったら、負けたくないですけど」と笑っていました。