松田昌士メモリアル 第31回国際アマチュア・ペア碁選手権大会

松田昌士メモリアル 第31回国際アマチュア・ペア碁選手権大会

1・2回戦12月5日(土)3回戦~決勝戦12月6日(日)

大会アルバム・観戦レポート

●2日目・開会式

 大会2日目は9時から開会式がスタートしました。

 初めに、ペア碁協会の滝裕子筆頭副理事長から挨拶がありました。
「皆様おはようございます。こうして「松田昌士メモリアル 第31回国際アマチュア・ペア碁選手権大会」を開くことができまして、特にコロナ禍の中ですので、どういう形になるのか案じておりましたが、皆さんにお目にかかることができて、喜びもひとしおでございます。
昨日は、松田さん――私どもに大変な応援してくださり、この大会も31回まで開催することができました――松田さんに感謝を込めて、松田さんとご縁のある、そしてペア碁とご縁のある皆様と、親しく思い出を語りながら偲ばせていただきました。

 そして今日は、全国8ブロックから、学生さん、ジュニア、パンダネットの予選を経て、この会場に29組、58名の方にお集まりいただきました。本当におめにかかれて嬉しく存じます。同時に、本当でしたら、賑やかに世界各国からいらしてくださっている皆様、世界ペア碁協会に加盟している75か国・地域の皆様が毎年この大会に出場するのを楽しみにされているのですが。今回は非常に静かに、だけれども楽しく、そして闘志を燃やす一日になると思います。
 海外の選手の皆さんを呼べない代わりに、このコロナ禍の中で何かできないかしらとスタッフと考えまして、10代、20代の若手のプロ――これからの囲碁界を背負ってくださる若手のプロの皆様8組の大会を企画いたしました。彼らの元気とエネルギーと応援・エールをいただいて、今日はがんばって楽しく一日を過ごしていただきたいと思います。
 ウイルス感染予防につきましては、情報を集めまして、できる限りの対策はしておりますけれども、足りないことがございましたら、どうぞお申しつけくださいませ。今日が2020年のペア碁大会として、思い出に残るような一日にしていただきたいと思います。皆さんの優勝者は、来年の2021年に催しますワールドカップ――「オリンピックが開催になりましたら、私たちもやる」と、大変意気込んでおりますその大会にご出場いただけることになると思います。また、今日の「俊英トーナメント」の優勝ペアは、上野愛咲美女流最強位と芝野虎丸王座・十段ペアとの記念対局をしていただきます。
それでは一日、どうぞ安全に楽しくペア碁を楽しんでいただきたいと思います。

 続いて、本戦審判長の24世本因坊秀芳(石田芳夫九段)、審判のマイケル・レドモンド九段と吉田美香八段、そして「ペア碁俊英トーナメント戦」審判長の山田規三生九段が紹介され、石田九段からご挨拶がありました。
 「競技説明については、昨日マイケル・レドモンド九段から詳しくありましたので割愛します。
 『優勝』に近づくと、時間の使い方が難しくなりますので、そのあたりは注意してください。
 2連勝が7チーム。1勝1敗の16チームは優勝はたぶん権利はないと思いますが、2位、3位は望めます。2連敗6チームの方は、上位入賞はないのですが、今回は特別にですね、2連敗のあと今日3連勝すると敢闘賞をさしあげますから、がんばってください」
 ここで、会場からの一部から――おそらく、2連敗ペアから――小声の歓声があがりました。
 続く石田九段の「今年だけです」という念押しには、一堂から笑い声が起こりました。
 「では一日よろしくお願いいたします」

 続いて、滝筆頭副理事長から「何かできないだろうか」というお話があった「ペア碁俊英トーナメント戦」の一日目の結果が紹介されました。そして、決勝に勝ち上がった2ペア、三位決定戦を戦う2ペアが改めて紹介され、壇上にのぼると、会場からは拍手が贈られました。
俊英4ペア8名は、山田規三生審判長と共に、別室の対局室へと向かいました。

 本戦の選手の皆さんは、対局時計の針を確認し、石田芳夫審判長の「それでは対局をはじめてください」というコールと共に、2日目の熱い戦いがスタートしました。

●本戦・2日目(3回戦~5回戦・優勝決定戦)

 「海外からの選手が参加しない今年はチャンス」と、優勝を本気で狙っていたペアが何組もいたようです。「優勝とまではいかなくても、上位に入れるのではないかと」と話すのは、アマ強豪の大関稔さん。谷結衣子さんとはペアを組んで2年目。昨年は予選で敗退してしまったそうです。今年は本戦出場がかない、前日も2連勝スタートと好調。3局目も李さん・伊藤さんペアを降して連勝をのばしました。

 敗れた李・伊藤ペアも2連勝でしたが、ここで土がついて優勝争いからは後退です。伊藤さんは「今の碁は、序盤から私がちょっと打ち過ぎというか、変な手を打ってしまって、それを巧くとがめられて押し切られたといいますか…私の責任が重いという感じ。申し訳なかったです」と教え子の9歳の李さんに恐縮していました。その後のインタビューのやりとりは…


李香澄・伊藤裕介ペア

――お二人でペア戦に出場されるのは何回目ですか?
伊藤「2回目ですね。昨年は荒木杯ハンデ戦で…」
李「4回目」
伊藤「あ、そうかそうか。こちらの場所の参加は2回目なんですが、この前のジュニア戦と、その前に関東の代表を決める大会にも出ていますので、それを合わせると4回目です」
――伊藤さんはおいくつですか?
伊藤「28歳になります」
李「27歳。明日28歳」

 どちらが先生かわからないやりとりに、吹き出しそうになりました。伊藤さんは「ペア碁の練習はけっこうしました。李さんはしっかり打ってくれますので」と愛情たっぷり。李さんも「優しい先生です。先生はペア碁で積極的だから、そういうところが勉強になります」と先生が大好きな様子でした。

 近畿の新井菜穂子さんは、優勝経験もある実力者。今年は「ペア碁を打つのも初めて」という西川貴敏さんとペアを組み、2連勝スタートでした。3回戦は東北の平岡夫妻ペアに残念ながら敗退しましたが、局後には熱心に反省会をしていました。「初めてのペア碁はいかがですか?」と西川さんに尋ねると、「楽しいです。相方が強いので」。新井さんが「いえいえ、こちらが強過ぎるので、私が全然ついていけてない」と否定すると、さらに西川さんが「いやいや。たぶん自分一人じゃできへんことも、安心してどんどん仕掛けていけるから」と、相性は合っているご様子。来年も「誘われたらまた出たい」と話していました。

 2連勝ペア同士がぶつかった大沢摩耶さん・土棟喜行さんペアと、パンダネット予選の岩井温子さん・趙錫彬さんペアは、岩井・趙ペアの勝ち。岩井さんは「私がいっぱい変な手を打ったんですけど、全てカバーしてくださり」。その隣で趙さんは「いやいやいや。何も問題ありませんでした」。敗れた大沢さんは、「けっこう難しくて、中盤で盛り返したかと思ったんですけど、石が弱くなってから、二人の気があまり合わなくなって、流れが変わってしまって」と敗因を分析。隣で土棟さんが大きく頷いていました。


大沢・土棟ペア(左)岩井・趙ペア(右)

 もう一局の2連勝ペア決戦は、倉科夏奈子さん・杉田俊太朗さんペアが、近畿の金子もと子さん・佐藤洸矢さんペアに敗退。テーブルに突っ伏してしまうほど元気を無くしてしまった杉田さんの隣で、倉科さんが「気持ちを切り替えて」と明るく励ましていました。
 その倉科・杉田ペアは、4回戦で姉妹対決が実現。近畿の倉科万以子さん・木原俊輔さんペアと当たりました。「次は妹さんとの対局ですね?」と夏奈子さんに声をかけると、「変な感じ。姉妹でペア碁の練習はしたことあるので、楽しくやりたいです」。そこへ、「あなたと~!?」と明るく妹の万以子さんが現れました。仲良し姉妹の明るさが一気に空気を変え、杉田さんもいつの間にか元気な表情に戻っていました。
 さて、この姉妹対決は、凄まじい激戦となったようです。以下の会話からご想像ください。
――勝ったのは、黒番の妹さん?
妹(万以子さん)「私というか木原さんが」
姉(夏奈子さん)「白の地がなくて、私がうまく打てませんでした」
杉田「いや、がんばってた。寄せをがんばってくれて」
妹「追い上げられました」
木原「すごいあせりました」
妹「私が最後寄せでミスって」
杉田「逆転したかなと思ったんだけど」
妹・木原「されたかと思った」
姉「疲労困憊です」
 結果は黒番の半目勝ち。残り時間は白が5分24秒。黒はなんと09秒でした。

 盤上では真剣勝負が繰り広げられていましたが、ひとたび碁盤を離れると、和やかな雰囲気となり、マスクははずさず一定の距離は保ちながらも、再会を懐かしんで語り合う光景もあちらこちらで見受けられました。

 北海道の渡部春妃さん・保坂龍さんペアと中村泰子さん・道川伊織さんペアは、おそろいの北海道の形をしたアップリケ付きのマスクで対局に臨んでいました。「せっかく、北海道から2組出場するので、おそろいのものをと、私ではなく渡部さんが、4人分、マスクから手作りしてくれたんです」と中村さんが教えてくださいました。

 関西学生の毛塚さんは、「今年は海外からの選手がいないのですが、逆に囲碁に集中できる環境で、これはこれで繊細な感じがして楽しいです」、その隣で「僕は毛塚さんとペアじゃないですよ」と笑いながら木原さんが「そうですね。昨年も参加したのですが、昨年とは違った緊張感ですね。昨年は民族衣裳の方がたくさんいて、お祭りみたいな感じでしたが、今年はガチ対局みたいな。今回のよさもありますよね」と、今年ならではの大会を楽しむ声も多く聞かれました。

 今年、最高齢の選手は、九州・沖縄の河野安宏さん、御年89歳でいらっしゃいます。今も週に4、5日碁を打っていらっしゃるそうで、お元気そのものでした。「この大会の予選には何回も出ましたけれど、東京に来たのは今回が初めて。今年は、コロナの関係で予選はやらず、(お世話役の)武久喜代美さんから選んでもらったんです」とのこと。「高齢なので飛行機は疲れました。でも1勝できてよかった」と笑顔で話してくださいました。

 さて、4回戦は、全勝ペア同士の一戦が1局組まれました。関東・甲信越の谷さん・大関さんペア対近畿の金子さん・佐藤さんペアのカードです。結果は金子・佐藤ペアの勝利。谷さんに痛恨の失着があったようです。谷さんは「要らないところに一手いれちゃって、寄せで逆転されました。けっこううまく打っていたのですが、カバーしてもらいきれませんでした」。無念さがおさまらない様子でしたが、隣で大関さんは「僕より、悪手を打ってしまった本人のほうが悔しいことはわかっていますので」と落ち着いていました。そして、慰めることはせず、淡々と「1回目のミスはカバーできたのですが…30目と15目~20目の交換だったので、それまでの形勢がいいので大丈夫だったんですけど、2回目は完全な一手パスだったので痛かった。でも、今回の大会は、思ったより打てているなと思いました。もっと相手がだいぶ上で、ボコボコにされるのかなと思っていたら、意外とそうでもない」と落ち着いて分析していました。そして、「1敗のペアも強い人が大勢いるからね。上位に入れるかどうかは、次の相手次第だね」と最終の5局目に気持ちを切り替えていました。

 かくして、4連勝で決勝に勝ち上がったのは、近畿の金子もと子さん・佐藤洸矢さんペアと、パンダネット予選を勝ち上がった岩井温子さん・趙錫彬さんペアとなりました。

 【優勝決定戦】

 決勝戦を前に、金子さんは「目標にはしていたのですが、現実になって、夢みたいです」と喜んでいましたが、佐藤さんはご自分に言い聞かせるように「そのつもりでやってきました。けっこう練習もできたと思います」。自信あり?の問いかけに、力強く、でも少しお茶目に「ありまーす!」との返答でした。
 かたや趙さんは、「今までパートナーのおかげでずっと勝ってこれたので、決勝戦も彼女のおかげで勝てると信じています」と変化球の勝利宣言。そこまで言われては…と笑いながら、岩井さんは小声で「がんばります」と気合いを入れていました。

 金子さんと佐藤さんは、ペアを組んで2年目。きっかけは囲碁の会で、金子さんが佐藤さんに「2子置いてボコボコにされて、この人ならペア碁勝てるかも。今まで打ったアマチュアの中で一番強くて、この人となら負けても諦められる。と思って誘った」のだそうです。佐藤さんは「ペア碁には興味があり、出てみたいと思っていたので、誘ってくれたのは嬉しかったです」。そして、練習をはじめ、だんだんのめり込んでいったようです。佐藤さんは、「一人で打つよりペア碁のほうが全然楽しい」というペア碁好き。理由は「負けたらペアのせい。勝ったら私ががんばった。本当にそう思って打っているので」。そして、「佐藤さんには、かなりいろいろ背負わせています」と笑っていらっしゃいました。佐藤さんが関西棋院に勤務されていることもあり、練習碁では、プロ棋士の結城聡九段や佐田篤史七段にも鍛えていただいたそうです。

 が、結果は岩井さん・趙さんペアの黒番15目半勝ち。敗れた金子さん・佐藤さんペアは、「いろいろなプロの先生にお世話になって、準優勝では申し訳ない」と言いながらも「完敗です」と二人そろって脱帽。「上辺の白を逃げるか助けるかで、二人の打つ手がちぐはぐになってしまって」そのあたりから流れがおかしくなってしまったと振り返っていらっしゃいました。また、「佐藤さんが簡単な手を私に回そうとしてくれたのですが、なかなか打つ機会がなかった」と、ペア碁ならではの技も、優勝ペアが一枚上だったようです。「でも、粘る力は、前よりついたと思います」と佐藤さん。今回の大会を通して、手応えも掴んでいらっしゃいました。


金子もと子・佐藤洸矢ペア

 改めて、準優勝という結果についてお二人の感想を伺いました。
 金子さん「今日の3局は全部、私がミスしたりして出だしから悪くなってしまって、でも、必死に追い上げて、ペア碁の特性を生かしてがんばろうと、けっこう粘った碁は打てたかなと思います。優勝したくてずっと練習してきたのでとても残念ですが、自分は全国で二位なんてなったことはないのでうれしいです」。
 佐藤さん「二位は、悔しいですね。やっぱり優勝したいという気持ちがすごく強くて、練習もたくさんしましたし。勝ちたいという気持ちと、自分たちの信頼関係は、どのペアにも負けないという自信があり、それは今でも思っています。また機会があればリベンジしたいな」
 ちなみに、お二人は主導権を握りやすい黒番の作戦も立て、打ち合わせしてきたそうですが、5局とも白番だったそう。次の「リベンジ」の機会に、今回の黒番の秘策を楽しみにしています。

 見事に優勝を勝ち取った岩井温子さん・趙錫彬さんペアは、パンダネットの成績上位者から選出され、抽選で決まったペア。岩田さんは「けっこういろいろひどい手を打ってしまったのですが、ペアがカバーしてくれたので、安心して打てました。こんな強い方と組んでいただけて、楽しかった」と笑顔で大会を振り返りました。お二人によると「スリル満点でしたが、決勝戦が一番うまく打てた」そうです。
 趙さんは、この大会では毎年通訳をされています。「その仕事も楽しいのですが、選手で出てみたいなと羨ましくも感じていました。今回は、楽しんでいる仕事がなくなって残念という気持ちももちろんありましたが、出場することができて、それだけでも嬉しかったのですが、さらに優勝もできて本当に嬉しいです」と喜びを語られました。そして、岩田さんに向けて「大きなミスもなく、あってもカバーできる範囲。パートナーにはかなり感謝しています」と、笑顔をさらに明るくしていました。


岩井温子・趙錫彬ペア

 ペア碁のよさ、面白さについて、趙さんは「自分は一人で打つときは大きなミスをするほうなのですが、ペア碁ではミスをしないように気をつける、という集中力を持って打てるところがいいですね。パートナーは、いい意味でも悪い意味でも、自分が考えてもいない手を打ってくれ、予想外の展開になるのも楽しい」。岩田さんは「勉強になるところが多いです。やっぱり一人で打つときとは全然違いますし、普段打たない碁形になるところも面白いです」と語ってくださいました。
 岩井さん、趙さん、おめでとうございました。

 本戦の最終結果は、別表のとおりです。

結果テーブルは横にスクロールできます

 準優勝と、JAPG杯は、金子さん・佐藤さんペア。三位には辻さん・山田さんペアが入りました。
 また、「今年だけ」の敢闘賞は、関東・甲信越の矢野瑞季さん・田辺聰さんペアが獲得されました。
 三位の辻さんは、「一局目に負けたときには残念だったのですが、あとの対局4つ勝ちきることができて、三位という結果もいただけたので、すごく嬉しいです」、山田さんは「久々の対面の大会だったので、やっぱり、碁を打ってるなあという感じをひしひしと感じました。本当にこういった大会を開催してくれているペア碁協会をはじめとする皆様に感謝しています。一局目で負けてしまってやっぱりガックリきていたんですけど、一回戦で負けて、スイス方式で三位にあがったのは相当運がよかったかなと思います」と喜びを語っていました。そして、その後の会話もご紹介しましょう。
山田「まあもし、次回出られれば…」
辻「え? いいんですか?」
山田「全勝で優勝を…」
辻「したいですね。出てくださるんですか? もう今年までなのかなと思っていたんですけど。2年出たので。契約終了かと思いました」
山田「契約は…更新ということで」
辻「わー!」

●ペア碁俊英トーナメント戦・2日目(三位決定戦・決勝戦)

 岩田紗絵加初段・藤井浩貴初段ペアと、大須賀聖良初段・辻篤仁二段の三位決定戦は、白番の大須賀・辻ペアが厚く打ち回し、白110と右上の三々に入った時点では、はっきり優勢を築いたようです。
178手まで、白番中押し勝ちという結果になりました。

 終局後、「今回は3目のペナルティを払わずにすみましたか?」と尋ねられ…
 藤井初段は「はい。なんとかトラブルはなく、盤外では損しませんでした。そこだけはよかったです。ただ、盤上では、序盤で失敗してしまったところがあって……岩田さんのほうが強いのですが、一応男性なので、(難しい局面で)手番を渡すのは申し訳ない、時間つなぎを打つわけにはいかない、と思って打っていました。それで、時間つなぎは打たなかったんですけど、時間を使ってしまいました」と、もの静かな語り口で取材陣を笑わせていました。


大須賀聖良初段・辻篤仁二段ペア

 岩田初段は「できれば、最後勝って終わりたかったのですが、相手にはミスも少なくて、最後に一瞬チャンスを掴みにいきかけて、最後の最後で間違えるということを私がやってしまったので、悔いが残るのですが、ペア碁は、普段自分が打たない棋風の勉強にもなり、楽しかったし勉強になりました」と振り返られました。
 藤井初段も「ペア碁は初めての経験でしたが、一局勝てたのはすごく嬉しかったです。いろいろトラブルはあったのですが、楽しかったです」。岩田初段・藤井初段ペアには大変申し訳ないのですが、「盤外」でとても楽しませていただきました。

 三位となった大須賀初段は「うれしいです。ミスもけっこう多かったのですが、ペアの方とうまく打てたのかなと思っています」。辻二段も「ペアの相性がよく、うまく打てたと思います。最終戦は特に、大きなミスもなく打ち切れました。ペア碁は打つ機会があまりないのですが、個人的には一人のときよりもミスをしないように集中して打てました」と、相性のよさを勝因にあげていました。
 ペア碁について大須賀初段が「難しいところを、時間つなぎで相手に回せるので、いいかなと思っています」と話すと、辻二段は「僕も任せたときがあります。いい手ばかりで感心しました」。
 さらに辻二段は「大須賀さんが準決勝戦で(時間を使わずに、失着を打ってしまったことを)悔やんでいらしたので、今日は大須賀さんにどんどん時間を使ってもらうように打ちました」。大須賀初段も「使わせてもらいました」。こうした心づかいも、勝因の一つだったに違いありません。

 上野梨紗初段・福岡航太朗初段ペアVS張心澄初段・渡辺寛大初段ペア。気になる決勝戦は……
 序盤、下辺の攻防で「白22から24が打ち過ぎ。左下の白3子が取り残され、黒57が急所。白だけが苦しく、黒は打つ手が自然という流れになってしまった」と石田芳夫審判長が解説。上野・福岡ペアの黒番中押し勝ちとなりました。

 張初段が「序盤で私が悪くしてしまいました。申し訳ないです」とうつむくと、渡辺初段も「いや、僕が決定的な敗着を打ってしまったので」。やや一方的な流れになってしまったため、二人とも対局直後は肩を落としていました。ただ、間もなく、渡辺初段は「今回の大会は、全体的には楽しめました」と笑顔を見せ、張初段も「昨日も今日も楽しかったです。ペア碁は、一人ではないので、すこし心強いです」と準優勝を喜んでいました。

 上野・福岡ペアは、対局直後は、優勝を決めても淡々としていました。もしかすると、「優勝」より、次の「記念対局」に意識が向いていたのかもしれません。
 上野初段は「今まで、自分自身が大会で優勝したことがなかったので、不思議っていうか…そんな感じです。(決勝戦の碁は)序盤は少しうまくいったのかなと思って、中盤に左下の白がどうなるかという流れだったのですが、コウを解消できたら、まあ勝ったかなと思いました」、福岡初段は「強いペアに3局勝って優勝できたのは、やはりうれしいです。決勝戦は、序盤でよくなって、中盤に左下の白が生きるのが大変になったときに、よくなったかなと思いました」。

 優勝ペアと上野愛咲美女流最強位・芝野虎丸王座・十段ペアとの「記念対局」は、姉妹対局になりました。「お姉さんは、妹には負けたくないと言ってましたよ」と取材陣に水を向けられた上野梨紗初段は「別に負けてもいいかなという気持ちで」と、さらりとかわし、「いい内容の碁を打てたらいいなと思います」。福岡初段は「相手の二人ともタイトルホルダーなので、精一杯いい碁が打てるように」と、それぞれ落ち着いて意気込みを語り、対局会場へと向かいました。

●ペア碁俊英トーナメント戦・記念対局

 芝野虎丸二冠は、直前に王座を防衛されたばかり。ご自身のSNSでは、「ペア碁俊英トーナメント戦」の記事を紹介して「楽しみな大会ですね。僕もちょこっと参加します」と、楽しみにされているご様子でした。上野愛咲美女流最強位と共に、棋風も強さも人柄も、囲碁ファンから圧倒的な人気を集めていらっしゃいます。そのスターペアに、俊英ペアがどんな戦いぶりを見せるのか。注目の「記念対局」がいよいよスタートしました。

 対局開始と同時に、大会特設ページで鶴山淳志八段の棋譜解説の配信もスタート。日本棋院囲碁チャンネルの動画生配信も始まりました。こちらは、1日目の星合志保二段、柳時熏九段に替わって、この日は吉田美香八段が急遽、進行&解説を担当。「私一人じゃ…」ということで、岩田紗絵加初段も加わり、お二人の間に、俊英の若手男性棋士を一人ずつ招く形で、あれこれ質問しながらの楽しい配信でした。
ここで少し舞台裏話をご紹介しましょう。控室のモニター画面で、「記念対局」を観戦していた張心澄初段が、動画生配信のモニターに気がつき、「あれ? この建物の中で撮影しているのですか?」と驚いた様子。関係者が「向かいの部屋で撮影しているんですよ」「心澄さんも出演されたらどうでしょう」「そうですよ。ファンの皆さんも喜びますよ」と次々けしかけました。すると心澄初段、遠慮されるのかと思いきや「はい!行ってきます!」と出かけていったのでした。生配信ならではの動画をご自宅で楽しまれたファンも多かったのではないでしょうか。
その後、吉田美香八段は、大盤解説の聞き手役に移動。いったん控室に戻ってこられた吉田八段は「心澄ちゃんの透明なマナザシにドキドキした」と話されていました。
動画配信の進行役は、稲葉かりん初段に引き継がれ、その後は、大御所の羽根直樹九段が登場して解説されていました。

 では、石田芳夫九段の大盤解説と、鶴山淳志八段の解説とともに、注目の「記念対局」を駆け足でお届けしましょう。
 「若手は皆強くなっている。菫ちゃん効果かな」と石田九段。上野梨紗初段、福岡航太朗初段は、「強くなっている」若手たちの先頭グループかもしれません。この対局も、スターペアに臆することなく、むしろ中盤のあたりでは押し気味に戦っていました。

 序盤から黒番の俊英ペアが積極的に仕掛けていきました。左辺の黒17のツケは「珍しい」と石田九段。その後、左辺はフリカワリとなり、石田九段の見立ては「やや白よし」でした。
 黒39まで、下辺は、白の実利と黒の厚みに分かれました。鶴山八段は「いい勝負。白地が大きいようですが、取り込まれているように見える黒3子には、まだ生きる狙いが残っていますので」。
 黒47のトビは個性の出た一手。石田九段は、「ちょっとヌルイ。右辺にハサみたい」と評しましたが、鶴山八段は「落ち着いた手」との評。「僕は右辺にハサみますけどね。上辺で力を出そうという手ですね」。というわけで、黒53から、黒は力を出したいところ。白68のノゾキに黒69とツケたのは「お洒落」と鶴山八段。(白78に出させて、黒79につなごうという調子を求めた手です。)
 黒69に対して、白70は強気の切り。鶴山八段は「妹に負けたくない気迫が伝わってきますね」。

 白80で、右辺は一段落しました。
 白82はやや疑問だったようです。石田九段は「戦線離脱。オサエる一手」。鶴山八段も「白83と渡っていて嫌なことはなかった。黒83と連打できれば、黒も大きな収穫です」
 厳しい黒85に対して白86が「普通に錯覚しました」と愛咲美女流最強位が振り返った問題手。黒87の時、芝野二冠が2回も考慮時間を使ったことを振り返り、局後の愛咲美女流最強位は「すみませーん!」と謝っていました。ちなみに局後の検討で、石田九段に「白82も受けるべきだったよね?」と確認され、愛咲美女流最強位は「そこも私です!」。疑問手を打っても明るいのが強さの秘密かもしれません。
いずれにせよ、「黒89まで突き抜いては、黒ペースになりました」と鶴山八段は黒に軍配をあげました。
 黒93から、黒はさらに右上の白への攻めを続行します。「白94は頑張った手」と鶴山八段。「黒95に白96と手を抜きましたが、黒97で右上の白は危険です」。

 ただ、黒99がやや緩手。この手では石田九段も鶴山八段も黒103からワリツイでいる方が白は危ないとし、芝野二冠も「自信がなかった。取られてそう」と振り返りました。
 実戦は「白108が洒落た手」と鶴山八段。白の巧みな打ち回しで、白134まで危機を脱しました。
 黒135では、136と右下の三々に芯を入れる打ち方もあったと鶴山八段。
 黒137は疑問手。白144は白152からコウにする手を狙っています。コウを仕掛けては白が立ち回り、「流れが白に傾きました」と鶴山八段。170手まで、「流れが悪くなってしまいましたので、相手も相手なので、投了やむなしです」

 俊英ペアの大健闘の一局でした。
 対局を終え、愛咲美女流最強位は「息が合っていて、一人一人の力も出せていて、強いペアだなと思いました」、芝野二冠は「強かったですね。こちらの方がミスが多いなという感じ。ずっと難しくて、圧されている場面も多かったです」と俊英ペアを讃え、愛咲美女流最強位は「とりあえず、負けたくなかったのでよかったなあという感じ。一安心しました」と加えていました。
 ちなみに、お二人は今回のための練習はしませんでしたが、「対局前に10分くらい布石の相談をしました」と芝野二冠。「でも、一手目で私が間違えちゃって申し訳ない」と愛咲美女流最強位。この発言に、棋士たちや取材陣から思わず笑い声が。それから「お二人の息は合っていますか?」という質問に、愛咲美女流最強位は「息は合ってない」、芝野二冠も「合っている感じはしない」。ここでも笑いが巻き起こっていました。

 ペア碁の魅力について問われ、愛咲美女流最強位は、「昔からペア碁が好きで、研究会のあととかも、何もないのに練習したりしていました。こういう大会に出られるようになって打てることがとても嬉しいです」、芝野二冠は「二人で打つものなので、やっぱり勝ったら嬉しいですし、負けても味方のせいにできるので、とても楽しいです」。またまた、笑いを巻き起こしていました。

 敗れた俊英ペアは……
梨紗初段「タイトルホルダーは強いなと思ったのですが、虎丸先生が特に強いなぁと思いました。(お姉さんは?と尋ねられ)…お姉さんは、強いのかな…よくわからないです」
福岡初段「かなりうまく打てていたので、もちろん相手のペアは強かったんですけど、でも、こっちのほうがペア碁をちょっと多くやっているので、その分、打ちやすくできたのかなと思います」
 と、言葉少ない中にも手応えと掴んだ自信が感じられました。
 最後に、先輩から俊英ペアにエールを贈っていただきました。
愛咲美女流最強位「すでに強いと思うのですが、これからもがんばってください」
芝野二冠「若くて実力もあるので、自信を持って戦ってほしいです」

●閉会式

 全ての対局が終わり、閉会式を迎えました。
 まず、日本ペア碁協会の松浦晃一郎理事長が、ご挨拶されました。
「毎年。皆様のご協力のおかげでいい大会を重ねることができ嬉しく思っています。今年も二つの大会を開催することができ、優勝されたペア、準優勝、三位のペア、皆さんおめでとうございます。また、日本棋院、関西棋院のプロの方に、いろいろな形でご協力いただき、ありがとうございました。
 この大会は、ここまで滝ご夫妻が盛り上げてこられました。今年は、コロナの感染予防に配慮してくださいました。改めて感謝いたします。いろいろな会社にいろいろな形でご協賛、ご協力いただき、いい形で開催できたことを喜びたいと思います。早くワクチンができ、治療薬ができ、今までどおりの大会が開けることを願っています。その前に、オリンピックの前にワールドカップが開催できることも、楽しみにしています。いずれにしても、コロナが収束し、ワクチンや治療ができ、自然な形で生活でき、安心して囲碁やペア碁を楽しめる時代に早くなってほしい。そう願うばかりです。皆さん、ありがとうございました。」

 改めて、感謝の意を込め、今大会に特別協賛をいただいたJR東日本様、日立製作所様、日本航空様をはじめ、ご協賛いただいた26社が紹介されました。

 続いて、たくさんいただいた中から、文部科学大臣の萩生田光一様の祝辞が紹介されました。
 「『松田昌士メモリアル 第31回国際アマチュア・ペア碁選手権大会』の開催を心からおよろこび申し上げます。大会に出場される選手の皆様には、まずもってお祝い申し上げますと共に、日ごろの実力をいかんなく発揮されますことを期待しております。また、碁の対局を通じて交流を深めていただき、今大会が皆様の思い出に残るものとなりますよう、祈念いたします。文部科学大臣 萩生田光一」

 そして、表彰式が執り行われました。
 賞状、賞金、盾、副賞などが手渡され、このときだけマスクをはずしての記念撮影も行われました。
 29組で争われた本戦、続いて特別併催イベントの「ペア碁俊英トーナメント戦」の順に、笑顔のペアが一組ずつ壇上で拍手を贈られていきました。


本戦優勝ペアへ賞状の授与

ペア碁俊英トーナメント戦優勝ペアは
「ペア碁W杯2020ジャパン」出場権を獲得

 ペア碁俊英トーナメント戦の優勝ペアは、ようやく緊張の糸がほぐれたのか、表彰式では、まだあどけない愛くるしい笑顔を見せてくれました。

 上野梨紗初段「この大会を開催してくださり、本当に感謝しています。ペア碁ワールドカップに出られるということで、トップ棋士の皆さんと対局できるのはとてもうれしいです。緊張はすると思うのですが、いい内容の碁が打てるようにがんばります。ありがとうございました」
福岡初段「この大会を開催してくださった方々に感謝いたします。ペア碁ワールドカップに出るというのは、なかなかないチャンスで、世界のトップの棋士と対局できるということなので、精一杯、まだ大会まで期間があるので、努力して、勝てるようにがんばりたいなと思います」
 二人のご挨拶に、会場からは温かく力強い拍手が贈られました。

 そして、ペア碁の歌「Pair Go,My Dream」を、平田輝さんと平田まりなさんがビデオ映像で歌い届けてくださる中、閉会となりました。

 コロナ禍の中、こうして大会が実現できたこと、仲間と碁盤を挟んで対面で対局でき、和やかで充実した時間を過ごせたことを、選手の皆さん一人一人が心から喜び、充足し、満足している。そんな空気が会場には充満していたように思います。
 これまでにも増してご苦労があったスタッフの皆様、本当におつかれさまでした。ありがとうございました。
 松浦晃一郎理事長のお言葉にあったように、来年「ペア碁ワールドカップ2020ジャパン」が無事に開催されますこと、年末には、また、海外から選手の皆さんが集まってこの大会が開催されますことを祈りつつ、レポートを終えることにいたします。

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