大会レポート
〈一日目〉 9日(土)
世界のトップ3が出場するペア碁の頂上決戦。まさに夢の舞台が整った。
「ペア碁ワールドカップ2016東京」は、7月9日、10日に行われた。
渋谷・ヒカリエ9階に降り立つと、ロボットのPepperが出迎えてくれる。
ヒカリエホール ホワイエAでは、仙台空港民営化記念/新東北広域観光圏 マルシェ&パブリックアート展。東北六県と北海道道南地区の食と芸術文化が紹介されている。
開会式
参加選手たちは、あでやかな民族衣装を着て、控室に集まっていた。開会式と1回戦はベストドレッサー賞の審査対象となっているからである。緊張感の中、慣れない衣裳を着て少しはにかんだ様子の選手もちらほら。北米代表のエリック・ルイ初段は「私たちの衣裳は、アメリカ海軍のものです。面白くしようと思って」と笑顔。井山裕太九段は「今日は引き立て役なので、無難な色を選びました」とのこと。
開会式が行われるヒカリエホールAに一歩足を踏み入れると、開会を待つ約500人以上のファンがすでに着席。本大会の盛り上がりぶりが朝から伝わってくる。
ファンの期待に応え、喜ばせ、さらに驚かせる演出と共に、午前10時、開会式がスタートした。
司会の関本なこさんと、通訳のジャスティン・パターソンさんが開会宣言。そして、共催・協賛各社、特別協力、後援の省庁・団体が紹介された。
続いて、主催者を代表し、大会実行委員長の松浦晃一郎があいさつに立った。
「本日は、朝早くから大勢の方に集まっていただき嬉しく思います。ペア碁人気の表れでしょう。ペア碁は日本だけではなく世界でも大人気です。現在74カ国・地域で親しまれています。1990年に創案されたペア碁が世界中に広まったのは、滝夫妻の努力のおかげです。
今大会は、優勝ペアに1000万円の賞金も出ます。また、著名な棋士の方々の大盤解説も楽しんで欲しいと思います」
そして、審判の紹介。
審判長は、大竹英雄名誉碁聖。副審判長は、小川誠子六段と吉田美香八段。
通訳も兼ねる審判員が、マイケル・レドモンド九段、金秀俊八段、孔令文七段。
代表して、大竹審判長がご登壇された。
「雨の中、こんなに大勢の方があつまってくださったんですね。ありがとうございます。まず、私は選手の皆さんに敬意を表したい。私もできれば 1000万円を(会場、笑)…という冗談はさておき……
今年、日本では井山裕太さんが七冠を獲得しれました。考えられないことです。普通の棋士なら、誰でも好調不調の波があるものです。それが好調を維持し続けられた。その井山さんを、皆さんは間近にご覧になれるわけです。そういう人のオーラを感じると、人間の格が上がります(会場、笑)。井山さんだけではなく、今回は、中国からも韓国からもトップの棋士が参加しています。
今日と明日は、勝負はもちろんですが、友好の気持ちで心から応援し、楽しみ、この場にいらっしゃることに喜びを感じていただければと思います。・・・・・審判としては少しおかしなことを言ったかもしれません(会場、笑)」
続いて、大盤解説にあたる豪華な解説陣の紹介。
趙治勲名誉名人、二十四世本因坊秀芳、聞き手をつとめる小川誠子六段、吉田美香八段が紹介された。二日目は、ここに小林光一名誉棋聖と万波奈穂三段も加わる。
そして「ペア碁」恒例の「ベストドレッサー賞」が、今大会でも盛り込まれている。審査委員長の、デザイナー、コシノ ジュンコ氏がご登壇された。
「この数年『ペア碁』を拝見させていただいています。国際的な大会で、2020年の東京オリンピック・パラリンピックに向けて、いよいよビジョンを持ってスタートしている気がします。オリンピック・パラリンピックはスポーツと文化の祭典です。ペア碁は象徴的だと思います。囲碁を打つ頭脳は見えないので、私は見えるファッションを担当し、トータルな感性の場になればと思います」
照明が絞られ、選手たちの登場を待つ。入場の花道にライトが向けられた。
対戦する2ペア・4名ずつが紹介されていった。会場の大画面モニターに一人ずつが映し出され、名前がコールされる。そして、民族衣装をまとった4名の選手たちが、お洒落をした可愛らしい少年少女と手をつないで登場! スポーツのワールドカップのようだ。
名前がコールされるたびに、会場からは盛大な拍手が起こる。その中でも、ひときわ大きな拍手で迎えられたのは、やはり、七冠の偉業を達成したばかりの井山裕太九段だった。
16ペア・32名全員が壇上に並ぶと、会場からは改めて大きな拍手が沸き起こった。
選手たちと手をつないだ子供たちは、5歳から小学校6年生。昨年の「ペア碁」大会に出場した子供たちに呼びかけたところ、たちまち集まってくれたという。
世界の強豪と手をつないだ子供たちは興奮して大喜びの様子。ちなみに最年少の男の子は5歳で五段の腕前だとか。10年後には、この子たちの中から、ワールドカップに出場する選手が育っている…かもしれない!
本戦・一回戦
選手たちは対局会場・ヒカリエホールBへと移動。
11時、いよいよ1回戦がスタートした。
なお、対局はすべて、一般公開。
ファンにとっては、対局者たちの表情や息づかいまでを間近に感じとれる、稀有で貴重な機会だ。
対局開始と同時に8つのテーブルは、あっという間に大勢のギャラリーで囲まれた。一番人気は、やはり謝・井山ペアの対局テーブルだった。
一回戦の組み合わせはご覧のとおり。
プロ棋士のペア同士の激突となったのは、
王景怡二段・村川大介八段ペア(日本) VS 黒嘉嘉七段・陳詩淵九段ペア(中華台北)
呉侑珍二段・崔哲瀚九段ペア(韓国) VS 王晨星五段・時越九段ペア(中国)
の2局。いずれも決勝戦といってもおかしくない好カードで、目が離せない。
対局開始と同時に、ヒカリエホールAでは、大盤解説が始まった。
ホールAの真ん中あたりには、「"パンダ先生"体験コーナー」があり、パソコンが数台並んでいる。
このコーナーを挟む形で、なんと2か所で解説が同時進行。対局会場が、男女ともに世界のトップ棋士が勢ぞろいしている≪夢のような空間≫なら、こちらは≪贅沢な空間≫だ。
「大盤解説会」では、二十四世本因坊秀芳と、小川誠子六段が、大盤を使って一局ずつ解説していく。
反対側は、モニター画面が9台並ぶ「大盤解説コーナー」。中央の少し大きいモニターで解説しながらも、同時に現在進行中の8局をチェックできる形だ。こちらは、趙治勲名誉名人と、吉田美香八段が担当。石田・小川ペアによる解説がわかりやすく、懇切丁寧なら、趙・吉田ペアは丁々発止のやりとりで漫才を見ているよう。
趙「今、この碁は30手目ぐらいまで進んでいますが……美香さんは、この状態をいきなり見て、初手からの流れを頭の中でイメージできますか?」
吉田「数字が書いてあれば、30手目ぐらいまでならなんとか」
趙「見栄を張ってはいけません。それは、30までの数字が読めるということでしょう?」
観客は爆笑また爆笑。そうかと思うと、大変ためになる解説が織り込まれる。趙名誉名人も「10回に1回はいいことを言いますから、聞き逃さないように注意してくださいね」
さて、強豪たちの勝負の行方は……
一番早く終局を迎えたのは、ナタリア コヴァレヴァ・イリア シクシン初段ペア(ヨーロッパ)と於之瑩五段・柯潔九段ペア(中国)の一戦。白番の中国ペアの中押し勝ちだった。
ナタリアさんは「がんばったのですが、わりと早く死んでしまいました」と笑顔で話し、「でも、もしかしたら、私たちの対戦相手は優勝するかもしれません。優勝ペアに負かされたと考えれば、負けたことは少しも驚きではないですね」と、むしろ満足そうな表情。「皆さん世界のトップ。どのペアも有名。対局できて本当によかったです」
もう一組のヨーロッパペア、リタ ポーチャイ・アリ ジャバリン初段と向井千瑛五段・一力遼七段ペアの一戦は、ヨーロッパペアの時間切れ負けとなった。
リタさんは「私のせいで時間切れになってしまいました。形勢は悪かったと思いますが、割と細かく、我々としてはよく打てたと思います。続いていたら、もっと面白かったんですけど……」と残念そう。
向井五段は「私が緊張しちゃって、手が伸びなくて。もう、どうしようかと思いました」と控室に引きあげてくるなり、ハラハラだった様子を振り返った。
日本のエース、謝・井山ペアは、ロサリオ パペスチ・フェルナンド アギラールペア(中南米)に黒番中押し勝ち。とはいえ、こちらも、圧勝とはいかなかったようだ。アギラールさんの名前は、聞き覚えのあるファンも多いのではないだろうか。アマチュアとはいえ、かつて日本で行われた世界戦の本戦で、日本のプロ棋士に2回も勝利したこともある強豪だ。
井山九段も「相手は強かったです。途中までは、普通に難しい碁でした」と振り返った。「ところどころで相手に小さなミスがあり、少しずつ差が広がった、という内容でした」
アマとプロの対戦を、順当にプロが制していく中、昨年「第26回国際アマチュア・ペア碁選手権大会」で優勝した田有珍・宋弘錫ペア(韓国)は、中華台北の張凱馨五段・王元均七段に白番13目半勝ちという金星をあげた。
宋さんは「序盤で主導権を握ることができスムーズにいけるかと思ったのですが、ミスが出て、最後まで相当苦戦しました」と振り返った。二回戦は中国最強ペアと当たる。「どのペアも楽な相手は一つもありません。目の前の一局一局をこなして、できるだけたくさん打ちたいです」と静かに語り、田さんも「相手に関係なく自分の力を、できれば自分の力以上のものを出せればよいと思っています」。そして、「私はプロを目指しています。ですから、トップの棋士の呼吸を感じることができる今回の機会を嬉しく思います」と加えた。
対局が終わった棋士たちが引きあげてくる控室には、日本の棋士たちが続々と応援にかけつけてきた。
張栩九段、依田紀基九段、、林漢傑七段、李沂修七段……
中華台北ペアと、王・村川ペアの一戦は……
中盤のあたりでは、趙名誉名人が「90%日本ペアが勝ちます」と解説していた。ところが、その後、日本ペアにミスがあったもよう。終盤に入ると、二十四世本因坊秀芳が「日本ペアの負け」と裁定を下した。結果は、中華台北ペアの中押し勝ちとなった。
村川八段は「僕も90%は勝つ…そのぐらいの気持ちで打っていたのですが、いろいろありまして」
王二段が「私がやらかしちゃいました」と肩を落とすと、村川八段は「いえ、僕がその前に変な手を打ったので。…負けるべくして負けたという感じです」と共に肩を落とした。
もう一つの、プロ対プロ対局も、終盤の大逆転劇があった。
こちらは金秀俊八段が「中国の王・時ペアが90%勝っていたのですが、韓国ペアの崔哲瀚九段が、難しい場面で相手の女性の手番に回るような、ペア碁ならではの巧みな打ち回しをして、奇跡的ともいえる見事な逆転勝利だった」とまとめてくれた。
敗れた中国ペアの時越九段は、少し悔しそうな表情をしながらも、穏やかに「最初は悪くなく、中盤もまあまあ。最後にやりすぎなければ悪くなかった」と振り返り、「ペア戦なので、普段の対局とは違いお互いの息づかいが大事です。私はペア碁を何回か打ったことはありますが、経験が少なかった」と経験不足も敗因にあげていた。
一回戦の結果と、二回戦の組み合わせは、ご覧のとおり。
二回戦の注目カードは、日韓の頂上決戦といえる、謝・井山ペア VS 崔・朴ペア の一戦。
対局前の心境を、韓国ペアに聞いてみた。
朴廷桓九段について、大盤解説会場では、吉田美香八段が「菩薩のようなオーラを感じる」と再三紹介していた。その言葉のとおり、おおらかで温かみのある人柄だ。その朴九段は「一回戦が無事に終わってホッとしています。次は強い相手なので、緊張しています」とのこと。「朴九段でも、緊張することがあるのですか?」と尋ねると、「いつもベストを尽くしていますので、ある程度の緊張は維持しています」と穏やかに答えてくれた。
崔六段は笑顔が優しく、日本男性にもファンが多い。朴九段同様「思ったより無難に終わってよかったです」とまず一回戦を振り返り、「次は容易ではないので、ベストを尽くしたい」。
民族衣装の着心地を尋ねると、朴九段は「記念になる対局になると思います。韓国を紹介できる服装で碁を打てるのを嬉しく思います」。崔六段は「初めての経験。何もかも新しい。韓国を代表する気持ちが強くなり、気が引き締まります」と優しく笑った。
お二人は、今回の大会に向けて、練習は積んでいないとのこと。「でも、以前ペアを組んで優勝したことがあります」と朴九段。「そのときの呼吸を大事に臨みます」