19日午前、世界ペア碁最強位戦2019が開幕した。
開会式で挨拶に立った日本ペア碁協会の滝裕子筆頭副理事長は「世界のトップ棋士の参加によりまして、今年も大会を開くことができました。こういう機会を与えられることが最高の喜び」と参加棋士たちに感謝を述べた。さらに、来年、東京オリンピック・パラリンピックの開催前に計画しているペア碁の新たなイベントにも触れ、「これから先の囲碁のために、囲碁の歴史をつくるようなイベントを考えております」と話した。
囲碁文化振興議員連盟の柳本卓治会長は「囲碁は世界に冠たる東洋の遺産。囲碁を通じて、世界的な絆を築いていただいて、世界の平和のために、文化の交流のために大いに頑張っていただきたい」と語った。
審判長の大竹英雄名誉碁聖は「4人で一局の碁を打つ。なんともいえない楽しい時間がやってまいりました。すごいオーラがこの会場に出てくる。それをみなさまがお持ち帰りいただけるか、それはみなさまの問題です」と笑いを誘った。
今年もたくさんのファンが会場に詰め掛け、間近で対局を観戦したり、大盤解説会を楽しんだ。
大会1日目=本戦の1回戦と準決勝(2回戦)の大盤解説を担当したのは、趙治勲名誉名人と二十四世本因坊秀芳(石田芳夫九段)。交代で壇上に上がり、聞き手の吉田美香八段とともに解説会を進めることが想定されていたはずだが、趙名誉名人から「僕は聞き手をやる」という大胆な提案があり、レジェンド2人による豪華な掛け合いになった。聞き手になった理由は「解説者だとしゃべりすぎるから」だそうだが、ファンの期待を裏切ることなくしゃべり続け、解説会場は笑いが絶えなかった。
上野・井山ペア(黒番)は気合よく打ち進めて優勢を築くが、じりじりと追い込まれて逆転の半目負けを喫した。
図1、黒1と押して▲の一子を動いたのは井山の選択。「▲は捨てるくらいでは」との趙名誉名人案を伝えると「そんなものだったかもしれない」と井山。黒5のアテも力強く、右下一帯でぎりぎりの攻防となる。白26と生きて一段落。「やや無理気味だったかもしれないが、出来上がりの形は、それなりに顔が立った」と井山。白28、黒29から始まった中央の攻防で黒が戦果を挙げることになり、一時は黒がはっきり優勢となる。上野も「ペア碁、楽しいな」と気分よく打ち進めていたという。
相手に追い上げられて迎えた終盤。井山は図2、黒1とコスんで白2と換わった手を「僕が敗着を打った。言葉もありません。すみません」と振り返った。のちに白a、黒b、白cで黒2子を切り離される展開になったが、そうなるなら黒1と白2の交換は悪手。白2に石があるため、黒dからのハイツギが先手にならなくなってしまった。
中盤に主導権を握って圧勝ペースだった向井・山下ペア(黒番)は、中国のベテラン夫婦ペアに巧みにしのがれ、こちらも逆転負けした。
左上から下辺方面に延びる黒の大石が攻められて苦戦だったが、図1、白1のマゲが頑張り過ぎで、黒が息を吹き返した。「白1で15にハネられていたら相当苦しかった」と山下。黒2、4から切断して一気に流れが変わった。黒22とハネて下辺一帯の優位性が明確となったとき、解説会場の二十四世本因坊秀芳が「黒よし」を断言した。山下も黒34、36あたりで優勢を意識したという。 「これは勝ったかなと思ったくらいの局面だったんですけれど、油断というか気持ちの緩みが(向井さんにも)伝わっちゃったかもしれない」とは山下の感想。
図2、黒1の時点では、中央の白と右辺の白のどちらかは取れる情勢だったが、白36まで、張・常ペアに見事にシノがれてしまった。右辺は白aのワタリとbの生きが見合い。中央の大石も最終的に右辺にワタられてしまった。黒3と出ずに4のマゲ、あるいは黒5で33、白20、黒8でも右辺の白に生きはなかった。「こんなにたくさんの方が応援にいらしてくださっているのに、勝てなくて申し訳ありませんでした」と向井。
優勝候補の中国ペアを相手に序盤から大熱戦を繰り広げたのが藤沢・一力ペア(黒番)。わずかなリードを奪ったままヨセ勝負に持ち込んだが競り負けた。
図1、白1のツケからの激しい攻防に、解説会場のファンたちは目を見張った。右下は黒石の多い場所だが、手はあるもの。黒は24、26のコウに持ち込むしかない。白47とコスまれ、白aの本コウの負担のある黒は右下のコウを解決するしかない。「このあたりはいい勝負だと思います」と一力。
局後、「私が失着を打った。私のせいで」(藤沢)、「そんなことはない。僕もけっこうまずい手を打った」(一力)というやりとりがあったのが図2、黒1のケイマ。白に手を抜かれてしまった。一路右の黒aなら白bと受けてもらえる(手抜きは黒bが先手で、さらに黒cの切りも先手なので大きすぎる)。それから黒d、白e、黒fと白の大石にヨリツいていけば、黒がいけそうだったという。
藤沢と一力は昨年もペアを組んでおり、プロ棋士ペア碁選手権2019では、息の合った打ちぶりで優勝した。敗れた悔しさは隠さなかったものの、一力は「途中までずっといい勝負だった。ひとりで打つときよりも自信を持って打てた」と振り返った。
日本代表はいずれも優勢の局面がありながら勝ちきれず、初戦で姿を消した。もう一局の 呉侑珍・申眞諝ペア(韓国)vs.兪俐均・王元均ペア(中華台北)は、198手完、呉・申ペアの白番中押し勝ちだった。
優勝候補同士による一戦は、序盤から不思議な展開をたどった。石を取られた側である白番の呉・申ペアが、気がつけば優勢になっていた。
図1、白1と下辺の大場に先行。黒6と右辺の生きを催促されたとき白7と反発したが、黒10の切り一本でワタリの筋を止められ、以下黒22で右辺白が死んでしまった(白aから半分助ける手段はある)。
ところが、取らせた(?)判断は間違いではなかったようだ。呉は「悪い出だしだと思っていたんですけど、局後にAIで検索したら白がよかった」と振り返る。申も「序盤に石が取られてしまって、悪いと思っていた。そこから相手が緩んでくれた」。取られた段階ですでに白よしだったかどうかは微妙なニュアンスだったが、こんな大石が死んでも勝負になるのである。
終盤、呉・申ペアが乱れて、一瞬、勝ちを手放しそうになるが、於・芈ペアはそのチャンスをとらえきれなかった。
白番の張・常ペアが終局直前、劇的な半目勝ちを収めた。張は「最後はずっと細かいなかで、幸運にも半目残った」と語った。
図1、黒1から白10が終局までの最終手順だが、黒1で6とオサえていれば黒の半目勝ちだった。「1回戦の向井・山下ペア戦も、本局も負けを覚悟する場面があった」(常)そうだが、最終的に勝ちに結びつけられるのは、もつれた勝負に持ち込んでいるからこそだ。
2連勝の要因を聞くと常は「パートナーがいいのは間違いないです。夫婦でとても息が合っています」と笑った。