大会2日目の20日。本戦決勝は、夫婦の呼吸がぴったり合い、運にも恵まれて決勝に進んできた張・常ペア(黒番)と、優勝候補の一角として力強く勝ち進んできた呉・申ペアの対戦である。大盤解説は二十四世本因坊秀芳と、聞き手の吉田美香八段が担当。
図1、黒1の下ツケに秀芳が「勇気のいる手。へたをすると敗着になる」と指摘した。上下の黒がつながることはなく、白8の切りが入る。白の中央の一団は強くないが、黒も薄い。
図2、黒1に対する白2、4が強気。張・常ペアは局後、黒15から23と生きた方針を後悔した。黒15で18とコスミツけ、白17、黒a、白b、黒c、白dに黒eと切って戦う。黒の大石の手数が長いので、こうやって難解な攻防に持ち込むべきだったという。あるいは、黒23でfと動く別法もあった。白24の備えで白の優勢がはっきりした。
呉・申ペアが崔・朴ペアへの挑戦権を獲得。今年の世界ペア碁最強位の座は、韓国ペア同士によって争われることになった。
3位決定戦は、中盤早々、一瞬で形勢が傾いた。
図1、白1とコスんだのが危険な一手。黒2とコスミ返されて窮している。「先に白aと黒bがあればだいぶ違いました」と二十四世本因坊秀芳。以下黒18の切りが入って、左下の白は無条件で取られてしまった。
決定戦の始まる前に、対局する4人が解説会場の壇上で意気込みを語った。
昨年、本戦1回戦から4連勝して最強位となった崔・朴ペアは今回、この決定戦が最初で最後の対局となる。崔は「おいしいものを食べながら気楽に過ごしていましたが、(ほかの人の)ペア碁を見ると楽しそうで、早く打ちたいと思っていた」と待ちに待った一戦であることを語った。朴は「相手が(同じ)韓国代表なのでプレッシャーはだいぶ少ない。コンディションも絶好調です」と自信たっぷりの発言。
個人戦では聞かれないような楽しいやりとりもあった。崔は「(呉と申の)ふたりとも、すごく内容がいい」と本戦を勝ち抜いた呉・申ペアをたたえ、朴も「あまりに強すぎて」とほめ殺し。呉は「ふだんのインタビューでは、私たちよりも自分たちの方が強いっていう自信満々の姿を見せている。自分たちも負けないように打ちたい」、申は「相手ペアの言っているのはリップサービス。個人の実力は自分たちが押されていると思うが、息を合わせて頑張りたい」と返した。
AI流の図1、白6三々入りは、いまや世界で最も多く打たれている序盤作戦かもしれない。黒7とケイマに外した崔は少し動揺したという。ここまで対局のなかった崔と朴は自由時間を布石の研究に充てていたが、黒Aとノビる変化を詳しく研究していたにも関わらず、勘違いをして黒7を選んでしまったという。黒11のハネはやや珍しい。白12から14となったところで黒15の手抜き。これには大盤解説担当の二十四世本因坊秀芳、聞き手の吉田八段もびっくりだった。右上は部分的に、黒Bとハネ出せば白Cと切るところのようだ。
左下白22のツケに黒25、27は人気のAI定石のひとつである。白32の三々入りは足早。
図2、白60、62、64と左辺を囲ったあたりで、一力八段が登壇し、「ゆっくりした展開なので、コミが大きそう」と話す。白に不満のない進行ということだろう。白模様の拡大を阻止する黒65のケイマも大きいが、こんどは白66の切りが好点になる。右下白68の切りを見た一力八段は「自信を持っているような打ち方」と評した。
白模様に黒69まで踏み込んだのが深入りだった。「悪手でした。反発されてよくなかった」と崔。白70から呉・申ペアが攻勢に立つ。黒73は損をする可能性のある時間ツナギ。崔は朴に手を渡した。
左辺の白陣を荒らしながら図3、黒89と脱出したものの、依然として眼形が薄く、白から攻めを睨まれている。井山九段と一力八段によるダブル解説でも、白よしの判断だった。井山九段が形勢判断の基準にしたのはやはり左辺の黒。「この大石が負担。白は攻めながら下辺を荒らすことができます」
黒95のケイマは、左辺をただ逃げるのではなく、下辺を盛り上げながら調子で逃げるという構想。白96とハザマに打って裂いていくのは自然な一手に見えるが、これが問題だったという。「白96と98の2手が悪手」と局後の朴。理由は、黒aと出る切断の味が白の負担になったことだという。ちなみにAIの推奨は、白96でbの模様侵入。それを教えてくれたのは申だったが、「でも人間的にはやはり白96を選びそうです」とつけ加えた。
図4、白104の踏み込みに対して、一度は黒105と堅実に受ける。白108とカケられたときに黒109が好手になった。「崔さんの打った手。自分が打つなら(穏やかな)黒113の押しくらいでしたが、いい手でした。息が合っていた」と朴。白110のツケを誘い。朴が黒111と出る。もし、白117とオサえてくれば黒120、白A、黒113で黒よし。白112と変化し、黒113以下となった実戦も123のカケツギで下辺を黒地にできたのが大きい。崔、朴ともにここで優勢を実感した。
優勢に立った崔・朴ペアはこのあと左上から中央にわたる白の大石に厳しくヨリツき、図5、黒151とサガったあたりでは、本気の取り掛けかとも思われた。「取りに行くことも考えられたけど、よさそうなので安全運転で」と朴、「迷ったけど、少し勝ちそうなのと、悪い予感もしたので」と崔。相談はできなくとも、同じことを考えているのはさすが。ふたりは冷静にヨセ勝負へと舵を取った。
大盤解説会では朴の打った図6、黒191のツギが話題になった。味は悪くとも下辺は完全な黒地。つまりこれは時間ツナギである。男性が時間ツナギを打って女性に手を渡すのはまれだ。「すごーーい。崔さんは朴さんから信頼されている」と吉田八段。朴は、下辺が万が一にもややこしいことにならないよう万全を期したという。
崔・朴ペアは世界ペア碁最強位2連覇。「うれしすぎて、どう表現していいかわからない」という崔は「朴さんを信頼しているので、どんなピンチでも心を楽にして打てる」と語った。おそらくそれが勝因であろう。朴は崔の打ちぶりを「一番の勝因」に挙げた。本局の崔は、相手ペアの男性(申)の繰り出す様々な着手に正しく対応しなければならなかった。ペア碁で黒番になった場合、黒番の女性は、白番の男性のあとに打たなければならず、それが「ペア碁は白番有利」といわれる理由のひとつになっている。「崔さんが冷静に打ち続けてくれた」と朴。信頼のタイトル防衛だった。